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一生忘れない

「……死んだか?」

「……ふっ……ふっ」


 生きてるわ! 途中で腕が下にずれた時は死ぬかと思ったけど、生きてるわ!

 俺、頑張った。超頑張った。多分、今までの人生で一番頑張った。人間って、根性で限界以上の力を引き出せるもんなんだなってことを実感できるぐらいには頑張った!

 それでも、【痛覚耐性】と【HP自然回復】がなかったら、どうなっていたかはわからないが。

 いや、まあ、俺も今気づいたんだけど、痛覚耐性って痛みを感じなくなるわけじゃなくて、痛みに耐えられるようになるって感じらしい。

 

 確たる証拠があるわけではないが、人間、手のように敏感な部分なら、それこそちょっとした切り傷がついただけでもその痛みが気になってしまうものだ。それによって、他の事に集中できないなんてことは実によくある。

 だというのに、俺はしがみつくために最も集中していた腕の痛みは、そこまで気にならなかった。しっかり痛みは感じていたのに。

 

 つまり、これは痛みによる集中力やその他への阻害が起こらないように、痛みへの危機感はそのままに、それに耐えることのできる精神力を付加する類いのものなのでは、と予測をつけたわけだ。

 まあ、といってもケガをしたら確実に動きは鈍るから、擦り傷が気にならなくなる程度でしかないのかもしれないが。痛みを感じなくなるわけではないのは、いつの間にか怪我をして、そこから伝染病になってました、なんてことにならないようにってとこだろうか。まあ、あくまで予測だが。

 あ、【HP自然回復】はスキル名通りにお世話になりました。まさか馬に乗るだけでもHPが減るとは……。いや、まあ、この人のせいなんだけど。


「はぁ、はぁ。で、どうなんですか?」

「お、生き返ったか。どうって、何がだ」


 それぐらい察してください。こっちは本気で疲れてるんで。

 無茶ぶり? 知ったことか。俺をこんな風にした責任を取ってちょうだい! この鬼畜!


「【痛覚耐性】は、痛みに耐えることが、できるって、感じの、解釈で、オーケーなわけですか?」

「ああ、そうだけど。お前、あの程度でそこまでの痛み感じるのか」

「あーそうですよ」


 あんたにとってあの程度でも、俺にとってはおっそろしいぐらいハードな道のりでしたよ。ちくしょう。

 そもそも、俺のレベルは1なのだから、割れ物を扱うぐらいの気持ちで運んでほしい。贅沢なことを言っているのはわかっているが、移動のたびに死に掛けていたら体が無事でも心がもたない。


「ふーむ。そんじゃ、もう少し休憩してからの方がいいか? もう、魔物たちがあそこまで来てるんだが」

「は?」


 え、ちょっと待て。今、なんて言った。魔物たち?

 サイラスさんが指を向けた方向を見ると、そこには、茶色っぽい肌に、腰みのをしていて、手に武器のようなものを持っている二足歩行の生物が、こちらに向かって走ってきているのが見えた。

 わー、平原だから茶色だとよく見えるわあ。


「なんですか、あれ」

「オークの斥候だろうな」


 オーク、か。そういえば、よく見ると豚のような、猪のような顔をしている。体もかなりでかい。横にも、縦にも。まあ、豚のあれは脂肪ではなく筋肉らしいから、太っているというよりは筋肉質なんだろう。まさしく筋肉ダルマだ。

 しかし、なんで斥候とわかるんだろうか。パッと見では、それとわかるような恰好をしているわけでもなさそうなのだが。むしろガチの前衛にしか見えない。


「オークは基本的に十数体ほどの群れで生活してる。だが、あいつらは二匹しかいない。おそらく、竜が一度去ったから様子見に来たってとこだろう」


 丁寧な解説ありがとうございます。ついでに気になることも増えたが、今はそれを追及している場合じゃないだろう。


「すいません。俺、あれと戦りあえるような状態じゃないんですけど。いや、万全のコンディションでもやれるとは思えませんけど。それとも、まずはあれを従えるんですか?」

「いや、言ってなかったか? 【従属】なんかのスキルは、使用者もそれなりの強さがないと成功しない。だから、まずはお前のレベルを上げる。俺が動けないようにするから、お前がとどめを指せ」

「ああ、なるほど。了解です」


 そんじゃあ、さすがに動かないわけにはいかないか。ちょっと辛いが、何もかもやってもらっている状況では、これぐらいの疲れは我慢しなければならないだろう。

 それに、サイラスさんの戦い方も見ておかないといけない。真似ができるかはともかく、見るだけでも少しは参考になるかもしれないし。まあ、俺は戦わないけど。


「動けるか?」

「多分、大丈夫です」


 HPは少しづつだが回復していっているだろう。【痛覚耐性】で痛みが残っていても多少なら無視できる。ナイフも、しっかりと握れる。うん、大丈夫だ。

 あとは、心構えの問題だろう。

 俺が立ち上がったのを確認してから、サイラスさんが腰に差していた剣を抜き、こちらに近づいてきているオーク達に向かって歩いていく。

 その姿には緊張感など全くなく。まるで、これから散歩にでも行くのかと思うほど気楽そうだ。

 実際、余裕なんだろう。人の強さなど俺にはわからないが、あの人が苦戦しているところは思い浮かばない。絶体絶命の状況でも、余裕そうに笑ってるんじゃなかろうか。


「ま、勝手なイメージだけど」


 俺がつぶやくのと同時に、オークの内の一匹がサイラスさんに持っている武器……剣、だろうか。それを振り下ろす。

 だが、振り下ろされた剣はサイラスさんの体を切り裂くことなく、地面に突き刺さる。と同時に、オークの腕から血が噴き出した。どうやら、よけるのと同時に切っていたらしい。

 痛みからか、オークは『ぴぎいい』と豚のような悲鳴を上げて剣を取り落し、その隙を見逃さず、サイラスさんはオークの太い足に遠くから見ていても霞んで見えるほどの蹴りを放つ。

 すると、ごきゃっ、と嫌な音を立ててオークの足はへし折れた。折れた足では自分の体重を支え切れなかったらしく、オークは悲鳴を上げながら倒れる。

 どんな筋力してんだ、あの人。


「ぶごお!」


 サイラスさんの蹴りの威力に戦慄していると、もう一体のオークが叫び声をあげて、サイラスさんの後ろから槍を突き出してきた。

 どうやら、一匹が相手をしているうちに俺の方に来ようとしていたらしい。結果的に、その一匹は足止めすらできなかったわけだが。

 後ろからの攻撃にもサイラスさんは全く取り乱さず、あっさりと避ける。そこからは、先ほどと同じような光景が繰り広げられた。

 そして槍を持ったオークも地面に転がったところで、二匹のオークは切られた腕とは別の腕をへし折られた。これは、俺のためかな? 万が一殴られでもしたら、多分怪我程度じゃ済まないだろうしな。


「よし。おーい、終わったぞ」


 見ればわかります。

 それにしても、このオーク達も、戦うのなら最初から二匹でやればよかったのに。……んー……いや、違うか。あいつらにとっては、これは戦闘じゃなくて獲物を狩るだけの作業だったんだろう。それは多分、サイラスさんにとっても同じだ。

 油断しているわけではない。ただ、何度もやってきたことに、馬鹿みたいに気合を入れようとしないだけ。実際、俺がもしも一人だけであのオーク達に出会ったら、狩られるのは俺の方だ。それこそ、向こうが遊び半分だったとしても逃げられず、殺されるだろう。

 今回は、たまたまオーク達の運が悪かった。それだけだ。

 そんなことを考えながら、サイラスさんに近づく。


「ああ、ジン。そのナイフだと下手にたたきつけると折れるかもしれないから、できれば首を掻っ切れ」

「……わかりました」


 オーク達はまだ悲鳴をあげながら這いずるように体を動かしている。ここから逃げようとしているのだろう。そのおかげで体がうつぶせになっている。

 これなら、何とか首も切れるだろう。

 オークの背中に乗り、両手でナイフを持って首にあて――思いっきり横に切り裂く。


「びぎいいいいい!!」

「うおっ」

 オークが暴れ出した。俺の筋力では、急所を全力で攻撃しても一撃では殺せないようだ。自分は一体どれだけ非力なのか。

 もう一度同じ傷口にナイフを突きこみ、同じく全力で切り裂く。


「ぶ、ぐぎゅ」


 ようやく殺せたらしい。先ほどまで、上に乗るのにも苦労するほど力が込められていた体からゆっくりと力が抜けていく。

 もうこいつは動かない。首に二度もナイフを走らせたのだから、当然だ。


「うっ」


 そう確信した瞬間、急に吐き気がこみ上げてくる。

 あ、だめだこれ。我慢できない。

 思考の片隅で冷静に考えている間に、この異世界に初めて来たときにできたトラウマが思い出される。

 へし折れた足が、ひしゃげた腕が、ぐちゃぐちゃになった腹が、鮮明に思い出された。


「おえっ、げえええ」


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 腹のあたりから、激痛が走ってきているような気がする。

 俺は、痛みと嘔吐が同時にやってくる最悪の感覚を味わいながら、頭の隅でこう考えていた。

 ……俺、一日に一回はこんなことしてるんじゃね……?


「げっほ……あー、気持ちわりい」

「おいおい、最初からこんなんじゃ、先が思いやられるぞ」


 サイラスさんが頭上から声をかけてくる。ええ、全くですね。

アンさんと話しているときから嫌な予感はしていたが、俺も、まさかここまで自分のトラウマが根深いとは思っていなかった。

 本当にどうしよう。毎回こんなことにならないよな? いや、まあ、こんなこと考えられる余裕があるなら大丈夫かとは思うが。


「サイラスさん、これで精神耐性みたいなスキルとか身に付きませんかね」

「どうだろうな。そう簡単に身につくものでもないんだが、さっきまでのお前を見てると身に付きそうな気もしてくるな」


 そこまで酷かったんですか。

 まあ、つこうがつくまいが頑張るしかないわけだが。

 あ、そうだ。レベルって上がってるのか? 一切そういう知らせがなかった気がするけど。えーと、ステータス。


------------------------------

名前:黒波 陣

職業:なし

年齢:15

Lv2

HP:35/55(+5)

MP:65/65(+10)

筋力:18(+3)

体力:21(+3)

敏捷:15(+2)

知力:29(+4)

魔力:28(+5)

スキル

HP自然回復Lv4(+2)

痛覚耐性Lv3(+1)


ギフト

従属Lv1

------------------------------


 おお、上がってる上がってる。

 なんか色々とおかしいところがある気がするけど、とりあえずはレベルが上がったことを素直に喜ぼう。そうでもしないと気力が持たない。


「そろそろいいか?」

「ういっす。あ、レベル上がってましたよ。1だけ」

「オーク一匹倒しただけでも上がるか。さすがレベル1だな」


普通はどれぐらい倒さないといけないんだろうな。まあ、何もしなかったら1年で1しか上がらないわけだし、それなりの数はいるのかね。

あ、そうだ。もう一匹のオークってどうしたんだ。


「……うわぁ」


 思わずそんな声が漏れる。

いやだって、さっきのオークが悲鳴すら上げられない状態で這いずり回って、うわあ。

生物って、あの状態でも生きれるものなんだな。そりゃあ、致命傷と言えるような傷は負ってなかっただろうけども。

あ、やばい。また吐きそうだ。トラウマとか関係なく、これはグロい。


「ほら、速く殺ってこい」

「うぷ……。はい」


 なにこの人、厳しい。文句言える立場じゃないけども。

 吐き気を飲み込んで、オークにとどめを指す。首に刃を当てても大きく暴れるような様子はなく、さっきの一匹よりも楽に殺せた。レベルは上がらなかったが。


「ひとまず終わったな。で、どうする。まだやるか、それとも帰るか」

「もう少しお願いします。せめてあと3か4は上げておきたいので」


 さすがに、このまま帰るのはためらわれる。まだオーク二匹を殺しただけだ。オークがどれぐらいの強さなのかは知らないが、動けない状態だったとはいえ俺でも仕留められたのなら、そう強い魔物でもないんだろう。

 レベルも一しか上がっていないし、これで帰ったら何しに来たんだって話だ。あと、どうせ同じことを繰り返すのなら、一日の間に何度もやっておいた方が慣れるだろう。

「そうか。そんじゃ、もう少し移動しないとな」

「また馬ですか?」

「おう」


 きっぱりと答えられた。マジか。

 げんなりとした俺の顔を見て、サイラスさんは楽しそうに笑いながら、安心しろ、と言う。なんでも、ここからもう少しだけ進んだところに森があるらしい。まあ、それなら大丈夫か? どっちにしろ辛いことには変わらないだろうけど。

 あと、森の中に入るわけじゃなく、そこから少し離れたところで出てきた魔物を殺すらしい。


「そんなに頻繁に出てくるもんなんですか。魔物って」

「いんや? 普通はそんなに出てこねえよ。ってか、身を隠せる利点をわざわざ捨てる奴はいないだろ」

「え、じゃあ、どうすんですか」

「そりゃー、お前。どうすると思う?」


 質問を質問で返さんでください。

 しかし、ジト目で見てみてもサイラスさんの表情は変わらない。相変わらずにやにや笑ってこちらを見ている。いつか自爆の呪文でも唱えそうだな。

 笑いながら『一緒に行こうぜぇ!』とか言って、敵を巻き込んで派手に自爆するサイラスさんがあまりにもくっきりと想像できてしまう。うわあ、セリフも行動も何もかも似合いすぎだろ。なんだこのカミカゼサイラスさん。

 しかも、その後に平気な顔して戻ってきそうだ。


「おい、なんか失礼なこと考えてなかったか」

「気のせいです」


 ふざけたことを考えていたのがばれたのか、サイラスさんに睨まれる。その視線を適当に誤魔化しつつ、出てこさせる方法について思いついたことを口にする。


「餌を使っておびき寄せる、ですか?」

「お、正解だ」


 俺がオークを指さしながらそういうと、サイラスさんはにやりと口元をゆがめる。

 あ、なんだろう。すごく嫌な予感がする。


「じゃ、やるか」

「一応聞きますが、何をでしょう」


 サイラスさんは、にっこり笑いながら俺が持っているナイフを指さす。


「それ、本来は獲物を解体する用のナイフなんだよ」


 はい、いやな予感的中ー! この世界に来てから嫌な予感に限ってよく的中するな!


「無理です無理です無理です! さっきの見てました!? ねえ、見てました!? 俺吐きまくってましたよね? できると思いますか!?」

「いいか、ジン」


 ぽん、と肩に手が置かれる。そして、サイラスさんは笑ったまま言う。


「できるできないじゃなくて、やるんだよ」

「この鬼畜騎士が!」

「はっはっは、何とでも言え」


 その後、もう一度胃の中身をぶちまけることになったが、なんとかオークの解体はすることができた。

 ついでに、その時の感触とサイラスさんの楽しそうな笑顔は一生忘れない。ってか、忘れることなんかできるか!

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