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従え

 はい、どうも。現在、私の目の先には森があります!

 ここからではよくわかりませんが、森の中からはなかなか色々な生き物の声が聞こえますねー。まさしく大自然! わたくし震えが止まりません。

 さーて、そんな森の目の前で、私は一体何をしていると思いますかー?

 ランチ? いえいえ。

キャンプ? ノンノン。

 正解は―――!


「おい、もう少しだけ広く撒いとけ」

「あ、はい」


 オークの血と肉と臓物をぶちまけてます。

 いやね、ほんと何してるんだろうね。俺。そりゃあ震えも止まらねえよ。だって、いつ、どこから魔物が飛びだしてきてもおかしくないんだぜ? これで堂々としていられるのは、それをものともしない人かただのバカだよ。

 しかも、これやってる途中で気付いたけど、魔物が近くにいたらすぐに来るってことだよな。夜中に墓地で百物語やるより怖い。……いや、あれの方が怖かったか? あの時の姉の語りは絶妙に恐ろしかった。


「こんなもんでいいか」


 あほなことを考えている間に撒きおえたようだ。臭いだけでも吐きそうになる血臭があたりに漂っている。


「とりあえずさっさと離れません? 奇襲とか受けたら驚いて死ぬ可能性があります」

「お前の場合冗談と思えないんだよなあ」


 そこは否定してほしかった。


「じゃあ、あの辺で待っとくか」


 そう言ってサイラスさんが指さすのは、森の近くにある大き目の岩だ。

 大き目といっても、寝そべっていなければ頭が見えてしまいそうなほど低いものだが。


「さっさと行きましょう」

「おいおい、走ると転ぶぞ」


 そんなお父さんが小さい子供にかけるようなセリフをのんきに言ってる場合ですか。いや、そっちにとっては全然問題ないんだろうけど、俺にとっては死活問題なんですよって何回言ったと思ってるんだ。

 なんだかんだとやりあいつつも、岩の陰に隠れるように身を伏せて魔物たちが来るのを待った。


 といっても、待ったというほどの時間は経っていない。俺たちが岩に身を隠してすぐに魔物たちが来たからだ。

 おい、もしもあれがもうちょっと早く来てたら、この作戦完璧に無駄になってたぞ。それとも、来るタイミングがわかってたのか。隣で草結びをしている人ならそれぐらいはできそうだ。……いや、なんで草結びしてんの?


「あの、魔物が来てるんですけど」

「ちょっと待て。これ、千切らないように結ぶの結構大変なんだ」


 知らねーよ。今それどうでもいいだろ。

 え、なに? 飽きちゃったの? いくらなんでもそりゃないだろサイラスさんよ。

 しかし、隣の騎士は全く動きそうにない。草結びに熱中している。殴り飛ばしていいかな? 

いや、やめとこう。俺のこぶしのほうが砕けそうだ。……しょうがない。この手は使いたくなかったが。


「よっと」

「あ」


 ぶちっ、と。

 なかなか気持ちのいい感触とともに、もう少しで結ばれようとしていた草を根元から引っこ抜いた。

 サイラスさんは茫然としたような顔でそれを見つめ、俺はその顔を見てこの上ないほどの満足感と達成感に包まれた。

 ああ、やってよかった。

 そんな思いが心の中を満たす。


「さ、行きましょうか」

「お、ま……何してくれてんだお前……」

「現実に引き戻して差し上げました」


 俺をありえないものを見るかのような目で見上げてくるサイラスさんに対し、笑顔で答える。俺は何一つとして間違ったことをやっていない。むしろ、これを見ている人がいたらよくやったと褒めてくれることだろう。

 ほら、さっさと行きましょうよ。

 目線で促すと、ようやくのろのろと体を動かし始める。やる気なさすぎだろ。

しかし、さすがに魔物に近づいていくときにはふぬけた表情はなくなっていた。切り替えは一応できるらしい。


 その後はオークの時と同じようにゴブリン(らしい。教えてもらった)を殺さないように圧倒する。数が多くなっても関係ないらしく、適度に行動の自由を奪って無力化していった。細かい描写など必要ないぐらいの、ってかよく見えん。適当に剣を振り回しているんじゃないかと思うが、ゴブリンたちは全員倒れていっている。たぶん的確に急所を狙っているんだろう。

 それから数十秒ほどで、立っている魔物はいなくなった。サイラスさんがこちらに手を振っている。もう行っても大丈夫ということだろう。

 なるべく気を付けながら、急いで走っていく。近くまで来てようやくわかったが、ゴブリンたちは六体もいたようだ。


「それじゃとどめさして行けよ」

「ういっす」


 なんか雑になってない? 俺が言えた義理じゃないけどさ。

 ただ、今回は痛みからか意図的にやってくれたのか、気絶しているものも多くいる。感触が軽減されることはないが、あの『生きることへの執着』を実感させられる目を向けられないだけでかなりましだ。

 簡単に言うと生々しいってことね? あたりまえだけど、見てるのと実際にやるのとでは全然違うんだよ。このゴブリンで三回目だけど、全く慣れそうにない。


「なるべく早くやれよー」

「んな無茶な」


 ちょっと厳しすぎませんか。俺、向こうだとせいぜい蛇ぐらいしか殺したことなかったんですけど。それともあれか、慣れてきていると思われてるとか? だとしたら今すぐその勘違いを否定して差し上げたい。

 うつ伏せのゴブリンの首にナイフを突き入れながら、全く関係のないことを考える。そうでもしないとこの数は無理だ。途中で確実に心が折れる。命から目をそらすな、だの殺すなら覚悟を持て、だのといったセリフを今言われたらキレそうだ。


 少なくとも俺は目をそらさなきゃ殺せない。今のところは。むしろ、目をそらすほど辛いことだとわかっているのに無理矢理見させる方がひどいと思う。

 だらだらと考え事をしながらもゴブリンを殺す手は休めない。しかし、そろそろきつくなってきたな。体力的にも精神的にも。

 一度手を止めて、空を見上げる。腰が痛い。


「大丈夫か?」

「ああ、はい。ちょっと休憩してただけです」


 少しの間、ぼーっとしているとサイラスさんが肩をたたいてくる。全然気づかなかった。いかんな、手伝ってもらっている身であまり時間をかけてはいけないだろう。


「すいません。すぐに続きやります」

「……これが終わったら今日は帰るぞ」

「え、でも」

「ほれ、あと二体だ」


 そう言って、サイラスさんはもう一度俺の肩を軽くたたき、森の近くに歩いて行った。なんか急に優しくなったな……そんなにひどい顔してたのかね。

 できればもう少し付き合ってもらいたかったが。まあ、初日から根を詰めすぎるなということかもしれない。今はお言葉に甘えておこう。本音を言えば、さすがにしんどいしな。

 っと、こいつで終わりか。えーと、ひー、ふー、みー……うん、終わりだな。六体のゴブリンはすべて首からおびただしい量の血を流している。これで生きてるってことはないだろう。


「サイラスさん。終わりました」

「ジン。ちょっとこっちこい」

「え? はい」


 なんだろう。なんかサイラスさんが思案気に地面を見下ろしている。

 いや、地面じゃないな。透明だから見分けがつかなかったが、何か(・・)がいる。理科の実験で見たスライム状の……あ、今、俺答え言った?


「スライムですか?」

「その通り」


 最初に殺すのがこいつだったら楽だったんじゃなかろうか。血も出ないだろうし、体の構造も人からはかけ離れている。これならトラウマも刺激されなかっただろう。

 ぴくぴく動いているのは少し気持ち悪いが、その程度だ。ナマコとスライムのどっちかを素手でつかめと言われたら、俺は間違いなくこのスライムを選ぶ。


「てか、これ死にかけてません?」

「ああ、さっき近づいてきたから斬った」


 こんなジェル状の物体まで切れるのか。斬ったところで意味なさそうなんだけど。

 まあ、そこはサイラスさんだから、で納得しておこう。


「次はこいつを殺すんですか?」

「いや、そろそろ【従属】を使おう。こいつを従属させてみろ」

「……それはいいですが、俺、スキルの使い方とか一切知りませんよ」

「……そういやそうか」


 そう、普通なら何かしら訓練をして身につくスキルであるが、俺の場合はこの世界に来た時から持っていたのだ。使い方など一切知らない。ほかのスキルもパッシブしかないし。


「適当に『従え』とか命令してみたらどうだ?」


 本当に適当だな。専門ではないだろうから仕方ないのかもしれないけど、もう少し詳しいアドバイスとかないんですか。スキル全般に共通する発動の仕方とか。

 とりあえずそれでやってみるけどさ。声に出した方がいいかな?

 死にかけのスライムの横にしゃがんで、スキルを発動するのを何となくでイメージしながら、スライムに声をかける。意味はないかもしれないが、やらないよりはましだろう。


『スライム、俺に従え』


 そういった瞬間、頭の中に声、というか、感情のようなものが流れ込んできた。弱弱しく、何となくでしかわからないが……従うのを了承する感じ、か?

 それと同時に、目の前のスライムと何かがつながった。いや、物理的にじゃなくて精神的なサムシングが。これが従属させたってことなのか?


「サイラスさん、何となくできたっぽいです。……サイラスさん?」


 返事がないので後ろを振り返ってみると、サイラスさんは変な顔をしてこちらを見ていた。え、何?


「お前、本当になんなんだ?」

「俺、何か変なことしたんですか」

「自覚なしか。面倒くせえな……とりあえず離れるぞ。帰ってから話す」

「ういっす」


 もう多少唐突な程度じゃ驚かなくなったな、俺。喜べばいいのか悲しめばいいのかはわからんけど。

 あ、スライムもっていかないと。……持っていけるのか? これ。


「すいません、このスライムどうやって持っていきましょう。死にかけなんですけど」

「なんか食わせてからこの中入れとけ」


 そう言って、サイラスさんはばらオークを入れていた麻袋のようなものを投げてきた。扱いが適当すぎる。かわいそうだなこのスライム。まあ、それはそれとして、何か食わせないとな。なんでも食うのかね?

 試しに、麻袋の中に少しだけ残っていた肉片を、吐き気をこらえながらスライムの体の上に置いてみる。ほーらご飯だぞー。

 お? おお。体の中に沈んで行ってるな。


 少しの間それを眺めていると、完全に体の中に沈んだ肉片が少しづつ溶かされていく。なるほど、スライムの食事ってこんな感じなのか。でも、これ生物にやったらやばいことになるよな。主に俺の精神的に。ゆっくりと溶かされていくゴブリンたちを想像して吐きそうになった。

 俺が想像で気分を悪くしている間に、スライムは肉片をすべて溶かしきっていた。体も治ってきているようだ。床にぶちまけた水みたいだったのが、円形の姿をとっている。動けるようになったのなら、こいつごと麻袋の中に入れれば中にあるものも食えるし、こいつも運べるし、ついでに麻袋もきれいになる。一石三鳥だな。


『この中入れるか?』


 早速スライムに聞いてみると、ゆっくりと草の上を這ってきた。本当に、ゆっくりと。

 遅すぎるな。これが怪我をしているからなのか、それともこれが普通なのか……。前者だと信じたい。とりあえずさっさと中に放り込んで、サイラスさんと一緒に森の近くから離れる。

 途中で森の方を振り返ると、魔物たちがこちらに向かってくるのが見えた。

 俺たち(主に俺)は急いで馬に乗り、キャンプに帰ったのだった。

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