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16-6 不信の種

「――確か近藤常務の息子さんですよね。ごあいさつが遅れまして」


 後ろから聞き慣れた声がかけられた。

 俺は彼と会うのは初めてだという演技をしながら、部屋の隅であいさつを交わすフリをする。


「斜め前にいるワイングラス左手に持ってる人がNPO法人の藤巻さん。『粒子瓶で作る世界平和』ってゆー講演会を開いてる。工場を増やしたいと思ってるはずだから……」


 小声で昨日ネットで仕入れた情報を伝える。

 他人を装って話しかけてきた青柳のおっさんは、うなずくとターゲットをひとりずつ視界に収めていった。


 本当は若手実業家に(ふん)した俺がその情報を元に揺さぶりをかけるつもりだったんだけどな。仕方なくおっさんと早乙女社長にその役を任せることにする。


「奥にいるのが共社党の橋本議員。この人は政治献金の疑いがあるから、もし虹鉈が捕まったらあなたも巻き込まれるってゆー話の進め方でいいと思う。その隣でさっきからキャビアばっか食ってんのが野村議員で……」


 ひととおり俺からの情報提供を受けると、すぐさまおっさんはターゲットに向かっていった。


「はじめまして藤巻さん。先日の講演会拝聴いたしました。粒子瓶で作る世界平和、いたく感銘を受けました」


 あんまり近づくとバレかねないから、ある程度離れて聞き耳を立てる。

 普段から多くの人と接している分、人当たりがよく話術が(たく)みだ。ところどころしか聞こえなかったが安心して任せられる。


「ええ。そのためには粒子瓶の製造を積極的に行うべきですね。なぜもっと工場を増やさないんです?」

「さぁ。なんでも製造場所に条件があるとかで。いい場所を探すのに苦労しているみたいですよ」

「それはいけない。その条件を伺ってピッタリの土地を見つけて差し上げたいですねぇ。藤巻さんの夢のためには工場が必要なのですから。世界の子どもたちのためにも、私にできることがあるならばぜひお(ちから)になりたい。実は私、不動産の仕事をやっていまして」


 にこやかに営業トークへと移行したおっさんは、先ほど虹鉈に出したのとは別の名刺を相手に渡す。

 不動産、寝具リース、ジャーナリストと状況に応じて使い分けられるよう、三種類の名刺を作って持っていた。


「祖父が地主でして。それを元手に手を広げ、いまは父が会社を仕切っています。手前味噌(みそ)ですがいまは扱う件数が大きくなってきたので、なにかお役に立てるのではないかと」


 つらつらと後から後からうそが沸いて出る。口から生まれたんじゃないかと思うくらいの雄弁さだ。

 何気におっさんも詐欺師の才能持ってるよな。


「建築場所の条件をご存じないんですか?」


 藤巻という男はNPO法人を立ち上げ、子どものためにと尽くしているが、その会話の端々から人に尊敬されたいという欲が感じられた。できるだけプライドをくすぐる聞き方をする。


「藤巻さんも知らない建築条件とは、一体何なんでしょうね」


 ひととおり不信感を(あお)ると軽やかに前を辞する。

 次のターゲットに向かう途中、こちらを見て軽くウインクしてみせた。

 いやはや、この大人たちはなかなかどうして策略に()けている。


 ひとりひとり名前を呼びかけては公演やビジネスの話を出し、それに関連付けて虹鉈への不信感を(あお)っていく。

 決定打は出さない。少しずつ種を植え付けていく。

 怪しまれず、わずかなきっかけで一気に開花するように。



 おっさんの様子を遠目でうかがっていると、さっきの早乙女に助けられたという男の人が視界に入った。虹鉈に駆け寄り、なにか話している。

 そうしてしばらくの後に、虹鉈が血相を変えて受付へと走りだした。名簿をつかみ、乱暴にページをめくる。

 そしてある一点で手を止めるとブルブルと体を震わせた。

 怒鳴るように受付になにかを問いただした後、受付簿を乱暴に床へたたきつける。

 その様子に戸惑った男の人が再びなにかを口にすると、こちらに聞こえるほどの大音量で「そんなわけあるか! 来ているはずがない!」と怒鳴りつけた。

 呆気(あっけ)に取られる彼を無視して会場内に駆け戻り、ぎょろぎょろと辺りを見回す。


 そしてしばらく視線を巡らせた後。西牧のほうへと足音荒く近づいていった。

 勢いよく近づいた割には声を潜めて会話を交わす。


 ……チェックメイト、かな?

 しばらくして虹鉈がいらだちを隠さぬまま西牧から離れる。


 会場外へ出て行ったのを確認してから、西牧を真正面から見つめた。

 俺の視線に気づいた彼は、周りに気づかれないよう小さく首を左右に振る。

 ちっ、ダメだったか。まだ恐怖が足りないのだろうか。


 早乙女社長ともうひとり、西牧にICレコーダーを持たせていた。


 早乙女の霊に(おび)えれば退魔士を求めるに違いない。

 そうすれば金で動くと豪語していた西牧に接触すると予想していた。

 ICレコーダーを持った西牧に、早乙女を殺したことを告げれば作戦完了だったのだが……。


 デザートを取るふりをして西牧の後ろに背中合わせで陣取る。

 周りに人が居なくなったのを確認してから、こちらに視線は向けずに西牧が詳細を話してくれた。


 「金を払うから、霊を退治しろ、と。でもなぜ霊に、狙われているのか。相手はどんな、魔法使いか、教えてくれなかった」


 パーティーが終わったら別室へ来い、と。そう誘いをかけられたという。

 さすがに人が多いこの場では言うのを躊躇(ためら)ったか。だがこの調子ならもうひと押し。このまま幽霊騒ぎを起こし続ければ、確実に西牧に泣きつくだろう。


 しかし、俺としてはこのパーティー内に決着をつけたかった。

 会場内をあらためて見回す。


 さっきは見つけることができなかったが、きっと呼ばれているハズだ。政治家ってのはパーティーなど、支持者を増やす機会を見逃さねぇからな。

 歓談する人たちの間を抜け、ひとりひとりの顔をチェックする。


 途中子どもたちが大人に率先して声をかけ、怪奇現象がないか聞き出している姿を見ることができた。

 その顔は堅苦しい大人たちに囲まれているというのに楽しげだ。

 約束の七時になる前に、アイツを見つけ出したいのだが……。


 ――居た。

 会場の隅で、秘書らしき男にくだを巻きながらワインをがぶ飲みしている。

 会田秕吹(あいだ ひぶき)。元厚生労働省大臣の男。


 すぐ後ろで食事を取りながら様子をうかがってみたが、被害妄想が強い。言葉の端々にネガティブなものが含まれていた。


 過去は政治家として大分活躍したらしいが、いまはどこからも煙たがれ厄介者扱いされているのだろう。近くを通りがかった知り合いらしき人物に声をかけるが、数言話すとその人は逃げるように会田の前を去っていく。


 さぁ、自分を尊重し、話し相手になってくれる人間が欲しいだろう?

 張り付けていた作り笑顔とはまた別の笑みがこぼれる。


 着火点は、ここだ。


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