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15-6 告白

 会社へ戻るというおじさんに、早乙女も一緒に付いていってもらうことにした。

 作戦の説明もあるし、東京ドームが爆破されたことや早乙女が犯罪に手を染めようとしたことはまだ知らないはずだ。時間は有限なので移動時間を有効に使ってもらうことにする。


 もしかしたら早乙女が人を殺そうとしていたことでまた一悶着(ひともんちゃく)起きるかもしれないので、用心しておっさんにも同行してもらった。

 自分を監禁しただけでなく恐ろしい犯罪に加担していたなんて、父親としては看過できない問題だろう。どうかその件も穏便に済みますように。


 作戦へ向けていろいろ準備を始める。用意しなければいけないものが多い。

 西牧とシオンは買い物に、律花は作戦で必要になる服を調達しに外出してもらった。


 各々が俺の作戦にそって行動を始める。

 特に俺は成功率を上げるためにも、新しい知識をつめ込まなければならなかった。インターネットを駆使して数々の情報を集める。


 なんだかんだでこうやって物を調べ、有効に活用していく行為が好きだ。

 広く浅く。仕事などに対する姿勢としては褒められたものではないのだろうが、今回のように策を(ろう)して人を(だま)すには視野が広いほうがいい。覚えきれない分は後で印刷用にまとめておく。


 必要な情報を集めながらも思いついたことはメモに逐一記録する。策士策に溺れるというが、あれはひとつの策に固執するからだ。その場の状況に応じてまた別の策を立てれば、致命的な失敗は()けられる。

 今回は相談相手も多いから、事前に穴があるものは(つぶ)すことができるだろう。第二、第三の案をストックしていく。


 柔軟に、多彩に幅広く。情報はあればあるだけ、有効な判断材料になる。


 目の疲れを感じた頃、ふと時計を見ると八時を回っていた。二時間以上もパソコンに釘付(くぎづ)けだったのか。


 体を伸ばし、気がつかなかった喉の渇きを潤すため台所へと顔を出す。しかし夕食の準備が途中までされているものの、露ちゃんの姿を見つけることができなかった。勝手に飲み物をもらうのもアレだし、いったんトイレ行って出直すか。


 用を済ませ、凝り固まってしまった首をグルグルと回しながら吹き抜けとなっているエントランスを横切る。買い物に行ってきたのか、ちょうど実羚が両手に袋を持って外から帰ってきたところだった。

 「おかえり」と彼女を出迎え、()げている重そうなほうの袋を受け取ってやる。飲み物買ってきたのか。声かけてくれりゃ荷物持ちとして一緒に行ったのに。


「どしたの? こんなトコで」


 まさか俺が出迎えるとは思ってなかったのか、目を丸くして靴からスリッパへと履き替える。


「喉渇いたからなにかもらえないかなーと思ってさ。たまたま通りがかった。実羚は?」

「私は露ちゃんの手伝い。彼女ひとりで夕食とか部屋の準備するの、大変だと思ったから」


 明日の作戦の確実性を増すために、泊まれる人は泊まっていこうという話になっていた。

 突然大人数が泊まることになってしまったのだ。部屋はあっても人手は足りないだろう。


「あらかた調べ物は終わったからさ。手伝うよ」


 もう片方の袋も受け取ろうとして、彼女の(やわ)らかな手に指が触れてしまった。ただそれだけだというのに胸が高鳴る。

 俺の気持ちは彼女に知られているわけで……妙なところで意識してしまう。


「やっさしー。タケトのそーゆーとこ好……」


 言いかけて止まる。

 普段何気なく発している口癖だが、俺に向けていいのか迷ったのだろう。

 ぐわっと体の奥のほうから衝動が沸き起こる。


「好きだ!」


 不必要に大きな声で叫ぶ。

 案の定、突然のことに実羚は目を丸くしていた。


「おまえが言わなくても俺が言うからな! 実羚のそういう気遣いができるとこ、好きだ!」


 顔が熱い。けれどもここで引き下がったら二度と実羚の「好き」という言葉は聞けない気がした。

 彼女の顔を見ることができず目をそらしたままだが、はっきりとそう口にする。

 俺の声が高い天井に反響し、(かす)かとな余韻(よいん)を残す。体全体が熱くて、いまにも蒸発して干からびてしまいそうだった。


 彼女はしばし沈黙した後、ぷっと吹き出す。

 そして笑いながら俺の欲しい言葉を言ってくれた。


「タケトのそーゆー(いさぎよ)いところ、好きだよ」


 実羚につられて俺も破顔する。

 恋人になれなくてもいい。思いを伝えても彼女に()けられず、ただこうして笑いあえるだけでいまの俺は幸せだった。


「ごめんね」


 ひとしきり笑った後、そう切り出される。

 なにがごめんなのか聞かなくても明らかだろう。胸の痛みをこらえて落ち着いて返す。


「わかってるって。律花のこと、本気で好きだもんな」


 うつむいて小さくうなずく。

 最初は行き過ぎた友情だと思っていたが、律花を危険な目に合わせたくなくて色仕掛け役に立候補するくらいだ。本気で彼女に()れているのだろう。


 俺から見ても律花はルックスといい、曲げない信念といい、かっこ良く見える。初めは気味悪く感じていた秘密主義も、家業のことを知ってしまえば納得だ。実羚を諦めさせるようなうまい言葉は思いつきそうになかった。


「律花が好きだってのは分かった。でも諦めんのに時間かかりそうだから、もうちょっとだけ実羚のこと好きでいてもいい?」


 みっともなくお願いすると、少し戸惑った後コクリとうなずいてくれる。


「ありがとう。好きだよ」


 こみあげる感情に押されて、するりとそんな言葉が出てきた。


「いままでずっと押し込めてたんだけど……口にするとすげぇ楽だな」


 伝えることができる喜び。そんなものをゆっくりと()みしめていた。

 もちろん言い続けてたら俺のこと好きにならねぇかな、という浅ましい下心もあるけれど。


「ちゃんと諦められるまで、時々言ってもいい?」

「……他の人がいないとこでならいいよ」

「ありがとう。すっげぇ好き」


 許しが出たので早速そう伝える。

 実羚は顔をそむけたまま俺から乱暴に袋を奪い取り「後で飲み物持ってくね」と奥の部屋に駆けて行ってしまった。

 その背中を見送りながら。振られたにしては妙に満ち足りた思いでその場に立ち尽くす。


 往生際が悪いけど、もうちょっとだけ悪あがきしてもいいよな……?


 一年の時からずっと好きだったんだ。諦めるのにはそれと同じくらいの時間をかけたい。

 彼女が(ほほ)を赤らめるという貴重な姿を見てしまったら、未練がましくなってもしょうがないだろう。


 高揚する感情を落ち着かせるように、深く息を()き後頭部を()く。


 大きな吹き抜けがあるエントランスで。俺はしばらくそのまま、会話の余韻(よいん)を楽しんでいた。


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