鬼がいた
出来れば明日出したいものです。
どうしよう、一切リアクションなかったから完全にリンのこと忘れてた。
いや、それ以上にグリーンウルフの反応があまりにも酷かったってのもあるんだが……。それはどうでもいいか。
「別に大丈夫だとは思うけど……」
竜に直接関わるようなことにはならないだろう。わざわざ好き好んであんなものに近づこうとは普通は思わない。
しかし、リンは生まれたばかりだったはずだ。竜が危険なものだと感じずに騒がしいと思う方に行ってしまう可能性もなきにあらず……! どうする? どうしたらいい?
リンが死んだら次のスライムに、なんて考えを持つには情がわいてしまっている。命の恩人は疑うのにスライムの命を心配するのはどうなんだ、と言われてもしょうがないが、心配なものは心配なのだから仕方がない。
「……ま、どれだけ心配したところで、どうしようもないんだけどな」
俺もグリーンウルフも、エドさんの結界からは出られない。見える範囲に竜がいる以上、この辺りに魔物はいないかもしれないが、俺なら竜の咆哮を間近で聞いただけで心臓が止まるぐらいはあり得る。
……ああ、そう考えると、エドさんは咆哮が聞こえてからすぐに結界を張っていたのかもしれない。あの後、エドさんの声や馬の鼻息以外は何も聞こえなかったし。
いや、それは今は気にすることじゃない。後でお礼は言っておくけど。
リンはあの袋から出ないだろう。でも、咆哮を受けてHPが減ることはある。エドさんなら馬にも結界を張るはずだ。けど、そんな保証はない。だが、でも、いや――
「あぁ……落ち着、け!」
全力で結界に頭を打ち付けて、思考を中断させる。
「痛ぇ……」
うん、めっちゃ痛いけど、とりあえず考えてたことは吹っ飛んだ。
ちっ、これもレベルが上がった影響か? 考え方が安定しない。
疑いの目を向けたすぐ後に心の底から心配をできるとか、なかなかに気持ち悪いな。しかも自分本位な考え方はいつも通りってのがまた。
まあ、いい。自省は後だ、切り替えろ。多少時間をかけても、意識の切り替えぐらいならできるだろう。
リンに関して俺にできることなんて今はない。考えすぎてもしょうがない。今できることをしろ。俺に今できることはなんだ。
「サイラスさんへの状況説明、ぐらいか? あとはグリーンウルフの名前決めと能力確認とか」
……本当にできることがない。
いや、三つしか思いつかないうえに名前って……。
思わず膝から崩れ落ちそうになった。根性で耐えたけど。
うん、まあしょうがない。まず状況説明のまとめだけやっとこう。あの人が聞いてくれるかどうかすらわからんが。
「えーっと、竜が見えた。竜の咆哮で俺が気絶。エドさんが補助のためにキャンプへゴー。俺、足手まといで置いてかれる。今ココ!」
よし、完璧だ。
あとは名前と能力か。
名前の方は、グリーンウルフだから……緑狼? どこぞのロックみたいだからやめとこう。
『なあ、お前はどんな感じがいいかとかあるか』
『……』
『勝手に決めてもいいならそうするけど』
『……』
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
まあ、冗談は置いておくにしても、本当に何も考えなくなったな、気絶でもしたのか? それともようやく落ち着いてきたのか。
『……見ろ、わかる』
『見ればわかるだろ、か。いやな、俺も見たいのはやまやまなんだが……今はたぶん前を見といたほうがいい』
『……?』
さっきから、具体的に言えばお前に話しかけたあたりから変なものが見えるんだよ。
いや違う、竜の方じゃなくて。後ろだ後ろ。ていうか、お前こそ俺の方見たらどっち向いたらいいかわかるだろ。竜以外に見るものがあるのか? まあまあいいから。
『……なんだ、あれ』
俺と同じ方を向いたグリーンウルフが、最初に発した言葉がそれだった。
『予想はつくけどな。ただ、あそこまで速かったんだなあ……』
『……何が』
『そりゃー、お前。サイラスさんの馬だよ』
そう、俺たちが見ているのは竜と反対方向の、恐ろしい勢いでこちらに近づいてきている土煙だ。
どれぐらいの勢いかというと、結界で守られてるのがわかってるはずなのについ逃げ出したくなるぐらいだ。現に、グリーンウルフはさっきから『……あれ、大丈夫か? 大丈夫か?』とうるさい。
『大丈夫だろ。乗ってる人は普段大丈夫じゃないが、命にかかわる冗談はやらかす人だったなそういえば』
あれ? 馬の後ろに乗せてもらってた時のこととか思い出すと不安しかないぞ。
『……大丈夫か?』
大丈夫だ、たぶん大丈夫だ。うん。
いやー、さすがに見えたら気づくだろ。いくらなんでもそのまま突っ込むほど急ぐような要件もないだろうしさあ。
『……後ろ、竜』
ああ、そういえばそんなのもいたな。確かに竜を見てたら俺たちのことを見逃す可能性がなくはな、い?
『あれ……? 大丈夫か?』
『………………』
おう、グリーンウルフから視線が突き刺さってくるのがわかる。何か言葉を発したわけでもないのに、なぜかよくわかる。
いや、いやいやまだ大丈夫だ。
『よく考えたらエドさんの結界があるんだから――』
『……もつか?』
土煙はもうすぐそこまで来ている。その規模はかなりのものだ。
というか、あれは土煙じゃなかった。
ここは荒野でなく草に覆われた草原なのだ。なのに何で土煙が立っているのかと思ったら、土や草をその脚力で尋常じゃないほどに巻き上げてあの馬は走っている。だから、あれはどっちかというと土嵐だな。あはは。
『あ、大丈夫じゃないなこれ』
『うわああああああああああああああ!?』
おおおおちうけ、まままだ慌てるような時間じゃない!
こんな時はあわてず騒がずゆっくりと素数を数えてる暇がないんですけどもうすぐそこ来てるー!?
思わず目をつぶった次の瞬間。
ズドン、という音とともに、まるで地震が起こったかのように視界が揺れ、
「おい」
音に驚き、少しだけ目を開けた先には、
「何でお前だけここにいる?」
鬼がいた。
「……」
いや、もちろん本物の鬼じゃない。この人の性格が鬼なのは重々承知だが、そういう意味でもない。
これは誰だ?
外見はサイラスさんだ。それは間違いない。見た目は何一つ変わっていない。
だが、これは誰だ?
いつものサイラスさんじゃない。雰囲気が変わったなんて程度じゃない。むしろ、顔が変わっているよりも違和感を覚える。
まるで別人だ。
「おい、聞いてるか」
サイラスさんは俺が答えないせいか、少しいらだったように口を開く。
「あ、はい。エドさんがキャンプの補助へ行くと言って」
「そうか」
最後までしゃべることができなかった。
それは、セリフを遮られたからでも忘れたからでもなく、単にうまく口が開けなかっただけだ。
恐怖ではない。
ただ、口を開くと何かがぶち壊されそうだと感じている。
「行くぞ」
俺は黙って頷いた。グリーンウルフはわからないが関係ないだろう。
どこに行くのかはわかっていたし、そもそも、今のこの人を目の前にして否定の意見を出せるのは団長やルイディアさんぐらいだろう。
しかし、どうやって行くつもりなのだろうか。俺は馬に乗れないし、グリーンウルフはおそらく気絶している。してなくても動けないだろうけど。
そんなことを考えていると、
「よ、っと」
サイラスさんは馬から下り、軽い掛け声とともに結界を俺たちごと持ち上げた。
……いや、無茶苦茶すぎるでしょうよ。あと、この結界って持ち運びできたのね。
「さて」
サイラスさんは馬から下りたまま、|結界(俺たち)を頭上にしっかりと抱え上げ、
――あ、予想着いた。
そのまま走り出した。
「やっぱりかー……」
初速からすでに電車並みの速度。景色がかなりの速さで流れていく。
だが、それすら遅かった。
次の一歩でまた速さが増し、次の一歩でまたも速くなる。
最後には一瞬景色が見えなくなり、
地面に向かって放り投げられた。




