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その裏側で

 陣がアンジェリカに朝食を食べさせてもらう少し前、サイラスをテントから引きずり出したルイディアはテントが見えなくなったことを確認し、歩く速度はそのままに、掴んでいたサイラスの腕を開放する。


「……で、あいつは本当に筋肉痛なんですか?」

「ここまで来た時点でわかるでしょ?」


 腕を放されたサイラスが無表情で問い、ルイディアはそれに厳しい顔で応じる。二人は近くのテントに人がいないかを確認して入った。

 

「団長に報告しないんで?」

「レイドは探索組について行ってるよ」

「……普通は率いてるって言うんじゃないですかねぇ」

「うん、ついて行ってるの」

「何で自分で動きたがるんですかね、あの人」

「レイドだからね」


 呆れたようにため息をつくサイラスに、ルイディアはしょうがないとでもいうように苦笑する。立場が変わっても性格の方は変わらない団長のことを思い、二人は笑う。だが、すぐにその笑いは収まって真剣な顔になる。


「さて、彼の話に戻ろうか」

「そうですねー。……あいつの体、どんな状態なんです?」

「ボロボロだったよ。身体は動かないようにしておいたから、どうなってるかは気づかないだろうけどね」

「……ん? 『動けない』んじゃなくて『動かない』んですか?」

「うん。だってほら、HP自然回復があるのに丸一日動けないなんておかしいでしょ? 思いっきり動かしたら痛みもあるけど、基本的には普通に動かしても問題ないよ。あんまり動かれても困るから、ちょっとした暗示をかけてあるの」


 首をかしげて問うサイラスに、あっさりと答えるルイディア。しかも、答えるときには恐ろしいぐらいに純粋な笑顔。

 えげつない、と思いつつも陣の容体がそれほど大変なのだろうと心の中で納得するサイラス。ルイディアの笑顔から目をそらしながらだったのは、言うまでもない。


「まあ、それはともかくとして。痛みがないのにボロボロってのはどういう意味ですか? 痛みがないなら問題ないでしょう」

「んー……なんていうのかな」


 ルイディアは顔に手を当てながら、どう表現するかを懸命に考える。何度か口を開いては閉じを繰り返した後、悩みながらこう言う。


「脆いんだよ、ジン君は」

「結構根性はありましたが」

「いや、そっちの意味じゃなくて、身体がね」


 何かを思い出すように目を閉じているサイラスに手を振って否定する。


「壊れやすいっていうのかな? あの歳の子たちと比べると、とても脆くて折れやすい。例えば、ここに鉄のインゴッドがあるとするでしょ?」

「普通のインゴッドが平均だとすると、中身をくりぬいたのがジンだと?」

「あ、うん。……そこは説明させてよ」


 セリフを取られていじけるルイディア。小声で文句を言うのは、サイラスに直接言ったところでひたすらおちょくられるだけだとわかっているからだろう。

 その証拠に、声を聞き取ったわけでもないサイラスの顔は、何かを期待するかのようにキラキラと輝いていた。

 ルイディアはそれを無視して話を進める。


「それで、そんな状態だから、レベルが上がるまでは戦闘はもちろん、普通の生活でもあまり激しい動きはさせない方がいいよ。まあ、HP自然回復があるから多少は大丈夫だろうけど」

「ああ、あいつのスキルレベル4ですから、戦闘やら乗馬以外は何とかなるんじゃないですかね」

「レベル4? もうそんなに……ってそうか、常にナイフで刺されてるような状態だから上がるのも早いんだね」

「そういえば、昨日そんなこと言われましたね」

「そうだよ。なのに結構無茶したらしいね? 君の頭の中はどうなってるの? 一歩間違えば死んでたかもしれないんだよ?」

「死なないように注意はしてましたよ」


 思い出したように手をたたくサイラスをジト目でにらみ、昨日のことがどれだけ危険だったかを語るルイディア。陣が聞いたら大声で講義をしそうな内容だが、責められているサイラスは平然として答える。


「それに、どれぐらい根性があるのかを試したかったっていうのもあります。文句言うだけのごく潰しや、俺に意見もできない根性なしなら、ほかのやつに任せようと思ってました」

「そんな子じゃないのは一昨日のことで分かってたんじゃない?」

「本当に命の危険があるところに連れ出して全く態度が変わらないやつの方が珍しいでしょう? ちなみに、あいつはその珍しいやつでしたよ」

「そうなの?」


 楽しそうに語るサイラスとは裏腹に、ルイディアは驚いたような声を上げる。

 

「ええ、馬で移動しただけで比喩でもなんでもなく死にかけてたくせに、回復したら拠点にいるのと同じような態度で話しかけてきました。オークを殺した直後も似たようなもんでしたよ。あいつ、身体はともかく精神は恐ろしく強い。それこそ、見習い騎士よりも、よっぽど」

「……それはまた、なかなか異常だね」

「異常って程じゃないでしょう?」


 ルイディアの言葉を大げさだと笑うサイラスだが、陣がいた世界のことを聞いていれば、大げさでもなんでもないと思うだろう。

 ルイディアが陣から聞いた話では、基本的に自分の住んでいる国は戦争のような大きな争いが数十年となく、武器に利用できるものはあっても、武器として持つような人はほとんどいない、と言っていた。それどころか、動物を殺すのすら大した罪に問われることはなくとも、周囲の者たちからは忌避される行為だったと。

 陣自身も、虫や魚ぐらいならともかく、動物となればネズミも殺したことがないらしい。つまり、オークやゴブリンのような大きさの生物を殺すのは昨日が初めてのはずなのだ。それも、場合によっては魚にすら同情するような人がいる国で暮らしてきた人間が、体型が人に近いオークを殺して平然としている。

 これをだれが異常でないといえるだろうか。


「思った以上に化け物だったんですね」


 このことを話した後のサイラスの反応がこれである。


「……もうちょっといい表現なかったの? 人並み外れたとか」

「人外じみた精神力ですね」

「うん、もういいや、それで」


 あきらめてため息をつくルイディア。もしここに陣がいれば、もう少し頑張ってくださいと懇願の視線を向けていたことだろう。


「まあ、そんな精神があったから痛みを感じても耐えてたのかもね」

「大して文句も言わずに淡々とこなしてましたしね。さすがにゴブリン六体にとどめさしていった辺りだとかなり疲れてたんで戻ってきましたが」

「最初からそんなにって……ちょっと飛ばしすぎじゃない?」

「途中までは平気そうでしたけどね」

「へえ、本当に強いんだね」


 感心したように頷くルイディアだが、実際は陣もかなり疲れていた。集中している時にはあまり表情が表に出ないこともあり、特に気づかれなかっただけだ。


「で、何の話してたんでしたっけ?」

「あまり激しく動かさないようにするって話だったね。どれだけ心が強くても、体が壊れたらどうにもならないし。スライムとはいえ魔物も従属させられたんだし、何とかなるよね?」

「まあ、たぶんですけどね。魔物が倒した場合でもレベルは上がりますから。……できれば、俺が鍛えてやりたいんですがね」

「珍しいねえ、君がそこまで言うなんて」


 にやりと笑うサイラスに、苦笑しながらも本当に珍しいものを見る目を向けるルイディア。

 それに対して、根性があるやつは好きですよ、と少しとぼけた風に笑う。だが、その眼には子供の成長を楽しむような感情が宿っていたのを、ルイディアは見逃さなかった。


「まあ、レベルが上がれば普通に戦闘もこなせるようになるだろうし、時間があったら少しぐらい教えてみたらいいんじゃないかな。身を守るすべぐらいは身に着けておいた方がいいだろうし」

「そうしますか。あ、あと一つ聞きたいことが」

「ん、何?」


 歩き出そうとした足を止め、振り返る。


「次に従属させる魔物のことなんですがね、ちょうどいいのっています?」

「……その辺は君たちの方が詳しいんじゃない? 私は君たちについて行くことの方が少ないし」

「俺一人で決めていいんならそうしますが」

「あ、やっぱり助言する。さすがにジン君がかわいそうだ」


 いい笑顔で笑うサイラスにルイディアは頬を引きつらせて即座に助言することを決める。

 サイラスだけに決めさせたらやばいことになると一瞬で判断したが故の即答だ。後にこれを知った陣に大いに感謝されることになることは何となく感じていた、とはルイディアの言である。

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