17-2 心許せる友達(最終話)
あの一件後、俺は少しだけ肩の力を抜いて授業を受けていた。
もちろん希望する会社に就職するという夢を諦めていない。
だけれども、もうちょっと学校生活を楽しんでもいいんじゃないかと思うようになっていた。
周りにこれだけ気の許せる友達がいるんだ。せっかくなら楽しい時間を多く過ごしたい。
日々は変化もなくただ流れていくだけだというのに、少しだけなにかが変わった気がする。
西牧は使うのを嫌がっていた魔法を惜しみなく使うようになった。
もちろん無駄な使い方はしないが、より自分の力を高めようと自己研鑽に努めている。
そんな西牧に逆影響されたのか、代わりにシオンは前みたいに無闇矢鱈に自分の力を誇示することがなくなった。
気がつくと西牧と魔法についてなにやら難しい話をしている。
先生方はそのふたりの変わりっぷりに大いに驚いて。
そろって特進科の話も上がったが、ふたりともそれを受けることはなかった。
「学年トップクラスのふたりが普通科にいるだなんて。特進科の名が泣くぜ~」
雨上がりの空は、なんだか普通の青空より澄んでいる気がして。
気分よく掃除当番で任されたごみ袋を振りまわしていると、シオンに一笑される。
「おまえが特進科に来るなら考えてやってもいいがな」
行けるか馬鹿。
特進科は魔法力が強い人間が集まるため、使う魔法も高度なものになりやすい。
ドロップすらならないほどの魔法力と言われた俺じゃ実技の時に惨めな思いをするだけだ。……いや、一応努力はするけどな。
「そーいや最近派手なのやってないよな。あの教室をミラーボールみたいにしたのとかさ」
ごみ袋を収集場に放り投げながら聞いてみる。
やってるときはアホなことしてるなーと呆れて見ていたが、なければないで少しさみしいものだ。
「アレは心に焦りがあったからやっていただけだ。いまはもうする必要がない」
「焦り?」
シオンらしくなく、俺がそうしたようにごみ袋を勢いよく投げ捨てる。
パンパンと手をはたく彼はなにから何まで恵まれているというのに意外だ。
こんな完璧な男でも焦りを感じたりするのだろうか。
「自分の価値を認めてもらおうと。自分を誰かに認めてもらおうと必死だったんだ」
驚きで言葉を失い、まじまじと顔を見つめる。
誰からも一目置かれているのに、そんなことを考えていたなんて。
彼はおだやかに笑いながらこっちを見て言った。
「自分を理解してくれ、心を許し合える友人がいれば。不安というのはなくなるものだな」
……西牧のことそんなふうに思っていたのか。最近すげぇ仲いいもんな。
少しだけ感じた寂しさに気づかないフリをして「良かったな」と声をかける。
俺も今回のことで大分シオンとは仲良くなったけれど、魔法のレベルとか技術的なことはまだまだだ。
いつか魔法の相談とか乗れるくらいに強くなって。シオンの隣に胸を張って立てたらいいなと思う。
気づくとシオンが立ち止まっていた。
どうしたのかと振り返ろうとすると、後ろから勢いよく頭を小突かれる。
「って! なんだよ」
「なんでもない」
そう言ってツカツカと俺を追い越していく。
なんでもなくて人をたたくな。最近みんな意味なく俺を小突きすぎじゃね?
「ならば認めさせるまでだ。普通科に残るからといって魔法の鍛錬を怠るつもりはないぞ! 覚悟はいいか、双木健人!」
突如振り返り人を真正面から指さす。
フルネームで呼ぶのはコイツのテンションが上がっている証拠だ。
にっと笑うシオンにつられて俺も笑みを返す。
「おう!」
一分一秒すら惜しいと言わんばかりに練習場へ向けて走りだす。
一時は苦痛だった魔法の練習もいまでは純粋に楽しい。
深く吸い込んだ空気は暖かく、俺の体中を優しく満たしてくれた。
「あ、タケトー! 五時集合ね! それまでに作っとくからー!」
「ああ! 楽しみにしてる!」
途中すれ違った実羚と律花に手を振る。
今日は夕飯を実羚の家でごちそうになる約束をしていた。律花も一緒に手伝うらしい。
練習場では掃除当番を免れた西牧が俺たちの事を待っている。
みんなで一緒にとる今日の夕食は、にぎやかで楽しいものになるに違いない。
「健人!」
一歩先を走るシオンがほほえみながら俺を呼ぶ。
俺は気合いの声を上げると、地を蹴る足に力を込めて。
飛び越えた水たまりが、青い空と俺たちを映して揺れていた。
END