頼む……
落ち着け。
落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。
大丈夫。大丈夫だ。
麻袋なんてどこにでもある。リンが入ってたのだって、元はサイラスさんが持ってきてたものだ。
ここはキャンプなんだから、何かの衝撃で一つや二つ飛んで来たぐらいはありうることだ。こんな場所に偶然転がっていることだって、ないわけじゃない。
麻袋は馬が全力で走っても落ちないように縛りつけてあったはずだ。落ちるわけがない。
ああ、それにたかが手札の一つだ。才能はともかく、スライムなら取り返すことはでき――
違う、そうじゃない。リンはあいつだけだ。あの一匹しかいない。
「……エドさん、結界を解いてもらえますか」
「あ、ああ」
なんにせよ、まずは確認をしなければ。
あの麻袋を確認すれば、リンがいるかいないか、死んでいるかどうかはわかる。
そうだ、確認だ。確信を得ずに他の行動をすると酷いことになる。
「ああ、じゃない。竜がまだいる」
「あ、そうだな。ジン君、サイラスさんも暴れてるし、今は」
「大丈夫です」
サイラスさんがわざわざ吼えたのは、竜の攻撃が通じないことを証明して心を折るためだ。咆哮はもう通じないことが分かっただろうから、もうどちらも咆哮を使うことはない。
それに、おそらくサイラスさんはもう竜の攻撃をキャンプに通さない。というか、何もさせないだろう。
攻撃が通じない。何もさせてもらえない。理不尽な暴力を加えられる。
これで大抵の奴は心が折れる。
なまぬるい攻撃なら反抗心を持たれるが、骨や歯を折ればその可能性も低くなる。特に、自分が絶対者だと思っている奴にはよく効く手段だ。
本気の抵抗をあっけなく潰されれば、あとはなるべく相手の要望に沿うように動きながら、隙を伺うのが普通だ。
プライドの高いやつは往生際悪く足掻きもするが、拳銃を構えた喧嘩のプロが数人いるのに、こぶし一つですべてを薙ぎ払える小学生はいない。
「あの竜はもう終わってます」
「……確かに」
サイラスさんたちの方を見ると、大体想像通りのことが行われていた。
竜が前足を振り上げれば、サイラスさんはそれに軽く合わせるように足を振り上げ、足をへし折る。
噛みつかれれば無抵抗で受け、その牙が役に立たないことを示す。
恐ろしいな。竜よりもよっぽど恐ろしい。
「じゃあ、解くぞ」
「ありがとうございます」
数秒後、触れていた空間がほどかれる。
すぐに麻袋の前に走り寄ろうとするが、直後に嫌な想像が頭の中を駆け巡り、足が震えてしまう。
転ばないように歩いて行くが、考える余裕ができてしまったせいで逆に足の震えが大きくなる。
冷汗が止まらない。
息が苦しい。
足が止まりそうになる。
「……っ」
ようやく麻袋の前にたどり着いた。
だが、息の苦しさは安らぐどころかきつくなっている。
気分も悪い。吐きそうだ。
麻袋に手を伸ばそうとすると、それが余計に酷くなる。
「ジン君、大丈夫か!?」
「う……」
肩に手を置かれる。
エドさんが一緒に来てくれたらしい。ゆっくりと顔を上げると、後ろからミリアさんが歩いてくるのも見える。
少し気分が和らいだ。
「開けて、ください」
「これをか? しかし……」
「大丈夫です。確認は、しないと」
「……わかった」
エドさんは厳しい顔で頷いてくれた。その手がゆっくりと麻袋に向かい、口を開ける。
中には――
何も入っていなかった
「これ、は」
ように見えた。
「……どうしたんですか」
少なくとも、俺の目には何も見えないし、エドさんにもリンは見えていないだろう。スライムは透明だが、輪郭ははっきりとわかる。
しかし、エドさんは麻袋の中に手を入れ、何かをつまむ仕草をする。
「核だ」
「かく……核?」
ああ、そういえば、魔物の体には核があるんだったか。エドさんから聞いたことがある。
「それ、リンの、ですか」
頭が痛い。
何かが叫んでいる。
口がうまく開かない。
開いたらすべて吐き出してしまいそうだ。
汗が頬を伝う
そのたびに体が重くなる。
ああ、だが、確認はしなければ。
『いなくならないでくれ』
――パァン!
「おぶっ」
頭がはたかれた。
そう認識したのは、ミリアさんが俺の顔を掴んで、自分に向けさせてからだった。
「くそうざい! いちいち崩れんな! とっとと馬探しに行け!」
「……?」
何を言われたのかわからなかったが、ミリアさんは説明をくれることもなく俺の顔を放して歩いて行ってしまった。
えー……? えーと、どういうことだ。
「ジン君、そういうことだ」
え? どういうこと? 何で馬?
わかりやすい説明お願いしますいやマジで。頭がちゃんと動いてくれないの。
「この核が君のスライムのものかはわからない。だから、まずは俺の乗っていた馬を探しに行って、麻袋がなくなっているかを確認しよう、ということだ」
「あ、あー」
ようやく理解できた。そういうことね。
無駄なことを一切言わないって、こんなに混乱させられるんだな。
「もう少しわかりやすく言ってやってもいいんじゃないかとは、俺も思うけどな」
「いえ、ミリアさんのおかげで助かりました」
「そうだな、表情もましになってる」
さっきまで考えていたことは頭に残っている。吹っ飛んだりはしてない。
でも、なんであんなに混乱していたのかがわからない。
感覚で言うなら……脳の容量が追い付いてない? パソコンで言うと処理が追い付かずに画面が固まってるみたいな。
まあ、今はいい。
リンを探してから、落ち着いたら考えよう。
「じゃあ、早く行こうか」
「は、い?」
あ、足が震えるぜハート。
気分がましになったから足も冷汗も治ってると思ったらいまだにそれらは残り続けているようだ。それも、よりひどくなって俺を襲ってくる。
要約すると腰が抜けました。
どれだけ力を入れても立てそうにない。
「……しょうがないな、俺が背負おう」
「申し訳ない……」
「いや。(少し安心した)」
「はい?」
「なんでもない」
今、エドさんぼそっと呟かなかったか?
はっ、もしや内心では面倒かけやがってと思っていてそれが口に出ていたのか!?
だとしたら今すぐ謝らなければいけないが……この体勢では土下座ができない。
くそっ、この俺最大の謝罪方が発揮できないようになってしまうとは、何たる失態!
「ジン君、揺れは大丈夫か?」
「あ、はい。全く問題ないです。ありがとうございます」
……またあほなこと考えてたな、俺。
さっきまでとの落差がひどかったからはっきり意識できた。
レベルが低いから、今の歳に合わないからあれが起きたと解釈するのは……さすがに虫が良すぎるな。
ああ、でも、なんとなく。
今は考えない方がいい気がする。
「そろそろ馬をつないでいる所につくぞ」
ああ、そろそろ馬小屋につくらしい。いや、小屋ではないけど。
なら、こんなことを考えている暇もない。早くリンがいるかどうかを確かめよう。
いなかったら……その時はその時だ。
改めて探し回ろう。
「俺の馬は……いた!」
麻袋もついてる!
「エドさん、あります! ちゃんと袋ありますよ!」
「ああ! あとは、スライムが無事かどうかだな」
「……はい」
そうだ、袋はあっても、中のリンが無事かどうかはまだわからない。
もしも馬が逃げ遅れて、リンがあの咆哮を受けていたとしたら。
その衝撃を、レベル1のスライムが耐えられるとは思えない。
「……」
今度は、足が震えたりはしない。
心臓の音はうるさいが、それは単に緊張しているからだろう。
手の震えはあるし、冷汗も出てるけど大丈夫だ!
「無理はするな」
後ろから、エドさんが心配そうな声を投げかけてくる。
俺がまだ麻袋の口にも手を触れていないからだろう。
……やっぱり怖い。
なんで俺は、こんなにもリンを失うのが怖いのだろうか。
そりゃあリンは最初にテイムした魔物だ。けど、そこまで長い時を過ごしてきたわけじゃない。最初に出会ってからせいぜい三日程一緒にいただけだ。グリーンウルフと大した違いはない。
「なんでだ……」
グリーンウルフのように言葉を交わせるわけでもなければ、ルイディアさんたちのように命を救われたわけでもない。
だというのに、あまりにも肩入れしすぎている。
リンに対しては、罪悪感がないからか?
少し、違う気がする。
「ジン君、俺が開けよう。君は向こうに」
「……いえ、大丈夫です」
ああ、こんなことを考えていてもしょうがない。ただの現実逃避だ。
これ以上、余計な心配をかけるな。
リンは生きてる。生きてるはずだ。
そう信じよう。
「頼む……」
震える手をどうにか抑えながら、神にも祈る気持ちで、俺は麻袋を開ける。
その中を見て――
目の前が、真っ暗になった。




