表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/78

16-4 退魔士

 会場内はほんの数分抜けていただけだというのに、一気に人の数が増えていた。


 各テーブルにさまざまな料理が用意されているが、開会あいさつがまだのため遠慮しているのだろう。ウェルカムドリンクだけを手に、各々が堅苦しくあいさつを交わしている。

 『ご家族もぜひご一緒に』との案内を出しているらしく、子どもや奥さんらしき人たちの姿も多かった。


 しかしこんな堅苦しいパーティーじゃ子どもは退屈するよなぁ。案の定おいしそうな食事を前にお預けを食らっている少年が大きなあくびをかましている。


 その隣では立つのに疲れたのか、座り込んだ子どもがつまらなそうにテーブルクロスの端を段々に折っていた。飾りとして置かれた粒子瓶をボウリングのピンの配置に並び替えている子どもまでいる。


 待っててくれな。いまとっておきのエンターテインメントを提供してやるから。


 得意の笑顔を貼り付け、早速同じくらいの年齢の兄弟に話しかける。

 若手実業家として当初立てていた作戦とは違うが、結果さえ同じならアプローチの仕方はいくらでもある。

 子どもは子どもらしい方法で虹鉈を追い詰めてやろうじゃねぇか。


「こんにちわぁ。良かったらちょっと話し相手になってくんない? 固っ苦しいの苦手でさぁ」


 にへらと笑いながらあいさつをすると、弟のほうが飛びつくように俺の話に乗ってきた。なんでもいいから退屈を紛らわせたかったのだろう。

 いいねぇ、ノリのいい奴は大好きだぜ。父親の会社名をセットにして自己紹介してきたので、自分も負けじと名前を借りている近藤常務の会社名を出した。子どもの内から肩書きに縛られてんのはいかがなものかと内心思いながらも。

 「こーゆーパーティーってやることなくて暇だよなー」と愚痴り始める弟と違って、兄のほうは少し警戒心が強いみたいだ。じっと俺のことを(ねぶ)るように視線を向けてくる。


「キミ、年はいくつだい?」


 弟と話が盛り上がり始めたころに横からずずいと会話に割り込んできた。無視するわけにもいかないので会話を中断して問いに答える。


「俺? 15。今年受験なんだ」


 シオンから聞いた年齢をしれっと伝える。

 いまの俺は近藤常務の息子さんだ。名前も近藤と偽って答えていた。


「ならば僕のほうが年上だね。高校一年だ」


 ふん、と腰に手を当てながら胸を張って言ってくる。いや、威張ってるけど俺のほうが年上だからね。

 「じゃあ敬語とか使ったほうがいい?」と問いかけると「今日は許してあげるよ」と尊大な態度で言い返してきた。

 うわー、コイツめんどくさい奴だ。弟のほうを中心に話を進めていくか。


 しかし兄のほうも相当暇だったのか、ちょいちょい話の腰を折っては自分の自慢話をぶっ込んできた。

 あーもー、褒めてくれオーラ丸出しの人間って苦手なんだよなぁ。弟が素直な奴なだけによけい面倒くさく感じてしまう。会話を中断させられるたび、適当に世辞を挟んで気持ちよくさせてやった。


「それだけじゃないよ。僕は魔法学園の特進科にいるんだ。魔法使いのエリートってことだね」


 うぇ、魔法学園生かよ。どっかで俺と会ってたりしないよな?

 特進科と普通科の教室は離れているので、たとえすれ違ってても気づかれないと信じて話を続ける。

 そろそろ会も始まるだろうし行動に移らないとな。魔法学園生ならばこんなアプローチはどうだ?


「なぁ、魔法が使えるなら知ってる? 恨みを残した魔法使いは幽霊になるってうわさ」


 なんだよそれ、詳しく! と弟のほうが興奮気味に話に食いついてくる。

 やっぱり好きだぜ、おまえみたいな奴。虹鉈にも吹き込んだ晶川事件を、好奇心を(あお)るように誇張して伝える。


「マジかよそれ! 本当だったら(すご)くね?」

「ありえるかもしれないね……実際、いま魔法学園で幽霊騒ぎが起きているんだ」


 え、初耳だぞ。

 詳しく聞いてみれば、一部の女子の間で流行(はや)っていた心霊ブームの出処は一年生だったらしい。

 シオンが起こした竜巻騒ぎも変な風に解釈され、幽霊の仕業ということになっていた。うわさって怖ぇー。

 しかしいまの俺には都合がいいので、そのまま話に乗っかることにする。


 盛り上がる俺たちの様子が気になったのか、暇を持て余していた子どもたちが遠巻きに集まってきていた。

 チラチラとこちらを伺っている奴も手招きして呼び寄せてやる。

 「おまえは知ってる?」と率先して声をかけて、どんどんその輪のなかへと加えていった。


「そういえば前お父さんが、白い服着た髪の長い女の人と歩いてたの見たのに、ずっとひとりだったって。幽霊でも見たんじゃないかって言われたけど……あれ、魔法使いの幽霊だったのかも!」


 ……うん。それはきっと、浮気現場を押さえてしまったんだな。小学生くらいの男の子が興奮気味にまくし立てる。

 他の子から突っ込みが入る前に「白い服で長い髪っていったらまんま幽霊の特徴じゃん! おまえのお父さん大丈夫か?」と不安を(あお)ってやる。

 父親の危機に「幽霊ってどうやって退治すればいいの?」と顔を青ざめさせながら慌て始めた。


「案外、僕たちが知らないだけで怪奇現象というのは(あふ)れているのかもしれないね」


 兄のほうが(あご)に指を添えながらそう推測する。

 集まった子どもは小学生から高校生まで六人ほど。

 多いと逆にやりにくいだろうからな。これだけ集まれば十分か。


「どーせパーティーの間は暇だろ? 本当に魔法使いが幽霊になるのか、真相を突き止めようぜ。うわさじゃ偉い人は退魔士ってのを雇ってるらしい。退魔士に頼めばおまえのお父さんだって助けられるかもよ?」


 目に涙を()め始めた子に言ってやれば、うれしそうにうなずく。

 退魔士を見つけるか、(すご)い幽霊情報持ってきた奴が優勝な、と勝ち負けを含んだ言い方をしたら、他の小学生組も露骨に目を輝かせた。


「――えー、ご歓談中恐縮ではありますが、そろそろ時間となりましたので会を始めさせていただきます」


 会場内に司会者の声が響き渡る。

 親に呼ばれ、離れがたそうにこちらを振り向く子どもたちに向かって、俺は片目をつぶりながら言ってやった。


「七時にココに集合な。とっておきの情報を大人から聞き出してやろうぜ」


 うんっ! と大きくうなずきながら両親の元へ駆けていく。

 最初に話しかけた兄弟も「退魔士探しなんて楽しそー!」「魔法使いである僕のほうが有利だな」とノリノリだった。


 これで俺がさまざまな大人と話していても不自然じゃない土壌ができあがった。

 司会者に続き、レピオスの専務だか常務だかがあいさつを述べる。肝心の虹鉈はまだ現れていないようだった。乾杯の音頭をいまかいまかと待ちながらグラスを握りしめる人たちをすり抜けて、会場の後ろのほうへと向かう。


 長かったあいさつを終え、乾杯の音頭が取られた頃。早乙女社長と歓談しながら、名前を借りていた近藤常務が現れた。

 人目を気にしてか、わざとらしく俺のことを「息子です」と早乙女社長に紹介する。形ばかりのあいさつを交わすと、料理の感想を述べるフリをしながら小声で状況を確認し合った。


「もうひとりの協力者は無事青柳さんと合流したよ。万事恙無(つつがな)く。……このような作戦を立てていると子どもの頃を思い出して楽しいものだね」


 スパークリングワインを手に近藤常務が感想を述べる。

 目を細め、人の良さそうな顔にさらに細かな(しわ)を増やしていた。


「いまさら言うのもなんですが、常務にとってこの作戦はいいものではないかもしれませんよ? 最悪、取引先をひとつ減らすことになる」


 どこで話が漏れるか分からない以上、レピオスの悪事までは話していないはずだ。

 早乙女社長からなんとお願いされたのか分からないが、少々心配になってしまう。


「なぁに、詳細は聞いていないが虹鉈を懲らしめられるとならば協力は惜しまないよ。いまは瓶の製造のみをやっているが、もともとは粒子瓶会社でね。ライバル社時代は根も葉もない風評被害に迷惑したものだよ」


 出処はレピオスだとわかっていたが、証拠がないため対処できなかったらしい。度重なる嫌がらせ電話によって従業員を減らし、業種を変えてようやく持ち直したのだと苦い表情でつぶやく。


「前々から一泡吹かせてやりたいと思っていたんだ。ようやっと恨みを晴らす機会に恵まれたようだね」


 近藤常務の鋭い視線を受け振り返ると、虹鉈が青い顔できょろきょろと会場内を見回しながらホールへ入ってきた。


 俺らが会場内でさまざまな策略を巡らせている間、内からは律花と早乙女が、外では西牧とシオンと実羚がさまざまな怪奇現象を引き起こしている。

 なかでも早乙女の演技は相当真に迫ったものらしく、早乙女社長を見つけるなり「ご子息は一緒ではないのですか?」と息せき切って駆けつける人も居た。

 今日は来ていないと告げると「見間違い? いや、でも……」と()に落ちない表情をして去っていく。

 会場内ではちょっとした混乱が起き始めていた。


「こうしてパーティーだなんだと親交を深めようとしているが、虹鉈に対して良好な感情を持っている会社はわずかだと思うよ。先代社長からの付き合いで続いている会社か、経営がギリギリでレピオスの仕事を受けないとやっていけない会社ばかりだ」


 風評被害により他の取引先をなくしてしまったうちのようにね、と表情を曇らせる。

 従業員の生活を預かっている以上、どんなに不本意でも従わざる得ないのだろう。中小企業の闇をかいま見てしまった気がして胸が締め付けられる。


「キミが言っていたように、人望というのは大切なものだな。いざというときに周りが敵に回るか味方になるか。これからはより注意深く己を鑑みなくては」


 ぽんっと力強く肩をたたき、コレがうまいぞと早乙女社長が皿に山盛りにしたローストビーフを渡してくれる。

 こんなに食えないと慌てた俺の手を引き、気づかれないようそっと背後へと目配せをした。


「虹鉈社長、こちらが兼ねてからご紹介を約束していた、寝具のリースを行っている親和リネンさんです」


 少し離れた所から会話が聞こえてくる。

 気づかなかったが、虹鉈はいつの間にかギリギリ声の届く範囲に移動していたらしい。現れた主催にあいさつをしようと、人がこちら側へと集まってきていた。


「親和リネンの青柳です。お会いできて光栄です」


 おっさんだ。うその名刺を渡し、しれっとあいさつを交わす。

 早乙女社長の知り合いである会社にお願いして、いい会社を紹介するとうそをつき、おっさんを潜り込ませたのだ。

 優秀な社員を何人も虹鉈によってなくしているらしく、手を貸して欲しいと打診したら乗り気で協力してくれた。そういう所でも日頃の行いが明らかになるってもんだな。


 ひととおりあいさつを交わし、後に雑談に移る。俺は手渡されたローストビーフに夢中なふりをして虹鉈の会話に注意を向けていた。


「そちらは新しい秘書ですかな?」

「ええ、新しく退魔士を雇うことにしまして。西牧、ごあいさつを」

「退魔士?」


 一歩下がった位置に控えていた西牧が名刺を交わしながらあいさつをする。虹鉈は名刺と西牧を交互に見ては目をギョロギョロと瞬かせた。


「昨今はどこで恨みを買うかわかりませんから。会社に置いておくだけではなく、秘書として連れ歩くようにしたんですよ。虹鉈社長も人が集まる場には連れて歩いたほうがいいですよ」


 退魔士の存在はさも当然と言ったように話を進める。おっさんも「うちのは会場の近くで待機させてます」と退魔士の存在を匂わせた。


「今日はいらっしゃってないですけれど、カレット業者の佐渡社長も退魔士を連れ歩くようになりましたからねぇ」

「あの晶川の事件のようにはなりたくないですからね。逆恨みで殺されたんじゃたまったもんじゃないですよ」


 ははは、と談笑を交わす。

 わけが分からないといったふうに西牧を見つめる虹鉈を、当の西牧は眉を(ひそ)めながら見下ろした。


「……虹鉈社長もいますぐ、退魔士を会場に、呼んだほうがいい。放っておくと……危険だ」


 ボソリと無愛想気味に告げる。一生懸命セリフの練習をした成果が出ているようだ。

 あまりしゃべらせてもボロが出そうなので、人嫌いという設定にしているが。


「まるでココによくないものがいるみたいな言い方ですね」


 おっさんが軽い調子でそう感想を述べる。西牧はそれにうなずくと雇い主である社長に向き直った。


「早めに切り上げることを、おすすめします。巻き込まれたく、ない」

「おや、本当にいるのかい? よくないものが」


 軽く目を見開いて驚いてみせる。

 傍から見れば茶番にしか見えないそのやりとりも、心霊現象をいくつか目にしているはずの虹鉈にとっては肝を冷やすものだったらしい。顔がわずかにこわばっている。おしゃべりな彼が先ほどからほとんどしゃべれていないのがいい証拠だろう。


「まぁ、西牧はその筋でも名の売れた退魔士ですからな。なにかが起きても大丈夫でしょう」

「俺がおまもりするのは、社長のみ。金も払わない他人を、助けるなんて無駄なこと、したくない」


 普段の西牧ならば絶対に口にしないようなセリフだが、かえってその棒読み感が人嫌いで神秘的な退魔士を演出していた。


「見かけによらず金にしっかりしてましてな。側においておくのも一苦労です」


 しかし腕は確かですから。彼のいうとおりいますぐ退魔士を呼んだほうがいいかもしれませんね、と朗らかな調子で笑う。

 自失状態だった虹鉈が本来の調子を取り戻すよりも早く、「後ろがつかえているでしょうから」とふたりして虹鉈の前を辞去した。


「さて、私たちも行こうかな」


 次にあいさつを交わそうとしていた人を押しのけて早乙女社長が割り込む。


 この人は携帯端末で会話を聞いていたときにも思ったが、誘導がうまい。秘書の律花が優秀な退魔士だということを自然に虹鉈にアピールする。


 その次には近藤常務が続いた。一緒に来ていた営業担当と一緒にまたもや退魔士の話題に触れる。

 退魔士を雇っていることを公にすると、人に恨まれる仕事をしているのかと疑われる。だからできるだけ内緒にしておきたい、と自社の退魔士を自慢した営業を(たしな)めた。

 やはり上役ともなると会話がうまいものなのか。予想以上の会話術に思わず目を瞬かせる。こうして存在を隠していることにすれば、他の人が退魔士に触れなくても当然と思うだろうからな。盲点だった。


 その後も代わる代わる虹鉈のもとに人があいさつに訪れる。

 見え透いたお世辞を述べると、感じている恐怖を吹き飛ばそうとしたのか饒舌(じょうぜつ)に自慢話を始めた。


 虹鉈は話が長いからあいさつのタイミングを計るのが難しいらしい。まだ終わらないか、まだ終わらないか、と遠巻きに意識している人がちらほら見える。


 いつしか虹鉈の周りは順番待ちの人で(あふ)れかえっていた。


 連続で退魔士の話題が出て「知っていて当然」という態度を取られたのだ。プライドの高い虹鉈はそれ以上誰かに問いかけることはないだろう。

 しばらくここで幽霊の恐怖に(おび)えたまま、来賓者たちの対応に追われることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ