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マジですいませんでした

 放り投げられたらそこはキャンプでした。

 さっきまでの状況を説明するとそうなる。

 え? 何言ってんのかって? 事実ですよ、事実。絶対に変えようがないまごうことなきただの事実。

 まさかたったの数歩で、しかもあの距離からキャンプまで来るとは……化け物かあの人。


「いや、化け物だな」

「何を考えているのかはわからないけど、確かにその通りだね」


 俺が呟くと、隣に立っているルイディアさんが同意してくれた。

 どんな表情をしているのかはわからないが、たぶん呆れた顔か苦笑だろう。前にある光景を見ていて、他の表情が浮かぶことはないと思う。子供だったら泣くかもしれないけど。

 

「一応聞いておきますけど、あの人、人間ですよね?」

「人種であることは間違いないよ」


 ひとしゅ?

 ああ、人種か。こっちではそういう風に言うんだな。知らなかった。

 ……そういえば、俺が聞いたことって基本は魔物てふだのことと自分に危険が及びそうなものだったな。街のこととか一切聞いてない。


「なんでそんなに落ち着いていられるんだ、三人とも」

「ヘタレ、結界」

「ちゃんと張ってるって!」


 現実から目をそらすように今までのことを思い返していると、後ろから言い争う声が聞こえて来た。

 一人はエドさんだ。なんでヘタレって呼ばれてるのかはわからんが。

 で、もう一人は誰だっけか。エドさんと一緒にテントに来た人だということはわかるが、名前がわからない。

 そもそも聞いてたっけ?


「すいません、お名前お伺いしてましたっけ」

「どこの誰に言ってるのかわからない」

「今、俺の質問に応じてくれたあなたです」

「伺われてない」

「存じているかもしれませんが、俺はジン クロナミです。あなたのお名前は何というのでしょう」

「気に入らないから教えない」

「それは残念」


 はっきり言う人だな。久しぶりに友達思い出したぞ。

 あいつもなかなか歯に衣着せないやつだった。一回それが原因で潰しあいもしたなあ。懐かしい。

 ……あ、そうだ。


「そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね」


 俺は、一度眼前で繰り広げられている光景から目をはずし、後ろの人に体ごとむきなおる。あれが目に入ってからはずっとそっちしか見てなかったな、そういえば。

 相手の顔(フードで見えないが)を見て、しっかりと頭を下げる。

 

「改めて、俺の命を救ってくださって、ありがとうございました」

「その命の恩人を騙して協力させようとしてたのはどこのどいつかと」

「それに関してはマジですいませんでした」


 お辞儀から即座に土下座に移行する。

 ごめんなさい、出来心じゃなく計算してました。

 いや、細かく言うなら騙して協力させようとしたわけではないんだが、結果としてそんな展開になってしまった以上は謝らねばなるまい。

 

「よく協力してくれとか言えた」

「やむにやまれぬ事情が……」

「黙れ。喋れとは言ってない」

「はい」


 怖い。

 団長さんとは別の意味で怖い。


「迷惑かけれないとか思わなかった?」

「思いました」

「じゃあなんで協力してくださいとか言った」

「死にたくなかったからです」

「街に帰ってからでもよかったんじゃないの」

「それだと、今ここでできることができないので」

「わざわざ人に協力させてでも?」

「はい」

「恥知らず」

「はい」

「マヌケ」

「はい」

「ごみ」

「はい」


 かなりきつい詰問口調と罵声が土下座状態で浴びせかけられる。

 そっちの趣味の人なら喜ぶのかもしれないが、生憎と俺にそんな趣味はない。それに、この人ならそっち系の人でも潰しそうだ。物理的に。

 まあ、姉に言い負かされるよりよっぽどましだが。


「……お前は私たちの邪魔をしている」

「知ってます」


 竜がキャンプに襲来した時、サイラスさんとエドさんがいなかったのは俺のせいだ。

 別にいなくても何とかなっていた、というのは言い訳にもならない。それは単なる偶然だ。

 仮に、あの竜がもっと強かったら。

 もしかしたら死人が出るようなことになったかもしれない。

 仮に、竜が一体でなかったら。仮に、エドさんの結界が絶対必要な場面に出くわしたら。仮に、仮に、仮に――

 可能性だけならいくらでもあり、それに対処するための戦力を連れてきていた。

 例え団長さんが問題ないと判断したことでも、それを崩したのは俺だろう。

 いや、それも苦渋の決断だったかもしれない。俺の命に配慮してくれたのかもしれない。

 さすがにこれが思い上がりだとしても、可能性は否定できない。

 だから、責める人がだれもいないのがむしろ不思議だった。

 

 団長さんは俺の厚かましいお願いを聞いて、このキャンプの中でも一番の戦力を護衛に着けてくれた。

 ルイディアさんは俺の隠し事を一度も掘り返そうとせず、俺の心配をしてくれた。

 サイラスさんは予定外の命令を言い渡されたのに、不満そうな様子を欠片も見せなかった。

 アンさんは関わる必要のないはずの俺の看病を、とても丁寧にしてくれた。

 そして、誰も、俺が嘘をついていたことを、責めなかった。

 エドさんも、グリムさんも、何も事情を知らないはずの他の団員の人たちですら、俺も協力してやろうか? と声をかけてきてくれた。

 全員が、疑ってしまうほどに親切で。

 純粋に、どうしてそこまでしてしくれるのかが不思議だった。


「うわ、めんど」

「あれ、もしかして声漏れちゃってました?」

「漏れるっていうか輪で水くみ」

「通り抜けるレベル!?」


 いやいや、いくらなんでもそれはないでしょー。俺だってあんな長い考え全部話すほど馬鹿じゃないですよ。


「ジン君、言いにくいが……」


 ぎゃああああああ!? エドさんも聞いてたああ!?

 え、マジで? マジで全部漏れてたの? じゃあ、さっきの思考は……ああああああああああああ!?

 恥ずかしい! ものすごく恥ずかしい! やめて、俺を見ないでえええええ!


「うるさい」

「かはっ」


 首、に手刀は、駄目、でしょ。

 

「……ミリア」

「ぐう、う。よ、よろしくお願いします、ミリアさん」

「……」


 あれ? なんかミリアさんが茫然としてらっしゃる? どうしたんですか、サイラスさんの方に進展でもあったんですか。


「なんでわかった」

「なんでって、なにがですか?」

「私が名前言ったこと」

「聞こえるように言ってくれたからですけど」

「ふざけんな」

「えっ」


 ふざけんなと言われても……。

 俺たちしか周りにいない状況で、いきなりミリアって言われて、それが男っぽい名前とか、苗字でなさそうだからミリアさんの名前だと思っただけなんだが。

 あ、でも俺と同じような反応をする友達や姉妹がいた可能性もあったな、そういえば。そんな奴がいたら近寄りたくないけど。


「死ねばいいのに」

「それだけは嫌です」

「独り言。一々反応するな」

「すみません」

「ん」


 頭を下げようとすると、ミリアさんに止められて、右手を差し出された。

 同じく右手を差し出して――全力で叩きあう・・・・

 柏手を打ったような音が響き、手にジンジンと痛みが広がっていく。

 ああ、うん。

 絶対にやってくると思った。


「ハッ、よろしく」


 ミリアさんはいつの間にかフードを下ろしていたらしい。

 口の端を釣り上げて、悪人のように笑っている顔がよく見える。

 

「つぅ~……よろしくお願いします」


 こっちも負けじと笑い返す。

 たぶんひきつった笑顔になってるだろうけど、それは勘弁してほしい。


「……そろそろ口挟んでもいいか」

「あ、はい。すみません」

「おい、結界」

「張ってるっての! そもそも今は【留角】使って」

「違う。もう一段」

「は?」


 エドさんが怪訝な顔をした直後、


 ――ドゴオォォォン


 立っていられないほどの衝撃が体を襲い、激しい音が鼓膜を揺らした。


「う、えあ!?」

「うお!?」

「ちっ、だから結界って」


 ミリアさんは舌打ちをして、衝撃に耐えている。エドさんもだ。俺は普通にすっころんだ。


「首が、首がぁ」

「うるさい」


 自由に痛がることすらできないんですか。ていうか、首の痛みはあなたのせいなんですがそれは。


「いいから、見ろ」

「え……あ」


 ミリアさんに目を向けさせられたのは、ちょうどサイラスさんが竜に噛みつかれる場面だった。

 だが、俺がのどまで出てきていた言葉を吐き出す前に、サイラスさんはあっさりと、実にあっさりと竜の口から抜け出した。

 噛まれていたはずの体には、大怪我は一つもないように見える。少なくとも血は出てない。

 さすが化け物。俺たちには理解できないことをやってのける。

 あの人のステータスどうなってんだろ。そもそもこの世界のステータスにレベルキャップはあるんだろうか。


「これは、まずい」

「え?」

 

 頭の痛くなる現実から少しだけ目を背けていると、ミリアさんが焦ったような声を出した。この人も焦ったりするのか。


「三重、【四重層フォー・ライヤー】起動!」


 エドさんがなんかかっこいい技名を唱える横で、俺は訳が分からず竜の方を見る。

 人の輪郭がぼやけるような距離。

 表情がわかるはずもないのに、俺はサイラスさんが笑顔でいるのを直感した。

 同時に『あ、これヤバいやつだ』とも思った。



「―――――」



 音はしなかった。

 衝撃もなかった。

 でも、俺の生涯の中で三位以内に入るほどの、やばいものが通り過ぎたのはわかった。

 やばいのはわかったけど、やばいことしかわからなった。なんだったんださっきのは。


「ギャイン!」

「んあ?」


 思わず一歩下がった瞬間、変な感触とともに悲鳴が上がる。

 グリーンウルフだ。

 そういえばいたな、全く反応がないから忘れてた。え、今までずっと気絶してたのこいつ。あの衝撃でも起きないとか、逆に凄……い……?


 あれ?


 ちょっと待て。

 今、ものすごく嫌なことを思い出しそうになった気がする。

 グリーンウルフ、結界、忘れもの、リン……。


「あ」


 そうだ、リン。

 確か、リンはエドさんの馬に袋ごとくくり付けたままだった。

 だが、結界の中に、馬はいない。

 周りを見渡しても、いない。


「エドさん。馬がどこに行ったのかわかりますか」

「馬? ……そういえば、いないな」


 エドさんもわからないようだ。

 もしかして、逃げたのだろうか。

 その可能性は高い。なにせ、ここは化け物が竜を叩きのめしている現場だ。普通の神経をしてたら逃げ出す。俺は逃げられないけど。

 だから、大丈夫だ。

 リンはあれに巻き込まれていない。

 そのはずだ。


「どうした」

「リンが、俺のテイムした魔物が、馬に乗せてあったんです」

「巻き込まれたかもしれないと」

「……たぶん、大丈夫だと、思いたいです」

「一つ聞く」


 ミリアさんが、真剣な顔である一点を指さす。


「あれ、何」


 その方向には


「――」


 麻袋が一つ落ちていた。

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