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恐怖

ぎりぎりセーフ

「グリーンウルフをテイムしてから、このことを団長に報告しろ」


 どこかいつもとは違う、話しかけづらい雰囲気をまとったサイラスさんは、そう言ってすぐに森の中に入っていった。

 これはひどいことになりそうだ、とこの後森の中で起こる虐殺劇に思いを馳せてから、ジン君を呼ぶ。

 彼は眉をひそめて森を見ていたが、俺の声に反応してこちらに歩いてきた。

 グリーンウルフの治療の必要がないことと、目を覚ましたらすぐにテイムできるように準備しておくように伝え、少しの間会話をしながらグリーンウルフの目が覚めるのを待つ。


「お、目を覚ますぞ」


 グリーンウルフは目を覚ました瞬間、俺たちから距離を取った。

 まあ、しょうがない。サイラスさんに襲われたのなら、むしろこの反応は正常といえる。ジン君も同じことを考えているのか、同意するように頷いていた。

 しかし、直後に彼はまるで知り合いに接するように気軽な笑みを浮かべて、グリーンウルフに話しかけた・・・・・

 そう、話しかけたのだ。魔物に対して。

 サイラスさんやルイディアさんから聞いてはいたし、似たようなものを見たこともある。スライムと話せることを加味しても、あの二人が言うほどの脅威になるものではないと思っていた。

 そもそも、テイムをすれば命令には従うようになるのだからと。

 だが、彼はまるで違った。

 魔物に対して話しかける彼の様子は、人と……俺やサイラスさんと接する時と何一つ変わらない。

 魔物と人が同列にいる・・・・・・・・・・

 それは、俺が見たこともないものだった。

 俺たちにとって、魔物は一部を除いて敵であり、様々な道具に使える材料を出すものといえる。つまり完全に別の種族だ。

 だが、彼に……魔物がいない世界から来た、魔物と会話ができてしまう彼にとって、その価値観は当てはまるのだろうか。

 オークやゴブリンは殺したと聞いた。ルイディアさんからも、本人からも。

 しかし、それはゴブリンたちが敵で、殺さなければいけなかったからではないのか?

 もしも彼が、何もしていないのに殲滅される魔物たちを見て……それらを助けたいと思ってしまったら、一体どうなるのだろうか。

 人と同じ姿で、人から魔物を助ける。それは、まるで――



 ――伝説の魔人のようではないか



「……そうか」


 サイラスさんはこれを見たのか。

 ルイディアさんはそれを思いついたのか。

 確かにこれは脅威だ。街どころか、国にとっての脅威になりかねない。

 ……大丈夫なのか?

 団長殿もルイディアさんも、それを知ってなお、彼を助けるつもりでいる。

 しかし、彼を連れ帰ることは人を害することにつながる可能性がある。だというのに、なぜ。

 

「……!」


 湧き上がる疑問に考えを巡らせようとしたところで、視界の真ん中にいる彼が動いた。

 一瞬、こちらを向くのかと思ったが、それは違った。彼はグリーンウルフに近づいていく。

 【従属】が終わったのだろうか。それにしても随分と時間が掛かっていたな。

 しかしどうにも様子がおかしい。

 彼はまだグリーンウルフに何かを話しかけているようだ。

 一体何を、とその様子を見ていると。


『■■■■■■■■』


 にいっ、と。

 心底楽しそうな無邪気な笑顔で、何かとても恐ろしいことをつぶやいた。

 何を話していたのかはわからない。何を言ったのかはわからない。

 その笑みが、俺の警戒心を刺激したわけでもない。

 だというのに。

 なぜか、とても嫌な予感がした・・・・・・・・・・


「よし」


 小さく聞こえた声が、俺の思考を元に戻す。

 ようやく【従属】が終わったらしい。その前の話は交渉のようなものだったのかもしれない。

 本当に人間を相手にするような彼に、今は苦笑も浮かばない。それでも無理矢理に笑って、今さっき彼の様子に気づいたかのように話しかける。


「お、テイムできたのかい?」

「ええ、快く頷いてくれましたよ」


 彼は笑っている。【従属】が成功したのが本当に嬉しいのだろう。

 その笑顔を見ていると、伝説のような魔人にはなりそうにないと思える。

 だが、人生などわからないものだ。昨日平和だったからと言って、今日も平和になるとは決まってない。


「あの、エドさん」

「ん?」


 いきなりジン君に話しかけられた。

 短くとはいえ、平常に答えられてよかった。別に答えられなくても怪しまれることもないだろうが。

 それにしても、なぜ話しかけられたのだろう。


「今、なんかいませんでした?」


 なんかってなんだ?

 考え事をしていたから感じ取れなかったのかもしれない。

 俺の様子を見たのか、ジン君は首を振って謝罪してきた。

 詳しく聞こうかとも思ったが、どうせここに残るのはサイラスさんとその馬だけだから問題はないだろう。あの人の馬は新人騎士じゃ相手にもならないほど強いのだし。

 ジン君に改めてつかまるように指示して、馬の腹をけった。

 この時にちゃんと話を聞いておけばよかったと、後に後悔することになるとは欠片も思わずに。



 ーーーーーーーーーーーーーーーー



「……あれは何だ?」


 思わず声が漏れた。

 あれ・・が何かなど、誰に問うでもなくわかっていたというのに。

 

『ゴオオアアァアァァァァァァァァァァ!!』


 瞬間、腹の底に響くような咆哮が鼓膜に叩きつけられる。

 くそ、結界を張るのは間に合わなかったか。だが、距離があったせいか咆哮はそこまで大きくない。これなら馬もそれほど――

 ……いや、ちょっと待て。

 俺が後ろに乗せているのは誰だ。


「ジン君!」


 振り返り、そこらの子供よりか弱いと聞かされていた彼を見る。

 目に入ってきたのは、崩れるように馬から落ちる姿。


「っ!」


 とっさに体が動く。

 思い切り腰をねじって彼の服を掴む。が、その反動で俺も馬から滑り落ちてしまう。

 どうにか自分の体を仰向けにして、彼の頭と胸のあたりは腕で保護した。これで最悪でも死ぬことはないだろう。


「ぐっ!」

 

 ほんの少しの安堵と共に、強い衝撃が走った。

 一瞬息が詰まり、痛みがジワリと広がっていく。だが、それよりも彼だ。

 ジン君はどうやら怪我などはしておらず、気絶しているだけのようだ。目を覚まさないのは咆哮の衝撃のせいだろうか。

 先に結界を張っておこう。また咆哮が来たらこの程度では済まないかもしれない。機能は……音と衝撃の遮断でいいだろう。

 一瞬でイメージを固め、詠唱なしで結界を展開する。消費魔力は少し多くなるが問題ない程度だ。


「ジン君! 大丈夫か!」


 俺の声に反応したのか、少し瞼が動く。


「聞こえてるか! ジン君!」

「……はっ!?」


 よかった、目を覚ました。

 ジン君は困惑したようにあたりを見回している。どうやら、馬から落ちたことは覚えていないらしい。

 それから少し会話したが、問題はなさそうだ。騎士団が竜一匹ぐらいなら対処できると伝えたときには呆けた顔をしていたが。

 まあ、実際普通なら危険なんだけど、あそこは異常としか呼べない人が4人か5人ほどいる上に、騎士団自体も国内外問わず最高峰の強さだからな。心配するだけ無駄といえる。

 そんなところに飛び込んできた竜をかわいそうだとは思えない。

 どんな理由があったのかは知らないが、あの竜に村は焼き尽くされた。

 別に俺の故郷だったわけではない。

 それでも、焼き尽くされて炭のようになった親子や、勇敢にも立ち向かおうとしたのか、剣を持ったまま潰された青年を見たことを思い出せば、怒りこそすれ道場などわいてこない。

 しかし、懸念もある。竜がこんなところにきたということは、あの話は本当だったということだ。

 ルイディアさんが他言無用と言って話してくれた勇者召喚。

 勇者が召喚されたということはつまり――


「……で、そんなに安心できる要素がそろってるのに、どうしてエドさんは厳しい顔してるんですか」


 突然だった。

 突然、彼はころころと変えていた表情を固定して、俺に問いかけて来た。

 さっきまでの呆れたような表情ではなく、無表情。

 まるで俺の考えていることを見透かそうとしているかのように、余計な感情はいらないとでもいうかのように。

 

「今は、君には関係ないことだ」


 思わず突き放したような言い方になってしまった。

 

「そうですか」


 しかし、それを気にすることもなく、彼はあっさりと頷いた。その表情にはもう感情が戻っていて、何かを思案しているようだった。

 なんなんだ、彼は。

 彼は一体何なんだ。

 自分に問うが、よくわからない。当然だ。

 俺は湧き上がる感情のままに言葉を紡ぐ。


「それよりも立てるかな? できればキャンプの方に行きたいんだけど」


 まだ上辺を繕うことはできるようだ。自分でも驚くほどすらすらと言葉が出る。


「いや、頼れる人たちなのは確かなんだが、それでも怪我の一つも……」


 確かにそう思っているのは本当だ。だが、今のこの言葉は、ただの逃げ口上でしかない。

 だというのに、それがまるで心からの善意のように繕われて口から出るのが、自分のことながら気持ち悪い。

 グリーンウルフが動けないと聞いたとき、心の中で彼と離れられることができると安堵していたと気づいたのはキャンプについた後でだった。

 

「すまないがサイラスさんが戻ってくるまで待っててくれ」


 形だけでも安心できるような言葉。安心できるのはどっちなのだろう。

 今、自分がどんな顔をしているのかわからない。だが、彼にその顔を見られたくなかった。

 俺は馬を走らせた。

 そこらの子供よりか弱い少年を置き去りにして。

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