筋肉痛だね
まず、言わせていただきます。
更新がものすごく遅くなって申し訳ありませんでした!!
それでですが、これからこのぐらいの遅さになるか、あるいは早くなるかが作者にもわかりませんので、タグに不定期更新を追加させていただきます。
本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
ハーイ皆さん。おはようございます、陣でーす。
さて、突然だけど、皆は朝起きたとき体が動かなかったことってあるかな? そう、金縛りっていうやつだね! あれは幽霊の仕業じゃなくて、睡眠障害の一種らしいよ。ストレスがたまっている時に起こりやすいとかなんとか。意識は起きてるけど体は起きてない状態だったっけ?
え? うん、そうそう。俺、金縛りナウ。体が全く動きません!
どうしよう。サイラスさんに見つかったらまたビンタとかされるかもしれない。あれ、しばらく首とほっぺが痛くなるんだよな。
何度も動け動けと念じてみるが、やはり体は動かない。本格的にまずいと思い始めたその時、ごそごそと何かが動く音が聞こえた。
まさか、もうサイラスさんが来たのか、と思ったが、これはテントが開いた音じゃない。テントの中で何かが動いている音だ。そう、たとえて言うなら袋の中に入った猫がはい出そうとしているような……。
あ、そういえばいたな。猫じゃないけど、生物が。昨日麻袋に放り込んだままテントの隅に置いてたんだっけか。
は!? もしかして、あのスライムなら俺の体を揺り動かして起こすこともできる!? よし、そうと決まれば早速実践だ!
心の中で、スライムに対して俺を起こすように頼んでみる。
『スライム、聞こえますかスライム。あなたの力で私を起こすのです、スライ……スライムって名前じゃないよな。えーと、じゃあスラりん? さすがにあれだな。お前はどんな名前がいい?』
そう聞いてみても、こちらにごそごそと向かってきているスライムからは微弱な、感情とも呼べない何かしか伝わってこない。これだと聞いても無駄そうだ。
じゃあ、こっちで勝手に決めてもいいな。うーん、スラりんの上二つをとってリンとか。それなら結構普通だな。でも、ちょっと安直すぎるか。ここにいろいろ付け加えてみて……
「おいジン、起きてるか」
ああ、おはようございます、サイラスさん。
あれ、口が動かない。っていうか体も……ああ、そういえば金縛りだったっけ。それでスライムに起こしてもらおうとしてたんだったあぁぁ!?
そうだ、肝心なこと忘れてた! スラりん、早く俺を起こしてくれ! このままだと、あ、サイラスさん、ちょっと待ってください。頭は起きてるんです。だから笑顔でこぶしをにぎ……え? なんで中指だけ折って、
「っ―――――! つっっ!? っっ――!! @#?E<+ODK(解読不可)」
「おお、起きたな」
「:#%&@+。m!!??」
「いや、さすがに痛がりすぎだろ。っておい? ジン? おい、何でお前白目向いて……ルイディアさん、来てください!」
(しばらくお待ちください)
「筋肉痛だね」
「だってよ」
私は痛みの先が見えました。まるで扉を開いた瞬間にさわやかな風が吹いたかのようでした。突然、私の目の前に光が広がったのです。
「たぶん腕を動かしただけでもかなりの激痛があるだろうね。それが目を覚ました時に体全部を動かしたもんだから――ジン君、聞いてる?」
そう、あそこは決して地獄などではありませんでした。むしろそこに至れるものはまさしく至高の楽園を見ることとなるでしょう。なぜなら、あの場所は――
「ジン君!」
「っおう!?」
耳元でいきなりパンッと鋭い音が鳴った。それとともに、ふわふわと宙に浮いていたような感覚がなくなり、正常な思考が戻ってきた。どうやら、俺はヤバい次元へ渡ろうとしていたらしい。
ルイディアさん、ありがとうございます。
「えーと、それでなんでしたっけ」
「だから、筋肉痛なんだよ君の体は。随分とひどいみたいだけど、昨日どんな無茶したの?」
「そうですね。死にかけたのが一回、吐いたのが二回です」
「……とりあえず大変だったのはわかったよ」
ルイディアさんが憐みの目を向けてくる。ええ、本当に大変でした。文句を言える立場じゃないけど、あれはさすがに厳しかったと思うの。いろいろと。
思い出しただけでもえずきそうだ。それでも昨日ほどショックを受けていない自分は、なかなかに図太いと感じる今日この頃。
「これだと、今日はレベル上げもテイムも無理だな」
「そもそも動くことができないからね。今日は丸一日安静にしておいた方がいいよ」
「ご迷惑をおかけしてすみません。あ、テイムといえば、あのスライムはどこに?」
たしかスライムは俺の近くに来ていたはずだ。その後すぐにサイラスさんが来たから、そのまま同じ場所にいるんだろうか。首が動かせないから確認もできない。
「この子のこと?」
そう言って、ルイディアさんはどこから取り出したのか、麻袋を開けてスライムを見せてくれた。何でまだ中にいるんだ。
「はい、こいつです」
「私が来た時に麻袋が君の近くでうごめいてたから、何事かと思ったよ」
だから何で出てこないんだよ。別に袋は縛ったりしてなかっただろ。そんなに居心地いいのか?
「とりあえず、今日はこいつができることの把握とか、あと名前でも考えときます。本当にすみません。せっかく手伝ってもらってるのに」
「おう、早く治せよ」
「サイラス? 彼がこうなったのには君にも原因があるからね?」
うむ、と偉そうにうなずくサイラスさんの腕を、ルイディアさんが笑顔で掴む。なぜだろう。一瞬、ルイディアさんに般若がダブって見えたような気がした。
「いや、さすがにあの程度で動けなくなるような筋肉痛になるとは思わんでしょう」
「あはは、君の『あの程度』がどの程度かは知らないけど、そこも含めてちょっとお話ししようか」
「いやいやいや、本当に無茶なことはしてないっすよ。なあ!」
サイラスさんが焦ったようにこちらに同意を求めてくる。それに対して、俺は昨日のことを一つ一つ思い出していき、口を開く。
「存分にお話ししてきて下さい」
「うん、あとでだれか来させるから安静にしててね。それじゃ行こうかサイラス」
「おいいぃぃ!?」
テントの外に引きずられていくサイラスさんを笑顔で見送って、今度はスライムのほうに視線を向ける。ついでに目に入った麻袋の中には汚れが一つも見当たらなかった。これ、全部こいつが食べたのか。だとすると、スライムを使った掃除屋も開業できそうだ。
まあ、問題も多そうだけどな。同業者がいるかどうかとか、一般人の魔物への抵抗とか、あとスライムがごみと他の物の区別がつくかどうかも怪しいな。うん、めんどくさい。これは保険ぐらいに考えておいた方がいいか。
それよりも、こいつが何をできるのかのほうが重要だ。従属させた魔物だったらステータスは見れるのかねっと。ステータス。
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名前:リン
Lv1
HP:82/82
MP:15/15
筋力:25
体力:28
敏捷:10
知力:5
魔力:3
スキル
なし
ギフト
吸収Lv1
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おお、見れた見れた。イメージでどうとでもなるってかなり楽だな。
そして魔力系のステータス以外は俺より高い。あれ、スライムって弱い魔物じゃないの? それとも俺が弱すぎるだけ? あ、そういえば子供の平均でHPは120程度って言われたな。
つまりこのスライムは。
「結局雑魚か」
いや、でもレベル1でこれなら、むしろ俺より将来性はあるか。スライムより弱いのはさすがにどうなのかと思わなくもないが、今はプライドより生きることに主眼を置こう。じゃないと泣いちゃう。
それにしても、レベルと年齢が比例するのは魔物も同じなのかね。もしそうならこいつは生まれたばかりということになる。っていうか、スライムってどんな風に生まれてくるんだ。分裂? 分裂なのか? それとも別の生物の腹に産み付けられたリ……うえ、嫌なもん想像した。なんで俺はこう地雷を踏みまくるんだ。
余計なことは考えるな。とりあえずは能力値とできることの確認だ。
えーと、能力値はわかったから次はギフトだな。【吸収】か。……わかりやすいけどわかりづらいな。何を、どうやって、どこまで吸収できるのかを検証していかないといけなさそうだ。
麻袋が綺麗になってたのはこのギフトを使ったからだろうか、それともあれがスライムの普通の食事風景なのか。麻袋自体が溶けてないのは、麻袋を溶かすことができなかったか、溶かしていいものと悪いものを区別したかどちらかだろう。たぶん前者だとは思うけど。
知力5のスライムが、溶かす対象を区別したとは思えないんだよな。まあ、その辺も後で試そう。
で、【吸収】ねえ。【吸収】かあ。そもそも吸収することにどんな意味があるのやら。人間で考えるなら、栄養の吸収が早くなる、とかか。あとはHPやMPを吸収して自分のものにするとか。ああ、少し理屈っぽくいくと、知識を吸収するのが早くなるっていうのもあるか。
それだったらかなり役に立つだろうな。教えられたらすぐに覚える、疑似天才の完成だ。
『お前はもしかしたら可能性の塊かもな』
麻袋の中で、スライムが少し揺れた気がした。
「んー、考えれることは考えたか? ……大丈夫かな。思いついたらまた考えよう」
さて、それはそれとして。
腹減った……。
今気づいたけど、朝からなんも食べてないんだよな、俺。いや、朝っていうか昨日の夕方からか。昨日はテントに帰ってきてすぐに寝たし。
ああ、だめだ。自覚するとさらに空腹が増してきた。誰かー、何か食わせてくれー。この際雑草スープでもいいからー。
心の中で必死に念じていると、こちらの世界の神様が哀れに思ってくれたのか、テントに誰かが入ってきた。よっしゃ! 信ずるものは救われるとはこのことか!
「ジンさん、安静にしていますか」
「安静にするしかない状態です。それよりも、すみませんが朝食をいただけませんか。昨日の夕方から何も食べてないんです」
首が動かないので目を思いっきり横にやってアンさんの顔を見ながら、そう懇願する。
「そんなにへりくだらなくても……持ってきていますよ」
「おお、ありがとうございまああぁぁ!?」
「ど、どうしたんですか」
ぐあああああ! 手が、手がああああ!
くそっ……喜びのあまり手が勝手に……。っていうか、あれ? 俺、どうやって食べればいいんだ? 食いたくても食えないとか拷問かよ。どうする、いくら何でも食べさせてもらうわけにはいかないし……。
「ジンさん?」
「あ、すみません」
叫んでから急に黙り込んだからか、アンさんが訝しげにこちらを見ていた。それに気づいて謝罪する。しかし、本当にどうしよう。といっても、我慢して食べるぐらいしか方法はないよな。あの痛みが断続的に襲い掛かってくるのは勘弁してほしいが……しょうがないな。
俺がため息をつきながら、いまだになれない黒パンを取ろうと手を動かそうとした瞬間、
「どうぞ」
「……え?」
黒パンを顔に突き付けられ、俺は固まった。
俺はまだ黒パンに手を付けていない。つまり、これを持っているのはアンさんしかいないわけで。
「えーと、これは」
「体が動かせないのでしょう。ルイディアさんから聞きました。だから食べさせようと」
ああ、そういえばルイディアさんがだれか来させるって言ってたな。それでアンさんが来てくれたと。ってそうじゃない!
「いえ、大丈夫ですよ。さすがにそれは悪いですし」
「ルイディアさんは、腕を動かしただけで悲鳴を上げる人の言葉を聞く必要はないとも言っていました」
ルイディアさーーーん!? なんてこと言ってくれてるんですかねえ!? くそっ、退路を断って突貫させるのを勇気というのかあの人は! いや、ボケてる場合じゃない。
何とかアンさんを説得「早く食べてください」させてもらうことすらできない!?
「食べますから口に突っ込むはやめてください……」
「では、どうぞ」
その後、顔から火が出そうな思いをしながら、朝食は食べ終わった。
でも、いろいろ失ったものも多かった気がする……。