最初からクライマックス
「……?」
陣がその声に気が付いたのは、何も見えない黒い世界でだった。
「…ぃ…」
それが自分が目を閉じているせいで黒くなっているだけだとすぐに気づき、ならばこの声は誰のものだろうかと思考を重ねていく。
「お……しん…」
俺は脱走兵と暮らしていた過去などないのだが、というどうでもいいことを夢見心地のまま考える。
しかし、ふわふわとした気持ちのいい感覚は顔に少しの衝撃が加えられたことで消滅する。
「おい、死んでないか。生きてたら返事しろ」
そう声をかけながら、陣の顔を覗き込んでいる誰かと目があった。
「意識はあるな。呼吸はできるか?」
「……どちらさま?」
思わず陣が問いかけてしまったのはしょうがないだろう。
なにせ目を開けたらいきなり赤い目が眼前にあり、それが離れたと思ったら急に頭を掴まれたのだ。
そう、陣は今なぜか頭をわしづかみにされている。いわゆるアイアンクローというやつだ。陣の頭を掴んでいる男は、この体制のままもう片方の手を口元を覆うようにかざして『おーい、人がいたぞぉ』と叫んでいる。
「あの…」
「おい、動くな」
「え?」
頭を掴まれていて起き上がれないので、手を男の腕に伸ばそうとすると突然遮られた。これは動いたらお前の頭を握りつぶすぞ的な意味なのかと陣が考えていると、ついさっき男が叫んだ方向からいくつもの足音が聞こえてきた。
そちらに目を向けてみると、焼け焦げている木々の間から何人かの男女が走ってくるのが見える。さらによく見てみると、彼らは全員まるで中世ヨーロッパの騎士のような鎧を着こんでいた。
思わず陣がコスプレ会場という単語を思い浮かべたが、コスプレというには彼らの表情はあまりにも鬼気迫っているように見える。
あの表情が迫真の演技でした、というのなら、それはもうただのコスプレ集団とは言えないだろう。
(ハリウッドに紛れ込んだとか…はさすがにないか)
首を傾げようとして、また男に『動くなっていってんだろ』と怒られてしまった。
男は陣の問いかけに答える気はないようだ。陣も男には返事を返していなかったのでお互い様かもしれないが。
そうこうしているうちに、鎧の集団は陣たちのすぐそばまで来ていた。十人近い鎧を着こんでいる人間が走って来るのを見ていると、陣の視点が低いのもあってか踏みつぶされそうな恐怖がある。
もちろん実際にそんなことは無く、鎧の集団は陣の眼前で止まった。先頭の兜をかぶっている男が後ろの集団に何かしらの指示を出す。
男と言っても、兜をかぶっているので体格で判断したに過ぎないのだが。
(あの体格で女性だったら逆にすごい気がする)
そんなことを考えているうちに、指示を出された中の三人ほどが集団から出てきて陣の近くによってくる。今まで陣の頭を掴んでいた男は、それを見て掴んでいた頭を解放して離れていく。
三人は男が離れるのと同時にぶつぶつとなにがしか呟き始めた。
いきなりわけのわからない集団が自分を囲み、呪文のような言葉を呟き始めるというとんでもない状況に陣の頭の上には?マークが出っ放しなのだが、その様子など一切気にせずに三人は呪文を呟いている。
まさか自分の体を生贄にでも使おうとしてるんじゃないだろうな、などと逃避じみたことを考えながら、陣は軽く頭を動かして少しでも状況を確認しようとする。
まず、目で見える限りでは周りの景色は木が何本も立っていたように見える。
過去形なのは、立っていたであろう木が全て幹の途中から折れてしまっていたからだ。焼け焦げているものもいくつかある。
斧で切り倒したような綺麗な状態のものなど一つもなく、まるで火災にでもあったかのようだ。
その推測は地面に落ち葉の一つもなく、なおかつ地面も焼け焦げたように黒くなってしまっていることからおそらく当たっているのだろう。
しかし、周りの状況は多少わかっても、なぜ自分がここに居るのかはさっぱりわからないままである。
もう少し情報を得ようと、陣は自分の体を囲んでいる集団を見ようとして、同時にそれも見てしまう。
「え…」
しっかり動かない頭と目を稼働限界まで動かして見た自分の体には、おびただしい裂傷が走っていた。
最初に目に入ったのは、中から弾けたかのように潰れた腹だ。内臓も肉も服も区別がつかないほどぐちゃぐちゃに混ざって赤黒くなってしまっている。その横にある腕は、黒くなった地面とは正反対の色の骨が見え隠れしていた。そして、腹から下に行くと、ありえない方向に折れ曲がった足が陣のほうに靴をむけているのがわかる。
そのせいで具体的にどうなっているのかはわからなかったが、陣にとってはむしろ良かったかもしれない。なにせ彼の足は、腕と同じく肉がこそげ落ち、骨は露出するどころか肉を破るように飛び出してしまっていたのだから。
「ごぶっ、げぼぉ?!」
その傷口を見た瞬間、今までまったく感じていなかった痛みや吐血、そして傷を見たことによる吐き気が一気に陣に襲いかかってきた。
「あぐっ、がっは!? ごぼっ!」
激痛に叫ぼうとすると血がのどに詰まり、血を吐きだせば吐しゃ物も一緒に出ていき、さらに体を動かした瞬間、また激痛が走る。悲鳴すら上げることができず、呼吸すらもままならない中、だんだんと陣の意識は薄れていく。
「まだですか!」
「……【ホーリー」
その言葉の途中で、陣の意識は途絶えた。