何言っても通じねえな
「てなわけで、ゴブリンをテイムしに行くぞ」
「何がてなわけで、なのか説明してください」
……朝起きて、朝食食べてて、これですよ。
出来ればもう少し時間を考えてほしい。ほら、目の前のエドさんが固まってるじゃないですか。
俺? 俺はもう慣れたよ。いきなりテントの幕を突き破らんばかりの勢いで人が飛び込んできても、普通に状況説明を求められるぐらいには。
だが、飛び込んできたサイラスさんは、なぜか両腕を広げて笑みを浮かべながらやれやれと首を振っている。くそうぜえ。
「それぐらい、わかるだろ?」
「わかりませんよ、サイラスさんがいつも通りだってことぐらいしかわかりませんよ」
ってか、前にもやらなかったかこんなやり取り。
しかし、サイラスさんは俺の言葉など聞こえていないかのように、とても大げさに胸に手を当てる。
「胸に手を当ててよく考えてみろ。本当にわからないか?」
「はい。なぜそこまで自分の行動に恥じらいを持てないのかという事と同じぐらいわかりません」
この場の全員に凝視されながら、しかもその行動に対して一切の突込みがないにもかかわらずそこまで堂々と振る舞える神経は、俺のようなシャイな人間にはあまり理解できない。
「ははは、なんだ随分とほめてくれるな。機嫌がいいのか?」
「すみません。俺、無意識に魔物の言語とか使ってました?」
でなければ、この人の脳内には言語が改ざんされる魔法でもかけられているのかもしれない。耳に入ってくる言葉のすべてが称賛の嵐になるような。
「おい、ジン君? そこまで突っかからなくてもいいと思うが……」
「え? ……あ! すみませんサイラスさん!」
「別に謝らなくてもいいけどな」
やべえ、つい姉と同じような感覚で会話してた。
いや、別にサイラスさんを姉のように思ってるとかじゃないよ? 性格は多少似てるけど。
ただ、気を抜くとタガが緩むというか、普段考えていることが口をついて出てくることがある。前はそんなことなかったのに、この世界に来てからは一日に一回は変なことを言っている……気がする。
考えがまとまらなかったり、何かに集中していてもすぐに別のことに気がそれたり、そんなことが多いような……。
「どうした?」
「あ、いえなんでも」
ああ、また気がそれた。やっぱりレベルが1だからか? 基本能力が落ちてるから、いつもと同じようにできないとか。
でも、それだったら何で短剣が持てたのかもわからないんだよな。そもそも、普通、赤ん坊が一人で歩けたりしないし……。あー、わからん!
もういい、今考えてても仕方ないことだ。とりあえず動けてるんだし、それでよかったと思っておこう。
「そういえば、なんでお前がいるんだ、エド」
「ルイディアさんに、自分は探索組について行くから、代わりに少年の様子を見て来いと言われまして。朝食ついでに話し込んでいたんです」
「いろいろ教えてもらってました」
魔物とか、竜に関することとかね。っていうか、この人たち……少なくとも俺が会話した人たちのほとんどが、聞いたことに対してかなり詳しく答えてくれたな。たまたまなのか、それとも全員がそうなのか。エドさんは騎士じゃないそうだし、ここに来ている人たちがそんな人たちばっかなのかね。
いやー、話聞いてる途中に、俺たちは騎士じゃないぞってあっさり言われたときはビビったね。ローブ着込んでるから他の人と比べて変わってるとは思ってたけど、全く違うところに所属している人たちだったとは。
ちなみに、なんで街の最高戦力である騎士団に、さらに別の組織の人間が加わっているのかを聞いたら『竜が来たから』の一言で済まされた。
竜というのはそれだけ警戒しなければならないものであり、恐ろしい力を持っているらしい。村が焼かれた理由すら、向こうにとって邪魔だったからってだけじゃないかと言われているそうだ。迷惑だな。
「それよりもゴブリンだよゴブリン。ゴブリンのテイムだ」
「ゴブゴブ言ってないでそれに至った理由を教えてください」
じゃないと話が進まないんですよ。
サイラスさんは一度舌打ちして説明を……なんで舌打ち?
「しょうがねえな。じゃあ、詳しく説明して知りたくないことまで知ってしまうのと、納得できないかもしれないが簡潔な説明とどっちがいい」
しかも説明じゃなかった。そして選択肢がろくでもない。
「どうして普通の説明という選択肢がないんでしょう」
「俺にとっての普通はこれだ」
「あ、何言っても通じねえなこれ。簡潔な方でお願いします」
「お前もたいがい一言多いな」
俺に呆れたような目を向けて説明を始めるサイラスさん。あなたは一言っていうか一動作多いでしょうが。
「……なんでそんなに慣れてるんだ?」
エドさんが何故か奇妙なものを見るような目で俺を見てくる。なんで俺? そこは普通、サイラスさんを見るところでしょ。
「なんででしょうね。悲しいことに、馬が合うんじゃないですか」
「悲しいことにじゃないだろ。嬉しいことにだろ」
「そのメンタルはある意味で見習いたいです。どうやったら自信満々に鳥を石と言うことができるんですか?」
「まず自分があらゆる物事の中心だと自覚しろ。話はそれからだ」
くそ、駄目だ。俺が何をやったところでこの人は一切揺るがねえ。
っていうか、ほんとにどんな精神構造してるんだこの人は。
「そもそもこんな話はどうでもいいんですよ」
「お前が乗ってきたのが悪いんだろ。まあ、これ以上長引かせてもあれだし、説明してやるよ」
そもそも、この人が普通に説明してくれてたらこんなことにならなかったと思うんだが……。言ったところで、またややこしいことになるだけか。
出かかった言葉を飲み込んで、サイラスさんの説明に耳を傾ける。
「ルイディアさんと話し合った結果。以上だ」
「……納得はできませんが、安心はできました」
あまりにも簡潔すぎる説明。
だが、その人物の名前が出た時点で、一昨日ほど無茶なことにはならないだろう、と確信できる。おどろきの安心感だ。
関わっている人がわかるだけで、ここまで印象に違いがあるとは思いもしなかった。
「なんか失礼なこと考えてないか?」
「いいえ? 失礼なことなんて一つも考えてませんよ」
ただ事実を考えていただけだ。
そんなことよりも、ゴブリンって言ったら一昨日のあれだよな。確か六体いたやつ。そうか、あれを仲間にするのか。……え、大丈夫なの? 俺もサイラスさんも、思いっきりそいつらの仲間を虐殺してるんだけども。
それとも、同種族であっても大した仲間意識はないんだろうか。でも、人を見ただけで襲い掛かってくるような奴を従えられるのかっていう問題もある。
そのことをサイラスさんに聞いたところ、昨日ルイディアさんと一緒に従えさせる方法を考えてきたから問題ない、とのこと。それなら安心、のはずなんだが、どうしてだろう。嫌な予感がする。そして、悲しいことに、この世界に来てからの俺の嫌な予感は大体的中している。
「その方法って本当に大丈夫なんですか?」
「俺とルイディアさんを信じろ。たぶん大丈夫だ」
そこは絶対って言いきって欲しかった。この世に絶対なんてないって言われたらそれまでだけど。ああでも、それだけゴブリンをテイムするのが難しいのかもしれない。だとしたら何でわざわざゴブリンを選んだのかが気になるところだけど……何かしら理由があるんだろうか。でも、一昨日の蹂躙を見る限りでは、サイラスさんが規格外という可能性を考慮しても、大して強そうには見えなかった。
俺のレベルだとそれぐらいがちょうどいいのかも。
「……なあ、ジン」
「え? ああ、はい」
名前を呼ばれて顔を上げると、サイラスさんが訝しげに俺の顔を覗き込んでいた。
「お前さ、ちょっと考えすぎじゃないか?」
「は?」
考えすぎって……むしろ逆だと思う。考えないといけないことはまだまだいくらでもあるし、考えてもしょうがないとわかったことは後回しにしている。それに、あまり深く考えないようにしていることもある。これのどこが考えすぎなのか。
「そんなことないと思いますよ」
「いや、あるだろ。絶対に」
……何で自分たちで考えた作戦は断言しないのに、人のことは断言できるんだろうか。
「お前たまに口に出してるけどな、聞いてる方がめんどくさくなるぐらいに考えすぎだ」
「え、俺、口に出してたんですか」
マジか。それすら気づいてなかったのか。いくら何でもうっかりじゃありえないな。やっぱりレベルが原因か。でも、思考に違和感があるわけでも……。
そこまで考えたところで、がしりと頭をつかまれて揺さぶられる。
「うおえあ!?」
「だから考えすぎんなって」
「ちょ、わか、わかりま、したか、はな、はなし」
いや、流石にもういいんじゃないですか。いつまでやって……あ、この人楽しんでやがる! 顔がちょっと笑ってんぞ!
「いい加減に、しろ!」
「お」
激しく揺れる視点に酔いそうになりながら、なんとかサイラスさんの腕をつかむ。俺の筋力でこの人に対抗できるはずもないのだが、飽きたのかなんなのか、とりあえず手を放してくれた。
うええ、気持ちわる。だめだ、吐きそうって程でもないが、これは動けない。
「うぐ……何して、くれるんですか。うぷ」
「だらしねえなあ。ちょっと揺さぶっただけだろ?」
もういい。言い返す気力がない。というか、下手にしゃべったら余計に気持ち悪くなりそうだ。
立っているのもつらいので、床に倒れこむように横になる。これがテントの中でよかった。外だったら、最悪やけどぐらいはしそうだ。
「大丈夫か? ジン君」
こちらを心配そうに見ながら、エドさんが背中に手を当ててくれる。あれ、なんでだろう。テントの中は涼しいはずなのに、目から汗が。
「……【治癒】
目頭を押さえていると、エドさんが何かぼそぼそと呟く。すると、背中の手を当てられているあたりから暖かいものが流れ込んでくる感触があり、それが広がっていくにつれて吐き気が収まっていく。
「おいおい、さすがにただ酔っただけで回復魔法は使わなくていいだろ」
「いや、俺も話は聞いてるんですから、そりゃ、心配にもなりますよ」
おお、なるほど。あれが回復魔法か。傷を治すだけでなく酔い止めにも使えるとは、回復魔法すごいな。できれば使えるようになってみたい。
まあ、それはそれとして。
「ありがとうございます、エドさん。けど、話って何ですか?」
「レベル1だったんだろ? 今もそこらの子供より低いそうだしな」
「ああ。……気を遣っていたただいて、ありがとうございます」
「いや、いいよ」
どこぞの強面騎士とは大違いな対応だ。
いやね? サイラスさんもサイラスさんなりに気を遣ってくれてるのは何となくわかるんだけどさ? それ以上にいじられることが多いから、素直に感謝できないんだよね。死にかけることも多いし。
「さて、治ったんならさっそく行くか」
ほら、自分がやったことを一切気にせずにいい笑顔を向けてくるところなんか、特に。
「ああ、そうだ。そのことなんですが、俺もついて行くことになりましたので、よろしくお願いします」
「「え」」
え? ついてくる? エドさんが? マジで?
え、ちょっとまって。この人がついてくるって、このキャンプの戦力とか指示とか大丈夫なの? もしもルイディアさんたちが騎士団に所属しているわけじゃないからそれらのことに関係ないとしても、もう一つ……一つどころでなく聞きたいことは山ほどあるけど……問題がある。
「ちょっと待て、こっちはそんなこと聞いてないぞ。っていうか、そんな重要なことは早くいえよ」
「はい。説明するのを忘れていたらしいです。言おうとはしましたが、会話に入れなかったんですよ」
「なんかすいません。……でも、これ以上人が必要とは思えないんですけど」
そう、ほんの少しだけしか見ていないが、サイラスさんはそこらの魔物では相手にならないぐらい強い。そのことを団長さんが知らないわけがないのだから、限られた人員を割く意味もないだろう。
「これは団長殿が決めたことではなくて、うちの上司が決めたことなんです。団長殿に許可も貰っているそうです」
「ルイディアさんが? ……ああ、何となく事情は分かった」
わかっちゃうんだ。俺の方はわけが分からないです。誰か説明プリーズ。
「要するに心配なんだよ。あの人は、君のことが」
「心配って……サイラスさんがいるのに、ですか?」
「いや、むしろサイラスさんがいるからじゃないか?」
ああ、戦力とかでなく、俺の身が心配ってことですか。
確かに、一昨日のことを思い返すと心配されてもしょうがないな。二人が出て行った後に何があったのかは知らないが、サイラスさんに話を聞いて危ないと思ったんだろうな。
「なるほど。それではよろしくお願いします。エドさん」
「ああ、よろしくな。ジン君」
にっこりと笑うエドさんに頭を下げる。
そんなわけで、頼もしい人が増えました。