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15-7 嘘

 八時半頃には皆それぞれ用事を終えて、早乙女宅へと戻ってきていた。

 早乙女のおじさんは会社の人と親交を深めるため飲みに繰り出したので不在だ。早乙女の告白も落ち着いて受け入れ、険悪になりかけてた役員たちとの仲もうまく行ったらしい。

 副社長が歓喜のあまり泣き崩れて見ものだった、とおっさんが冗談交じりに教えてくれた。いまのところ俺の計画通り順調に事が運んでいる。


 夕飯は早乙女のリクエストでピザと、露ちゃんと実羚が作ってくれた副菜になった。

 「一度でいいから友達とピザを頼んでみたかった」とこっそり西牧に漏らしたのを耳ざとい俺とおっさんがバッチリとらえ、からかい紛れにちょっかいを出しに行く。


 これが俺のオススメだ、ペッパーソースよりこのふりかけをかけたほうがうまい、などなにかと世話を焼き続け「落ち着いて食え」とシオンに椅子に連れ戻されるまで俺とおっさんの悪ふざけは続いた。


 取り皿にてんこ盛りになったピザを前に、困惑しながらもけして嫌な表情を浮かべなかった早乙女にさらに笑みが深まる。

 露ちゃんが作ってくれたおかずもおいしくて、夕食の時間をたっぷり堪能する。

 早乙女はいままで食べたピザのなかで一番おいしいと漏らしていたが、俺もそれには同意だ。

 友人とワイワイいいながら食べるピザはどこか特別なスパイスが利いている気がする。


 食事を終えると後片付けなのだが、それは俺が進んで引き受けた。

 露ちゃんが心なしか疲れていたように見えたし、うまい食事のお礼もしたかったから。律花と実羚との三人で後片付けを引き受ける。

 本当は実羚にも休んでて欲しかったんだけど、食器の場所とかわからないからな。せめてものってことで俺と律花が洗い物をしている間はスツールに腰かけ休んでてもらう。


「そういえば露ちゃん、小さいのに秘書みたいなことしているのね」


 俺がゆすいだ食器を受け取りながら律花が独り言のように話しかけてきた。キュ、とお皿が小気味いい音を立てる。


「ああ、露ちゃんああ見えて24歳なんだってさ」


 言ってしまった後でもしかして失言かなと焦る。女性って年齢を変に気にするし。まずったかな。


「それ本当なの?」


 案の定、律花がすぐに確認をしてきた。


「早乙女がうそ言ってなければな。あいつ冗談とか言えなさそうだし、本当なんじゃね?」


 一度口にしてしまった言葉は取り消せない。観念してそう続ける。

 同じ女性としても意外だったのか、ふたり共目を丸くしていた。


「でもタケト、小さい子に話すみたいに接してるよね?」


 だから年下なんだと思ってた、と実羚がスツールから身を乗り出しながら問いかける。


「俺も最初中学生だと思ってたからさ。直接彼女から聞いたわけでもないし。本人も年下として扱われるほうが都合いいなら、それに合わせようと思って」


 最初に会ったときから露ちゃんは俺に敬語で接し、幼子のように振る舞ってきた。彼女から直接聞かされていない以上、突然態度を変えるのは失礼だろう。


「それってみんなを(だま)してるってこと?」


 少しだけ言葉に険悪さを含んで実羚が言う。


(だま)してるって程じゃないだろ。本人は中学生ですなんて一言も言ってないんだし。……俺がばらしたって言うなよ」


 やっぱり歳のことは言うべきじゃなかったかな。彼女のほうからなにか言ってくれれば楽なんだけど。直球で聞くのはちょっとなぁ。


 最後の食器を洗い終え、律花に渡す。彼女がそれを拭いている間に、台拭きで飛び散った水を吸えば終了だ。


「年上だと分かっててあの接し方なわけ? 年上ならなおさらハートを書かせるなんてやり過ぎじゃないの?」


 律花が皿を握りしめたままこちらに険の交じった視線を向けてくる。

 ハート? 一瞬なんの話かと迷ったが、昼間のオムライスのことだろう。


「えー、だってオムライスにケチャップで文字書いてもらうのって定番じゃね?」


 メイド喫茶ではそれを目当てに遠方から客が来るくらいなのだ。彼女いない歴(イコール)年齢の俺が憧れたっていいだろう。


「健人はメイドとか、ああいうのが好みなの?」

「好みってわけでもねぇけど……なんだよ、ちょっとふざけただけじゃん」


 律花が食器を重ねながらこっちを(にら)んでくる。

 そりゃあ確かに痛いお願いだったかもしれないけどさぁ。そんな怒ることないじゃんか。


「バカップルがいちゃついてるようにしか見えなかったわよ」

「バカップルって。さすがに中学生には手ぇださねぇよ」

「24才なんでしょ?」


 じとりとすわった目で見てくる。あーもー、年齢のこと口にするんじゃなかった。めんどくせぇ。


「だから、俺は中学生として接してんだって。露ちゃんからホントの歳聞いてないから。見た目がああなんだから、年下として接したほうが自然だろ? 何怒ってんだよ」

「別に。怒ってなんかいないわよ」


 俺がやろうと思っていたのに、ひとりで拭き終わった皿を棚へ戻し始める。

 怒ってないんだったらこっち見ろってのコラ。ロリコンの気があるとでも思われてるんだろうか。

 でもたとえ露ちゃんが中学生でも、高校と中学じゃ年の差はそんなにないから十分許容範囲だと思うんだけどな。


 それに……俺の本命は実羚だけだ。

 誤解を解くためにもそう言ってやろうかと思ったが、さすがに一度振られているのではばかられた。

 ひっそりと胸に秘め、実羚に熱い視線を送る。当の本人は俺の話なんか興味ないって風にスツールの背もたれに腕を預け、なにやら考え込んでいたけれど。


「タケトはさ、露ちゃんと友達なんだよね?」

「え、ああ……」


 視線を下に向けたまま問いかけてくる。

 彼女のことを考えていたため、突然の問いかけにどこか煮え切らない返事になってしまった。


「ずっとうそつかれたままでいいの?」


 思わず息をのむ。

 言葉と同時に向けられた彼女の視線に射抜かれた気がした。顔を背け、口ごもる。


「……うそはつかれてない。俺が勝手に勘違いしただけだから」

「でも、健人はうそついてることになるよね。彼女の年齢知ってて、年下のように接してるんだから」


 なにも返すことができず押し黙る。

 ……そういうことになるのだろうか? 俺はただいまの関係が気に入っているから、このままで居たいだけなんだけど。


「友達にうそをつき続けるのって、つらいと思うんだけど」

「……そんな重い話じゃねぇって。たまたまタイミング逃してるだけで。彼女が年上だって教えてくれても俺はいまの接し方を変える気ねぇし。明日も早いし、もう部屋戻ろうぜ?」


 できるだけ軽い言い方になるよう意識して切り出す。

 実羚はまだ言いたいことがありそうだったが、追い立てるようにして客室へと戻らせた。


 ……うそついてることになるのだろうか?

 胸のなかに(おり)のような重い感情が残る。


 別に彼女がいくつでも関係ないと思っていたのだけれど。俺のこの態度はうそになるんだろうか。


 ガリガリと後頭部を()く。一度(よど)んだ気持ちはそう簡単には浮上しそうになくて。

 昼に借りたが、湯船には()かってねぇからな。

 俺は気持ちを入れ替えるためにも再び風呂を借りることにした。


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