16-3 死者が踊るパーティー会場
滑るように動きだした車に揺られ、数十分ほど。テレビでしか見たことのない高級ホテルのエントランスへとたどり着く。
待ち構えていたボーイさんが扉を開けてくれたので、気後れしないよう表情を引き締め、大理石の床へと一歩を踏み出した。
社長は体が大きいため車から降りにくそうにしていたが、副社長がすぐさま手を貸し、細々と周りの世話を焼いてくれる。
一緒について行きたそうにしていたが、彼の枠は俺が奪ってしまったからな。パーティーには社長と副社長と秘書の三人しか招待されてない。秘書として律花が同席するので、潜り込むにはどうしても副社長に譲ってもらわなければならなかった。
彼は俺たちを見送ると名残惜しそうに車へと戻っていく。
「ずいぶんと慕われているんですね」
ふかふかの絨毯が引かれた広い通路を抜け、周りに人が居ないことを確認してからそう話しかける。
「ああ。アイツとは学生時代からの付き合いだからな」
イヤイヤではなく好んでやっていることがうかがい知れた。少し過剰とも言える世話の妬き方だ。もはや介護にも近い。
早乙女社長が監禁から解放され、心を入れ替えたとき「副社長が歓喜のあまり泣きだした」とおっさんが言っていたが、それもあながちウソではないと思えるほどの尽くしっぷりだった。
「それだけ人望があるということですね」
素直に称賛すると少し気恥ずかしげに頭を掻いてみせる。
「いまの君に言われると、拓哉に言われているようで落ち着かないな」
「きっと彼も同じこと思ってますよ。では後は手はず通りに」
ガラス張りのエレベーターが目的の階数を告げたので話を打ち切る。
目の前の重厚な扉が開くと、だだっ広いエントランスホールが出迎えてくれた。
このフロアは各パーティーに対応できるよう、大中小の広間が用意されている。今回の会場は180人ほどが収容できる中くらいの規模の部屋だ。
各部屋の入り口に簡単な受付が設置されており、律花が秘書としてその手続きを済ませる。
受付を済ませると来場者の目印として小さなコサージュが手渡された。それを胸元につけることで出入りが自由になる。
トイレが他の会場と共有だからこれで見分けるのだろう。いいねぇ、このシステム。胸元に花をつけることで装いが華やかになるし、コサージュを持っていれば誰でも自由に出入りができる。作戦にピッタリだ。
「早乙女建設さまですね、お待ちしておりました。早乙女社長と秘書の笹生さま、……えっと、こちらは……」
「息子の拓哉です。副社長が体調不良のため、代わりに参りました」
無愛想に無表情のまま返す。声も普段よりもかなり低めに。
幸い俺と早乙女は背格好が似ていた。髪を黒く染め、メガネを掛けおじさんと一緒に入場するだけで、遠目からは早乙女拓哉に見えるだろう。
おじさんと一緒に行動し、死んだはずの早乙女拓哉が来たということを受付に印象付ける。
そのままパーティー会場をうろうろし、ある程度時間が経ったらメガネを外して早乙女のふりをやめればいっちょ上がりだ。
同時刻で本物にはいたる所に出没し、魔法で姿を消してもらう。露ちゃんの化粧品も借りて、通常より肌の色も白く見えるようにしてもらった。青白い顔をした人間が突然消えれば十分話題になるだろう。
死んだはずの人間が潜入するパーティー会場。
さぁて、いつまで正気でいられるかな。
「キミは器用だな。拓哉の特徴をよくつかんでいる」
ウェルカムドリンクとして渡されたシャンパンを口にしながら、周りに人がいない隙に小声でおじさんが話しかけてきた。
俺もオレンジジュースで口元を隠しながら顔を引き締めて答える。
「無愛想にしてりゃ誰でも似ますって。ちょっとは社長くらいの愛想の良さを持ったほうがいいと思いますよ」
視線は合わさず会話を続ける。
あくまで俺は早乙女拓哉の幽霊なのだ。できるだけアイツらしく、淡々と。
態度をまねしていたら思考まで似てしまったのか、言わなくていいことまでおじさんに言ってしまった。
「ああやって人を馬鹿にした態度取ってたんじゃ必ず孤立しますよ。どんだけ才能があっても人徳がなけりゃ成功しない。会社継いだって社員は誰もついてこないし、たとえ奥さんもらったとしても逃げられるに決まってんだ」
おっさんや露ちゃんなど周りにいい人が居たからやっていけているだけで、あのままで居たら周りに人はいなくなるだろう。
せっかく西牧と再会することができたのだ。みんなのためにも早乙女にはもうちょっと協調性というものを身につけてもらいたい。
うっぷんを晴らすように話を続けていたら、気づけばおじさんが胸を押さえてうずくまっていた。
「大丈夫ですか? どこか具合でも?」
助け起こそうと思わず体が動きかけたが、いまの俺は幽霊なのだ。ぐっとこらえ、声だけに心配をにじませる。
「いや……大丈夫だ。少し言葉の矢が刺さっただけで……」
ことばのや? うまく聞き取れなかった。一体なんのことだろう。
心配ないと体を起こし、何事もなかったように振る舞うので、その言葉を信じることにする。
なおも早乙女への恨み言が口をついて出そうになるが、お父さんだもんな。息子のことを悪く言われるのは嫌だろう。いまさら遅いだろうが慌ててフォローを入れる。
「あ、でももう大丈夫ですよ。これからは早乙女社長がついてるんですから。社長を見習えばそんなことには絶対になりませんよ」
「そうだな……反面教師とも言うからな……」
ははは、と力なく笑う。
やべーやべー、調子に乗って言い過ぎたな。間も持たないし、そろそろいいだろう。
本当の早乙女を見かけた人が俺に話しかけてきたら面倒だしな。変装を解いて次の作戦に移ることにする。
「ICレコーダーの電源、もうONにしっぱなしでいいですからね」
「ああ。私の役目は虹鉈から老人ホーム建設の詳細を聞き出すということで良かったかな?」
「ハイ。さっきお話したとおり、虹鉈の狙いは老人ホーム建設によるお年寄りの確保です。葬儀まで自社で行うと言えば効率的に瓶の材料を集めることができますから」
老人ホームならば老い先短い人たちが自動で集まってくる。殺しても老衰だとごまかしやすいだろう。
「虹鉈が瓶の材料は人だと口にするのがベストなんですが、そこまで迂闊ではないでしょう。おそらく入居料を他社より安い金額で見積もるはずです。どうやって利益を確保するつもりなのか、そこだけ重点的に突っ込んでください」
本当は早乙女の幽霊に怯えた虹鉈が、錯乱の末全部ゲロってくれるのが理想なんだが……そううまく行くとは限らない。ましてや早乙女の父親である社長には話しにくいだろう。
早乙女社長の存在は建築会社を手に入れたいという欲と、罪がバレるかもしれないという恐怖を同時に与えてくれる。虹鉈にプレッシャーをかけてくれればそれで十分だ。ICレコーダーを持っているのは早乙女社長だけじゃないからな。
まかせてくれ、という力強い返事をもらう。
そのまま会場を出ようとしたら、たまたま早乙女が、幽霊騒ぎのターゲットと会話をしている姿が目に入った。
少し戻って、おじさんの陰に隠れながらエントランスのほうへと向かう。
早乙女が魔法を使って姿を消し、ターゲットの視線が俺に釘付けになったのを確認して。
おじさんの背中に隠れるようにして魔法を発動し、光の屈折率を変化させてその場から消え失せてみせた。
怪奇現象、いっちょ上がりってな。
人目を忍んでトイレに駆け込むと、あらかじめ待機していたシオンからジャケットを受け取る。
本当は魔法力が強いシオンにも会場に潜り込んでもらいたかったが、東の王子だなんだって有名だからな。今日は裏方へ回ってもらう。
着ていたスーツの上着を脱ぎ、髪を乱してジャケットを羽織り直せば完了だ。ネクタイを明るい色のものに交換し、メガネをシオンに預ける。
「ど? 別人に見える?」
「早乙女からいつものおまえに戻った感じだな」
まじまじと俺を眺めた後、乱しすぎた髪を手ぐしで整えてくれる。
「カツラを使えばわざわざ染めなくても良かったのではないか?」
「黒ってカツラだとばれやすいんだよ。数学のサトセン、あれ50万もするカツラらしいぜ」
少し茶色が入っているとごまかしが利くが、真っ黒というのは不自然な仕上がりになりやすいみたいだ。
ましてや早乙女は毛量が少なく艶が多いからな。カツラだとバレバレだろう。
「それに戻ったときにオレンジじゃ目立つからな。黒髪のほうが相手の信用を得やすい」
人は見た目の印象に大きく左右されるものだ。
腕時計や小物も早乙女が普段使っているいいものを身につける。
姿勢や優雅な振る舞いはシオンを参考に、落ち着きのある歩き方は西牧を参考に。
それだけで普通の学生にはない貫禄を出せる。外見さえ整えてしまえばあとはごまかし切る自信があった。
若手実業家のふりをするつもりだったが、どう見ても子どもにしか見えないと再度皆の反対を受け、父親のあいさつについてきた息子設定を続行することにした。
今度の父親役は早乙女社長の知人である、リース会社の常務。快く協力を申し出てくれ、会場内で待ち合わせの予定だ。
ホームページで顔は確認しているけれど、ボロが出ないよう気をつけなきゃな。
「副社長宛てに電話があったが、近藤常務の息子は15歳の中学生だそうだ。17時ちょうどに会場に着くから、一番後ろの窓辺で落ち合おうと言っていた」
急に常務の協力が決まったので、綿密な打ち合わせができないでいた。そこら辺の調整は副社長に任せ、伝令役としてシオンが伝えてくれる。
「うげ、中学生かよー。学ラン用意すりゃ良かったかな。スーツ着てても中学生に見える?」
「安心しろ。中学生にしか見えない」
んだとコラ。
失礼な発言に噛みつこうとしたが、人がやってきたのでそのまま他人のふりをして流す。
「じゃ、行ってくんね」
小声でシオンにそう告げると俺はコサージュを胸元に付け。
違う人物に扮しながら、堂々と受付を通り抜けていった。