知らない天井だ
後の話と設定が合わなかったため、ステータスを一部訂正しました。
「知らない天井だ」
言っておかなければならないと思った。反省はしていない。後悔は少ししている。
……それはともかくとして、どこだここ。
今見えている天井は、傘の内側のような、布とそれを支える骨組みでできている。この光景はどこかで見たことがある。たしか昔、父親と一緒にキャンプに行った時だ。テントの中に入ったら、こんな感じの天井が見えていた。
ということは、ここはテントの中ということだろうか? だとしたら、なんで俺はテントの中で寝ているんだ?
昨日はたしか、朝起きたらストーブが壊れて、じゃんけんで負けた俺が代わりを買いに行って、水たまりで滑って……それで……そうだ、その後、騎士コスプレ集団にわけのわからない呪文を……っ!
「うっ」
やばい、傷のことまで一緒に思い出してしまった。あの時ほどではないが吐き気がしてくる。気持ち悪い。
っていうか、あの傷はどうしたんだ。
恐る恐る自分の腹から下を見てみると、そこにはおそらく包帯なのであろう布が巻かれているだけで、車に轢き潰されたカエルのようにはなっていない。自分がどれだけ寝ていたのかはわからないが、何か月も寝ていたということはないだろう。しかし、あの重傷が少なくとも数日程度で治るわけがない。
つまり、あの時の呪文は、やっぱりそういうものってことか。それなら……いや、まだそうと決まったわけじゃない。現状がどうであれ、決めつけはしない方がいい。
とにかく、いつまでも寝ていても仕方がない。まずは、あの騎士っぽい人たちに話を
「ああ、起きたのか」
聞こうと思ったら向こうからきてくれた。
まあ、そりゃね。俺は怪我人、しかもかなりの重体だったんだから様子ぐらい見に来るよね。でもタイミング良すぎって言葉が思い浮かぶのはなんでだろうか。
まあそれは置いとこう。ありがたいものはありがたいし。
入ってきたのは、知らない顔の銀髪の男性だった。男性は天幕をくぐると、俺の体を上から下までじっくりと見てきた。そして、ふむ、と一つ頷くと口を開く。
「もう傷は塞がったようだな」
「あ、はい」
そういうことか、びっくりした。一瞬そっちの趣味の人なのかと思った。
いやだって、恩人だとわかっていても寝起きにいきなり無言で体をじろじろ見つめられたら、そりゃ、ねえ?
いや、失礼な思考してる場合じゃないか。こっちは助けてもらったんだから、せめてお礼の一つも言わないと。
「あの、助けてくださって、ありがとうございました」
「気にするな」
……えーと。
割と緊張していった言葉だったのだが、男性には普通に流されてしまった。まあ、それはいいんだけどね。気にするなって言ってくれてるし、無視されたわけではないから。
ただ、そこからの沈黙が気まずい。あまりにもあっさり受け流されてしまったせいで、会話が続けられない。
しかも、目の前の男性は何を言うでもなく、しかしこちらから視線を外すわけでもなく、何か考え事でもしているかのように顎に手を当てている。
何だこの状況。まるで職員室に呼び出された時のように居心地が悪い。俺はいったいどうすればいいのだろうか。動いていいのか、喋っていいのかすらわからない。なんでこの人一言もしゃべらないの? 考え事なら自分の部屋でやってくださいお願いだから。いや、やっぱりこっちから話しかけた方がいいかな? なんて話しかけよう。ナイストゥーミーチュー? って、それは挨拶だろ。
「何をやってるんですか団長」
心の中で漫才をやっていると、呆れが多分に含まれた声とともに、その人は現れた。
男性が入ってきたときのように天幕をくぐってきたその人は、藍色の耳飾りを付けた女性だった。
この人、かなり美人だな。
いや、今はそんなことはどうでもいい! この状況でこの人はまさしく救いの手、いや、容姿も合わせれば救いの女神とも言うべき人物だ。細かいことなど気にしない。気にしないから早くそこの考える人をどうにかしてください!
「アンか、どうした」
「どうしたじゃありません。少年の様子を見に行ったと思ったら、いつまでも帰ってこず……」
「少年が目覚めていたからな。少し様子を見ていた」
全く表情を変えずにあっさりと言い切っているが、様子を見ていたって感じではなかったぞ。ただ考え事をしてただけの気がする。というか、少年と呼ばれるのはどうも変な気分だ。
自分も今まで男性やら女性やら、とても命の恩人に対する呼び方ではなかったと思うが。ってか性別しか区別してないな。
「どうせまた考え事でもしていたんでしょう?」
「それよりも少年が驚いているぞ」
そこで俺に振って来るのかよ。しかも明らかに話をそらそうとしてるのは分かるのに、俺が二人を見ているのも事実なのでこの女性も無視できないという、何とも状況をよく理解した言葉だ。
だが、俺もこのチャンスを逃すつもりはない。女性には悪いが、口を挟ませてもらおう!
「あの「そんなことより団長は早く戻ってください」え?」
遮られた……だと……? 馬鹿な、口調、見た目ともに明らかに常識人そうな彼女が人の言葉を遮るとは。まさか、真面目そうなのは見た目だけだったのだろうか。
いや、団長も軽く目を見開いていることから、いつもはそうではないらしい。つまり、団長ですら予想外の事態が起こっているということか。
「何か?」
「いえ、なんでも」
女性がこちらの心を読んだかのようなタイミングで顔を向けてきた。
あさっての方向に目をそらしながら答えると、そうですかと言って団長さんのほうに向きなおった。その間、終始無表情だったのがなんとも恐ろしい。
女性は無表情のまま、団長をテントから追い出してしまった。それ自体は別にいいんだが、なぜに彼女は俺を見つめているんだろうか。見つめると言ってもラブロマンス的な意味ではなく、体の隅から隅までじろじろ見てきているのだ。
まあ理由は団長と同じなんだろうが。
「どうやらけがは治っているようですね」
大当たりー。
そこから、団長の時と同じようなやり取りをすることになった。違うのは会話がそこで終わらなかったことだろうか。それでもこっちから聞かないことはあんまり答えてくれなかったけど。
会話中に名前や、彼女らがどういう人間なのか、そして、ここがどんな場所なのか……いや、どんな世界なのかも教えてもらった。
俺はどうやら、異世界に来てしまったらしい。
といっても、『あなたは異世界から来たようですね』とストレートに断言されたわけではない。ただ彼女……アンジェリカさんの話の途中で、世界中探しても普通はできないと断言できるようなものを見せられたから、納得せざるを得なくなっただけだ。
このことには、それ以前から予想していたとはいえ、結構衝撃を受けた。
そして、やはりアンジェリカさんたちは騎士団だったらしい。ここには、あの焼き払われた森の近くにあった村を調査に来たのだそうだ。調査というよりは確認のようなものだと言っていたが。
なんでも、この近くで二週間ほど前に竜がでたので村が無事なのかを見に来たのだという。あっさりと竜という単語が出てきたことには驚いたが、アンジェリカさんが深刻そうな顔で話していたので何か言うことはしなかった。あと、やはり村は全滅してしまっていたそうだ。まあ、あの時見た森はほぼ全焼していたし、もしも生き残っていたとしても村は放棄せざるを得なくなっていただろう。
それを見届けた後、どれだけの被害が出たのかを調べるために森に入った時に俺を見つけたのだそうだ。俺を見つけた人はそのうちの一人らしく、お礼がしたいのなら、彼に言ってやってくれとのこと。その人の名前も教えてもらった。
「その村はどうしたんですか」
「今は死体があるかを調べています。ほとんどは竜に焼き尽くされたでしょうが、もしも無事なものが残っていたら、しっかりと焼いておかなければなりませんので」
「持ち帰らないんですか?」
普通は遺族に渡すために持って帰ったりしそうなものだが。火葬するにしても焼いておくという表現はおかしいだろうし。
「竜が焼いたのなら心配はないかもしれませんが、アンデッド化することもありますので」
アンデッド化って何だ。いや、字面から何となくはわかるけど、今の俺が知ってていいことじゃないだろう。
「あの、アンデッド化って何でしょう」
「……そういえば、知らないんでしたね」
「すいません、いろいろ聞いてしまって」
「いえ、あなたの事情を考えれば当然の事です」
事情。
その言葉を聞くと、少し罪悪感が刺激される。
しかし、アンジェリカさんは俺の変化に気付いていないのか、少し目をそらしながら言った。
「記憶喪失なんですから」
「……ええ、そうですね」
そう、俺は今記憶喪失ということになっている。
なぜそんなことになっているのかと言えば、もちろん異世界から来たということを隠すためだ。この世界の常識を何も知らない俺が、竜に焼き尽くされた場所に大けがを負って倒れていました。なんて、何をどう考えても怪しすぎる。
しかもその男が自分は異世界から来た、とでも言ってみろ。確実に頭のアレな人にしか思われない。少なくとも地球ではそうだ。
この世界でも同じ反応をされないという保証はないのだし、竜という強力な存在に襲われて、記憶喪失になりました、のほうがまだ説得力はある。
もしかしたら異世界人という概念が普通にあるかもしれないが、それならそれで後で異世界から来たことを思い出したとでも言えばいいだけだ。怪我を負っていたのは事実なんだから、大丈夫だろう。多分。
「ステータスに異常があるというわけでもないのであれば、回復魔法でも治りはしなさそうですし……どこにも記憶喪失とは書いていないんですよね?」
「はい、何度も確認しましたがそれらしいことはどこにも」
ステータス。
これも地球にはゲームぐらいでしかなかったものだ。俺がここが異世界だと認識した最大の理由でもある。このステータス、念じればすぐさま出てくる上に人には見えないという、なんとも便利なものだ。
ちなみに、俺のステータスはこんな感じだった。
------------------------------
名前:黒波 陣
職業:なし
年齢:15
Lv1
HP:50/50
MP:55/55
筋力:15
体力:18
敏捷:13
知力:25
魔力:23
スキル
HP自然回復Lv2
痛覚耐性Lv2
ギフト
従属Lv1
------------------------------
高いのか低いのかが全く分からないが、レベル1なら大したことは無いんだろうな。いきなり痛覚耐性とかHP自然回復とかがあるのは……まあ、あの大けがのせいだろう。死ぬかと思うほど痛かったし。
っていうかむしろ、あの激痛でもレベル2なのかよ。これ、レベルを上げるの無理なんじゃないか? あれと同じような痛みとか、もう二度と味わいたくないんだが。それとも痛みを感じている時間が短かったからか?
う、思い出したらまた気持ち悪くなってきた。
「大丈夫ですか?」
俺の顔色が変わったのを察したのか、アンジェリカさんが心配そうにこちらを覗き込んでくる。それに大丈夫です、と返して、思い出してしまったものを記憶の底に仕舞い込む。どうやらトラウマになってしまったらしい。できれば二度と思い出したくはないな。
……いや、話を聞く限り、この世界でそれは難しそうだ。早めに克服した方がいいかな。
「はあ、本当にすみません。さっきからアンジェリカさんに質問しっぱなしで」
「いえ、先ほども言いましたが、事情が事情ですし、騎士団の仕事にはあなたのような人の保護も含まれていますからね」
「え、そうなんですか?」
騎士団と言ったら、基本的には戦うことが仕事のような気がするんだが。見回りぐらいならともかく、記憶喪失とはいえ怪しい人間の保護までやったりするのか?
「はい。あと、私の名前は長いので、アンでいいですよ」
「は、はあ」
あれ、なんかさらっと質問を流された気がする。
てか、いきなりアンでいいですよ、とか言われてもじゃあそう呼ばせてもらいます、とか簡単に順応できませんよ? まあ、確かに長いですけども。
「そろそろお腹が空きましたね。陣さんも食べにいきますか?」
「え、あ、はい」
もっといろいろ聞きたいこととかあったんだけどな。
まあ、しょうがないか。確かに腹は減っている。
「どうかしましたか」
「いえ、なんでもないです」
俺は立ち上がって、テントから出ていくアンさんの後について行く。
……あ、結局アンデッド化のこと聞けてない。