17-1 つぐない
虹鉈と会田の発言はその場に居た人達に糾弾され、レピオスが行ってきた悪事は白日のもとに晒されることとなった。
虹鉈が警察に連れて行かれたとの一報を受け、脅迫されていた工場の人たちが一斉に警察に駆け込む。
マスコミの報道では、家族を人質に取られて言うことを聞かざるえなかったらしい。心を病み、自殺する人も多かったとか。
しかし人を材料に瓶を作っていたのはごく一部のみで。
まっとうに魔法使いを使って生産に当たっていた多くの人は、自分の勤めている会社がそんな罪を犯しているとは思わずに動揺した。
その人たちに罪はない。
しばらくは好奇の目に晒されるだろうが、粒子瓶はこれからも必要なのだ。
あまりにも大規模な会社であるがゆえに、倒産させることはできない。
経営者が変わり、クリーンな製造会社に生まれ変わることを願う。
立食パーティーの騒動から1週間。
俺たちは警察の取り調べなどで慌ただしい日々を過ごしていた。
校長がいろいろ口添えしてくれたおかげで、授業を休まず受けられたのが不幸中の幸いだ。授業終了後に警察署へと通い、事情聴取を受ける。
あまりにも大きな事件なため、捜査には時間がかかるかと思われたが、とある女性が大量の捜査資料を提供してくれたおかげで早く決着がつきそうだった。
例の、おっさんと仲がよかったという警察の人だ。
連絡が取れなくなってから、必死にレピオスや病院のことを調べてくれていたのだという。
その甲斐むなしく、東京ドームの事件に巻き込まれて、おっさんが死んだと思い込んでいて。
事前に話を聞いていたのになにもできなかった。救うことができなかった、と自分を責めていたらしい。
警察署でおっさんと再会を果たした日には、姿を見るなり目の前で泣き崩れた。こんなに心配をかけていたなんて、悪い男だよな。
おっさんがバツの悪そうに慰めていたのが、妙に印象に残っている。
ニュースは事件から1週間経ったいまでも、レピオスの悪事と魔法使用反対デモの様子を交互に伝えていた。
命が元ということで多くの人がショックを受けたが、使っても使わなくても粒子は発生し続けるのだ。テレビではしきりに魔法の正当性を説いている。
デモのニュースも、伝えた後は必ずコメンテーターがデモ参加者に対しての批判の言葉を述べていた。
魔法がなくなったら、魔法番組を持っているテレビ局が立ち行かなくなる。数々の産業が魔法によって成り立っているのだ。
国とマスコミ、企業の利害が一致しているので、早いうちに世論は操作されることだろう。
コピーを取りに行っていた警察の人が戻り、軽い念書を取った後、これですべて終わりだと解放してくれる。
硬いパイプ椅子によってバキバキになってしまった腰を伸ばしながら外に出ると、休憩所になっているソファーに皆が集まっていた。みんな別室で事情聴取を受けていたのだ。
露ちゃんと早乙女が長引いているようだが、そう長くかからないうちに終わるだろう。
早乙女は未成年だということと、虹鉈に唆されたということで、保護観察処分で済む見通しらしい。
本人はもっと重い罰を望んだが、結果的に誰も殺していないのだ。
一度警察に行ったのに信じてもらえなかったこともあるので、向こうとしてもあまり騒ぎ立てたくはないのだろう。
「タケト達もこれで終わり?」
「ああ。なんか一週間がとてつもなく長く感じたぜー」
他にめぼしいニュースがないのか、テレビは連日切り口を変えてレピオスの問題を扱っていた。いい加減聞き飽きた。こーゆー時こそなにか面白いことが起きてくれればいいのに。
「結局、瓶の製造に関わってた作業員は罪に問えないのかよ?」
休憩所に設置されたテレビを見ながら、そうおっさんが問いかける。
虹鉈や会田、その他の運営陣はほとんど罪に問われたが、実際に作業していた人たちは裁判の結果が出るまで罪状が分からなかった。
脅されてたとはいえかなりの高給をもらっていたらしい。一部は進んで瓶の製造に携わっていたとのうわさもある。
しかし見極めが難しく、まとめて軽い刑に留まるんじゃないかとの予測だ。
「家族を守るためにはいうことを聞かなきゃいけなかったっていうし。情状酌量ってことで難しいんじゃないかな」
テレビでは聞き慣れない法律用語をいろいろとこねくり回していた。虹鉈の殺人教唆を拒否できたかどうかが重要な問題点らしい。
「なんかこう、すきっとしねぇよなぁ~」
「おっさんはどうなったらいいと思うの?」
煙混じりのため息をつきながらうだうだ言うおっさんに問いかける。
彼はたばこを持っていない手を開いたり握りしめたりして感情豊かに語り始めた。
「こいつらのせいでおまえらが死ぬとこだったんだぞ? こう、満遍なくブタ箱に突っ込んで、盛大な罰をだなぁ」
「早乙女も止めてなきゃ大量殺人犯だし。現状でも十分実行犯だぜ?」
「ぐっ……」
さすがに早乙女を罪人として裁くことに抵抗があるのか、おっさんが口ごもる。
俺らが殺されかけたことを根に持ってるみたいだけど。なんだかんだで甘い人だよなぁ。
「俺たちの目的は『選別をやめさせること』だ。それが果たせたのだからもういいだろう」
シオンがソファーの隣においてあった自動販売機でコーヒーを買う。数十円安い自販機にはこれまで何回か世話になったが、今日で使うのは最後になるだろう。
「それに、罰なら受けてるんじゃないの」
ほら、と律花がテレビを指さす。
奥さま方の関心が高いワイドショーでは、その作業に就いていた人たちがマスコミに追われ、フラッシュから逃げ惑っていた。
自宅近くにまで張り込まれ、監視される。右上には「人の命で豪遊! 悪徳作業従事者に迫る!」と毒々しい色で書かれたテロップが張り付いていた。
低俗な内容を見かねて西牧がチャンネルを他へと回す。
こーゆー、悪い奴相手ならなにをしてもいいっていう姿勢が、今回の事件を引き起こしたとも言えるのに。
どうやらこの問題は大分根が深いもののようだ。
「――償うって、なんなのかなぁ」
軽くつぶやいたつもりだが、ことのほか大きく聞こえた。
皆の視線が集まってしまったので、考えていたことを続ける。
「刑務所入って狭いところでじっとしてれば、償ったことになんの?」
誰もなにも発しない。仕方なく俺はひとりでしゃべらされる羽目になった。
「もちろん、自分のしたことが反省できなくてあーゆー場所に入れられる人もいるんだろうけど。大事なのは拘束することじゃなく、その中でなにを考えて、出たときになにをするかじゃねぇ?」
早乙女は罪を犯した。そのことを誰よりも後悔し、反省している。
もう二度とあんな馬鹿なまねはしないだろう。
CMがあけるとチャンネルを変えた番組でも作業従事者について取り上げていた。
だがこちらではカメラから逃げることなく、しっかりと強い目をして思いのうちを語る。
『人の命を奪ってしまったこと。たとえ強制されたとはいえしてはならないことです。私はこのようなことが二度と起こらないようにメッセージを発していきたい。脅されている人たちに手を差し伸べてあげたい。たとえ間接正犯が認められたとしても私の罪は消えません。その罪を重く受け止めて、これからは困っている人たちの力になれるよう活動していきたいです』
静かに。しかし真摯に語られる言葉に皆が耳を澄ます。
作業従事者のなかには精神を病みかけている人も多かった。その人たちの支援を求めて、この男の人は心ない批判にも怯まずにマスコミのインタビューを受けていた。
こういう人までまとめて刑務所に押しこむのはもったいないんじゃないか。
人は誰だって過ちを犯す。だけれどもそれを悔いる心があるならば、その人は痛みを知る分、誰よりも優しい人になるのだ。
一律に悪だと決め付けるのではなく、こういう人には再起のチャンスを与えてもらいたい。
刑務所から出てきた人が差別に遭い、ろくに就職できないなんて話も聞くが……昔から罪を憎んで人を憎まずと言うじゃないか。
「部屋に篭ってずっと反省をする償いより、人のためになにかをする償いのほうが。俺は尊いと思うけど」
彼の活動はきっと、刑務所で静かに過ごすよりもずっとつらいものになるだろう。情状酌量で見逃されたほうが楽だなんて、俺はそうは思わない。
もちろん、悪いことをしたらそれ相応の罰が与えられるべきだとは思うけど。
その罰を与えるのは司法の役目であって、俺たちがあーだこーだいうものではない。
俺の強い視線を受けておっさんが口ごもる。
ひととおり煙を吐きだし一呼吸置いた後。「だな」と小さく同意の言葉を発した。