それは嫌だ
「そろそろ見えてくるぞ」
「うっ、はい」
前に乗っているサイラスさんから声をかけられる。そして、それに普通に、とはいかないまでも返事を返せる自分にびっくりすがっ!
そう、来た時は悲鳴すら上げられずに死にかけていたというのに、今ではそこそこ余裕ができているのだいっ!。それでも腕がつらかったりするのに変わりはないが大きな進歩といえるだろうっつ!。これがレベルアップの効果か。あ、そういえばゴブリンを殺した後にステータス見てなかったなぐっ!
さっきから馬の脚が地面から離れるたびに衝撃が襲ってくるっう! もうちょっと優しくして!?
っていうか、見えてくるところまで来てるんならもう徒歩でよくないですか? だめですかそうですだっ!
……もう嫌だ。
「よし、着いた」
「……」
疲れた。本当に疲れた。もう動きたくない。
朝から馬に乗って死にかけて、オークとゴブリンを殺して吐きまくって、帰りにも馬に乗って。
なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ。俺が一体何をしたっていうの!? 誕生日も祝ってもらってないのに! サプライズプレゼントは異世界転移ってかやかましいわコラァ! 俺頑張ったじゃんか、もういいだろ!? 向こうの世界に戻してくれよ! ああああああああああああああああああああああああ!
「……と、愚痴るのはこの辺にしとくか」
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでも」
心の中でも、叫んだらすっきりするもんだ。またストレスたまった時にやるかな。え? ああうん。本気じゃないよ? とりあえず叫びたかっただけ。
だってねえ、確かにこの世界は厳しいさ。
ステータスは低い。殺すのも慣れない。精神が持つかどうかもわからない。
けど、自分で選んだことだ。これは自分がやろうと思ったことで、必要だと感じたことだ。その時点で折れることなどあり得ない。
黒波家の人間は、恩を返すまでは決してつぶれんのだよ! 物理的にも精神的にも。
まあ、うちの家訓はともかくとして、帰ることになった原因が何なのかそろそろ聞きたいんだけどな。
「ああ、お帰りなさい。サイラスさん。ジン君」
「おう。こいつの世話頼むな」
「はい。お疲れ様でした」
サイラスさんから馬の手綱を受け取って笑う青年。なんか普通に名前呼ばれたけど、俺、この人に名前教えたっけ。
そのことを聞いてみると、なんでも団長さんたちが彼を含めた何人かに、困っていることがあれば気にかけてやってくれ、とそんなことを言ってくれていたようだ。
現実は厳しいけど、人は優しいな。本当に、俺を見つけてくれたのがこの人たちでよかった。
「そういえば、あなたの名前は?」
「ああ、言ってなかったね。僕はグリム。よろしく」
「改めまして、ジン クロナミです。よろしくお願いします」
グリムさんは柔和な笑みを浮かべて手を差し出してきた。俺もそれに応えて自己紹介をする。笑顔も雰囲気も、見るからにいい人そうだな。こちらもつられて笑顔になってしまう。
「グリムさんはお若いように見えるのに騎士なんですね」
「いやあ、まだまだ見習いみたいなものだよ。捜索にも参加できていないしね」
こんな会話ができることがうれしいと感じるのは何でだろう。
向こうにいたときは、特に何も考えずに挨拶をしていた。明日が訪れるのが当然だったからだろうか。命の危険なんてなくて、大きな事故が自分に起こることもないと思ってた。だからなのか。
……いや違うな。単に精神的に疲れてるだけだわ、これ。無意識に中二げふんげふんセンチなことを考えるのは疲れてる証拠だ。
「それじゃあ、僕はこれで。何か用があったら気軽に声かけてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
手を振ってくれるグリムさんに頭を下げて見送る。あの人ちょっとルイディアさんに似てるな。雰囲気とかが。
「ジン、行くぞ」
「はい。ところで、そろそろ急に帰ろうとした理由を教えてください」
今まで見守ってくれていたのだろう。後ろから声をかけてきたサイラスさんに、いきなり質問をぶつけてみる。何かしら反応が見れればと思ったのだが、サイラスさんは、ああ、と少し面倒そうな顔をしただけで、何を考えているのかはよくわからなかった。
気遣われてるのはわかる。朝に起きた時から、今までずっと。それこそ厳しい言葉をかけられている時でさえ。でも、行動が一致しない。別に甘えているわけじゃない。厳しくされるのは当然だ。俺の命にかかわることだから。
だけど、やっぱりわからない。馬に乗っている時も、オークを殺した時も、魔物たちを待っている時も。その時その時のことはよく覚えている。それでも、深く考えている暇はなかった気がする。途中からは、自分で考えることを放棄していたようにも思える。
何でだ?
それほど疲れていたからだ。
馬に乗って死にかけて、オークを殺して吐きまくった。
その他にもいろいろと、いくらでも、そんなことがあった。
今だから考えられる? 違う。今は考えさせられてる。
誰に? 俺と朝から一緒にいた人なんて一人だけだ。
じゃあ、何で? それを今から聞く。
「帰ってきたのは、お前が疲れてると思ったからだな。これは本当にそれだけだ。あれ以上続けてても、まともな動きができたかは怪しかった」
「そうですね。自分でもそう思います」
帰ってきたことに対しては疑問に思わない。無理はさせられないというのは本心だろう。なんだかんだでこの人は優しいから。
それ以外は?
「スライムを従属させたときに行ったことは何なんですか?」
「……お前さ、あの時なんて言った?」
サイラスさんは振り返る。
質問を質問で云々は、まあこの際置いておこう。正直どうでもいい。
「『スライム、俺に従え』でしたかね。確か」
「そうか。俺には『……、……』って風に聞こえたな」
「……すいません。もう一回言ってください」
「『……、……』」
うん、何言ってんのかわからん。
え? ふざけられてる? さすがに無いか。この状況でもふざけるときはふざけるだろうけど、今回は顔がマジだ。マジでもふざけるときはあるけど。ほら、雰囲気的に、ね?
「まあ、こんな感じだったってだけで、ちゃんと言葉にできるわけじゃない。聞いたときは意味なんざわからなかったしな」
「つまり、俺がわけのわからない言葉でスライムと話していたと」
それだけなら大した問題はなさそうに思えるんですが? そりゃあスライムと話すような奴はおかしいだろうけど、異世界人ってだけで大概おかしいんですから。
「スライムだけならよかったんだがな。もしかしたら、お前はあらゆる魔物と話ができる可能性がある。言語という概念が存在するかもわからない不定形生物と話ができたわけだからな」
「魔物使いとしては破格の能力ですね」
「そうだな。最悪、魔王として認定されて、国から追われるかもしれないぐらいに破格の能力だ」
それは嫌だな。追われるのも殺されるのも嫌だし、魔王を拾ったとしてこの人たちに迷惑をかけるかもしれないのも嫌だ。自分が何をやったわけでもないのに濡れ衣を着せられるのも嫌だ。
嫌なこと尽くしだ。本当に最悪だな。
「冷静だな」
「何かもうめんどくさくて」
「真面目に受け止めろ」
「向き合うタイミングぐらい決めさせてください」
「無理だな。お前の命にかかわる以上、それは認められない。助けられる奴を目の前で見殺しにできるか?」
……真面目な顔でかっこいいこと言うなあ、この人。ずっとその顔だったらかなりモテるんじゃないですかね。だって、さっき俺ときめいたよ? 俺が女だったら惚れてたね。断言できる。
「……それほど、なんですか」
「そうだ」
「それでも力を貸してくれるんですか? ここまで来たら、もう俺を助ける意味がないでしょう」
騎士団の仕事に俺みたいなやつの保護があったとしても、それは一定の範囲が決められているはずだ。たとえ明確でなくても、魔王なんて呼ばれる可能性のあるやつを保護する意味がない。それは何の利益にもならないし、街を危険にさらすことにもつながる。
騎士の仕事は、まず街やそこに住む人々を守ることだろう。異世界人の保護なんて、そのついででいいはずだ。
「あー、言っといてなんだが、魔王として認定されるってのは本当に最悪の場合だ。例えば、魔物と会話のできるお前を森に置き去りにして、運悪く生き残り、人を恨んだお前が魔物を街にけしかける、とかな」
「殺せばいいでしょう。今の俺なら斬られるどころか、全力で殴られただけでも死にますよ」
「残念ながら、騎士の仕事に子供を殺すことは含まれてないんだよ」
いちいちセリフがかっこいいが、それはいくらなんでも甘いだろう。可能性がある限りは切り捨てるべきなはずだ。
「納得できてないようだから、お前にもわかるようにこっちの利益を話してやろう」
「利益?」
「そうだ。魔王になれるかもしれないやつが人間の味方になるんならそれに越したことはないだろ? 殺すより恩を売って味方にしておいた方がいい」
……え、それだけ? もっと他にないんですか。
明らかにこじつけの理由。それで納得する人の方が少ないだろう。お人よしにもほどがある。あなたはいったいどこの主人公ですか?
「わかったか?」
「わかりませんよ。あなたが俺を殺す気がないことしかわかりません」
「それだけ……くっ……わかってれば十分だ」
こっぱずかしいなこの会話! 目の前の人も肩震わせてるし! っていうかそこで笑っちゃったら台無しじゃないですか。せっかくかっこよく決まってたのに。
「サイラスさん、もう少し理由を並べてくださいよ。説得力なさすぎです」
「即興で思いつく理由なんてこんなもんだろ」
俺もサイラスさんも、もう隠すこともなく笑う。まあ、最初から分かってただろうしね。俺がそれほど気にしてないってことは。
そりゃあ、自分が魔王になるかもしれないとか言われたら慌てるよ。けど、それで俺を殺したりするつもりなら、さっき言ったようにあの時点で置き去りにされるか首をポロリされるかで終わってた。それをしなかっただけで、さっきまでの展開は茶番以外の何でもないことは明らかだ。
「ちなみに、話ができることをばらさないようにするのはどうすればいいんですか?」
「人前で魔物と話をしないことぐらいだな。従属させたんなら精神の一部がつながってるから、命令のやり取りぐらいはできるだろ」
俺が魔物の言語で話したことを自覚できていたら、もう少し方法はあったのか。
まあ、いいか。方法は後でも考えられるだろう。思いつかなかったら、なるべく優先的に相談するようにしよう。
「それで、これからどうするんですか? 団長さんのところに報告とか?」
「ちょっと待て。もう一個だけ」
まだあるんだ。正直もうお腹いっぱいなんですけど。精神的にもいっぱいいっぱいなんですけど。あ、これちょっとうまくない?
「いったいこれ以上何があるんですか」
「それを言う前に、お前のステータスって今どんなもんだ」
「あ、そういえばまだ見てませんでした。えーとステータス」
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名前:黒波 陣
職業:なし
年齢:15
Lv4
HP:40/65(+10)
MP:65/65(+20)
筋力:26(+6)
体力:27(+6)
敏捷:19(+4)
知力:37(+8)
魔力:38(+10)
スキル
HP自然回復Lv4
痛覚耐性Lv4(+1)
ギフト
従属Lv1
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おおう、相変わらず魔力系の伸びがすごいな。魔力とHPの上昇幅が同じって。痛覚耐性が上がってるのは何でだ? 今まで大した痛みは感じてなかったはずなんだが。
あの時は思考放棄してたけど、HPが常に減っている状態なのも気になる。これはつまり、俺はずっとダメージを受けてるってことだよな。HP自然回復があるのに全快しないってことはそういうことだろうし。
「どうだ?」
「あー……俺と痛覚耐性のLvが4に上がってますね。ステータスも結構伸びてます」
「……なるほど」
「それで、これがどうかしたんですか?」
っていうか、ステータスって知らせていいのかね。Lvがおかしいから緊急的な処置として? それともすぐに上がるだろうから問題ないってことか?
たぶんどっちもだろうな。
「悪い。今は言っていいかどうかの判断がつかん。明日までに言うかどうか決めとくから、今日はもうテントに戻っとけ」
「ここまで来てお預けとか、マジですか」
サイラスさんが話すのを躊躇うような話か。もうこれ以上面倒ごとは勘弁なんだが。
「じゃあな。お疲れさん」
「はい、今日はありがとうございました。また明日」
去っていくサイラスさんに頭を下げて見送り、俺はテントに戻った。