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16-5 網の中


「早乙女社長お疲れさまです。すばらしい誘導でしたね」


 ひととおり他の会社ともあいさつを交わした後、またローストビーフを山盛りにしに近くのテーブルへと戻ってきた。


「あのくらいなんでもないよ。だが退魔士の存在を植え付けるなら、私が今朝訪れたときに話しておいても良かったんじゃないかい?」


 ただ人の言うとおりに動くのではなく、改善点がないか自分で考える。

 やっぱ社長になるからには考え方がしっかりしてるな。仕事を任せるとなったら非常に心強い。


「あらかじめ情報を与えるとネットで調べられちゃうんでダメなんですよ。いまなら来場者の対応でそれどころじゃない。人を(だま)すときは冷静に考える暇を与えず、一気に畳み込んだほうがいいんで」

「……君は犯罪カウンセラーや警視庁に勤めたほうがよさそうだな」


 くれぐれも犯罪には手を染めないでくれよ、と(くぎ)を刺される。

 別にこんなの本から得た知識だし。中二病を(こじ)らせて犯罪関係の知識を得るって意外と多いと思うんだけどなぁ。実行するか否かは別として。


「拓哉くん?!」


 話していると当然後ろから誰かに肩をつかまれた。

 心臓が飛び出しそうになりながら声をかけてきた人物を見上げる。


「……と、すまない。人違いを……」


 さっきエントランスで早乙女と話していた人だ。心なしか顔を青ざめさせながら俺をジロジロと見てくる。

 うわやっべ、さっき変装してたのが俺だって気づかれてねぇよな?


「キミ……さっきエントランスに居なかったかい? この方とずっと一緒に居た?」

「いいえ、開場してからはずっとホール内にいましたが。どこかでお会いしましたか?」


 鼓動を増してしまった心臓を押さえるようにしながら聞き返す。

 幸いにして彼は俺と早乙女とをひとつの糸でつなぐことはなかった。


「早乙女拓哉の知り合いですかな?」


 にっこりと早乙女社長が問いかける。彼は「は、ハイ……」と軽くどもりながらうなずいた。


「ごあいさつが遅れまして。拓哉の父の早乙女誠一(せいいち)です」


 おじさんの自己紹介に、目の前の男の人は声を上擦らせて動揺した。


「早乙女社長?! いや、でも写真とはお姿が……」

「ああ、もしかしてホームページに載っている写真ですかな? お恥ずかしながらあれは若い頃の写真でして。いい加減撮り直さなくてはと思ってるんですがなぁ」


 はっはっは、とゴキゲンそうに笑う。

 ……うそだな。ホームページには無駄にグラデーションのかかった背景で、不敵に笑いながら手を組んでいる、ダンディな男の写真が載っていた。体型もスマートで、かろうじて目じりに面影を感じられる程度の。

 こまめにホームページも更新されていることから、若かりし頃の一押しの写真をわざとそのまま掲載し続けているに違いない。


 俺の疑わしげな視線には気づかず「拓哉とはどういう関係で?」と目の前の男に向かって問いかける。


「この前のパーティーで困っているところを魔法で助けていただきまして……」

「拓哉なら今日は来ていませんよ」


 きっぱりと答えたセリフに、彼はかわいそうなほど顔を青ざめさせた。

 早乙女社長はそれに追い打ちをかけるように話を続ける。


「実は数日前から行方不明で、捜索願いを出そうかどうか迷っていた所なんですよ」


 行方不明……とかすれた声で言葉を反芻(はんすう)する。

 早乙女社長はにたりと唇に笑みを引きながらさらに言葉を紡いだ。


「魔法使いは死ぬと霊となって、身近な人間に会いに行くという話はご存じですかな? 拓哉は特に魔法力が強く、周りで拓哉の霊を見たという話を聞かないものですから。どこかで生きているとは思うんですがね」


 おぉぉ、おじさんそこでそーゆー風に話を持っていくか。

 突然の話についていけないのか、目の前の彼は目をしぱしぱと瞬かせる。

 信憑性(しんぴょうせい)を増すために俺もその話に乗ってみた。


「この前の晶川事件も、自殺に追い込まれた魔法使いの仕業って言われてますよね。霊を見て錯乱した工場長が凶行に(およ)んだんでしたっけ?」


 俺の話に「そうなんですか?」と声に驚きを(にじ)ませる。

 重々しくうなずき、早乙女社長は目に鋭い光を宿して言い放った。


「拓哉はあれでいて()の強い子ですから。もし誰かに殺されたなら真っ先にその人物に復讐(ふくしゅう)しにいくでしょうなぁ。まぁ幸い拓哉の霊を見たという話は聞きませんし。どこかで見かけたらぜひ私にご連絡いただけますかな?」


 目の前の男は答えない。

 目を見開き、空中をこわばった顔で見つめていた。


 その横でさっき集まっていた小学生が、別の子どもに自慢気に話して聞かせる。


「魔法使いは死ぬと幽霊になるんだぜ。そんなことも知らねぇのー?」


 子どもの声は通りやすい。他の子たちも情報収集という名目のもと、幽霊の話を周りに広めているだろう。


 「ひっ」という短い悲鳴とともに、参加者の男がグラスをテーブルに倒す。

 その近くでは律花が楽しそうににんまりと唇を釣り上げた。


 じわじわと。俺の作戦が会場内を侵食(しんしょく)していく。



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