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16-1 幽霊と罠

 5月29日、日曜日。

 午後からレピオス主催のパーティーが開かれる日。


 粒子瓶工場と病院を囲む塀に守られるようにして、ガラス張りの派手なビルが建っていた。

 株式会社レピオス本社。

 その入り口に車を着け、早乙女社長と秘書の女性が受付へと足を進める。


 応接室へと案内され、一目見て高級と分かる皮のソファーで待たされていると、お茶を運んできた受付嬢が短い悲鳴を上げた。

 しばしきょろきょろとあたりを見回した後、「失礼いたしました」と何事もなかったかのようにお茶を供して部屋を出る。


 早乙女社長の隣で、秘書の女性が楽しそうに目を細めた。社長が理由を問いかけるより先に、扉がノックされる。


「早乙女社長……?!」


 入ってきた虹鉈が早乙女社長の姿を見るなり、ギョロついた目をさらに見開いて驚いた。

 それを早乙女社長はソファーから立ち上がり、快く出迎える。


「ご無沙汰しておりました、虹鉈(にじなた)社長。いやぁ、連絡も取らず申し訳ない」


 ひととおりあいさつを交わすと、またソファーへと着席する。汗をハンカチで拭いながら、早乙女社長は機嫌良く虹鉈に対して会話を進めた。

 

「お恥ずかしい話、息子にイタズラされましてな。反抗期というやつですか。1カ月近くも部屋に閉じ込められて参りましたよ」


 あっはっは、と豪快に笑い飛ばす。

 対する相手は落ち着きをなくしたかのように、目がせわしなく動いていた。応接室に用意されたお茶を一口飲んでから、探るように問いかけてくる。


「思春期の子どもというのは突拍子もない行動に出ますからなぁ。それで、いま息子さんはどちらに?」

「それがすっかり姿を(くら)ませてしまいまして。父親を閉じ込めた後は家出ですよ。まぁ自由に使えるカードを持たせているので、生活には困らないでしょうし。いちいち関わっていても面倒なので放っておきましたがね」


 がっはっは、とまた笑い声を上げる早乙女社長を見て、虹鉈はいびつな笑みを浮かべる。

 お前の息子はとっくに死んでいる。そう告げたそうな、悪い顔だった。

 そんな相手の変化には気づかなかったように、早乙女社長は別の話題を機嫌良く続けた。


「それより、今日の午後からレピオス主催の立食パーティーがありますよねぇ。急で不躾(ぶしつけ)なお願いですが、私も参加させていただいてよろしいですかな?」

「もちろんですとも。ちょうど新たなプロジェクトの発表をする予定でして」

「それは楽しみですなぁ。立ち消えになっていた老人ホーム建設のお話も、もっと詳しく聞かせていただきたいですし」

「その件でも早乙女建設さんとはこれから親密にやっていきたいと思っているんですよ。新プロジェクトにはぜひ、力をお貸し願いたい」


 早乙女が破棄させたという契約の話を、わざとちらつかせる。

 話がうまく転びそうで油断したのか、ぎょろついた目をまっすぐ早乙女社長に向けて。いささか早口に提案をしてきた。


「長い付き合いになるでしょうから、ぜひ息子さんとも親密になりたいですね。所在が分かったら真っ先に教えていただけますか?」


 やはり自分が殺したと判明するのが怖いのか。しらじらしくそんなことを言ってのける。

 それに対し、「まったく、どこへ行ったのか見当がつかなくて」と笑いながら社長はしらばっくれた。いささか、声が固いような気がしないでもないが。

 ひととおり笑った後。一呼吸置いてから早乙女社長が続ける。


「まぁ、どこかで野垂れ死んでもすぐ幽霊となって現れるでしょう。あいつは魔法力が桁外れに強いですからなぁ」

「……いま、幽霊とおっしゃいましたか?」


 食いついた。

 現実主義の早乙女社長が、そんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。不審そうな目で、じっと社長を見据える。


「ええ。ご存じないですか? 魔法力が高い人間は、この世に未練を残すと化けて出てくるらしいですよ。肉体は死んでも魔法力を得た魂が残るんでしょうなぁ。この前あった晶川(しょうかわ)の事件覚えてます?」


 晶川の事件。あれだけニュースで繰り返していれば知らないはずはないだろう。

 平和な街で起きた異例の一家惨殺事件。

 工場長である男が妻と子どもを皆殺しにしたうえ、喉を()き切って死んだという猟奇的な話だ。


「あれなんですけどね、どうやら工場長はひとりの魔法使いを自殺に追い込んだらしくて。(のろ)い出てきた魔法使いを殺そうとして、錯乱した末の事件だったらしいですよ。そうとう恨みに思っていたんでしょうなぁ」


 これはうそだ。当人が自死したこともあり、いまだ動機など明らかになっていない。自殺に追い込まれた魔法使いなどまったくの作り話だ。

 しかしこの場には、それをうそだと断言できる人は居なかった。


「拓哉はそこらの魔法使いとは比べ物にならないほど強い魔法力の持ち主ですから、よっぽどの事がないと死なないでしょうし。要らぬ心配というわけですな」


 がっはっはと豪快に笑えば、虹鉈は顔を青ざめさせる。

 これほど露骨に反応を出すなんて。魔法使いに対して、悪い心当たりが多そうだ。


 立食パーティーへの出席を無事に取り付け、話を終える。

 顔を引きつらせたままの虹鉈を置いて、早乙女社長と秘書は応接室をあとにした。


 ガラス張りの近代的なビルを出ると、同席していた秘書がまとめていた髪を一息に解く。

 艶のある黒髪がふわりと(なび)き、日の光を浴びてキラキラと輝いた。

 髪を下ろすと、一気に見慣れた姿になる。


「もう少しだけここに残ります」


 強く言い切ったのは、早乙女社長の秘書へ変装していた律花だ。

 ジャケットを脱ぎ、襟元を少しだけくつろがせる。髪を整えると(ちょう)のついた飾りゴムで軽く髪を結わえ直した。

 たったそれだけなのに、先ほどの印象とは随分変わって見える。


「そういえば先ほど老人ホームがどうとかおっしゃっていましたが……どういうことですか?」

「ああ、なに。老人ホームを建設するのに業務提携を結ぼうという話が出ていたんだ。それを進める形で接触したほうが怪しまれずに済むかと思ってね」

「きっとそれが次のターゲットね」


 律花の指が、早乙女社長の胸元へと伸びる。

 胸ポケットにしまわれていた携帯を引き上げると、接続していた外部カメラを外し。テレビ電話モードで話しかけてきた。


「健人、聞こえてる?」


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