15-5 父との和解
俺の計画を話すと皆がうなずいてくれた。
しかし、ひとつの問題がある。
この計画を実行するには早乙女拓哉は死んだということにして、早乙女建設の社長である親父さんに表立って動いてもらわなくてはならないのだが……
「1カ月も軟禁してて、会社の人たちとか騒がなかったのかよ?」
あろうことに早乙女は実の父親を部屋の一室に閉じこめていた。
いくら仲悪いったってそりゃやり過ぎじゃねぇの?
母親は小さい頃に「もうついていけません」と書き置きを残し失踪してしまったので、唯一の家族である早乙女と秘書の露ちゃん以外、誰も早乙女社長が監禁されたことを知らないという。
虹鉈に唆されたのだと露ちゃんはフォローを入れるが……早乙女を見る目が冷たくなってしまう。
「早乙女社長は機嫌を損ねて、1年近く副社長と口を利かなかったこともありますから。1カ月連絡が取れないぐらい、いつものことだと」
「どーゆー社長なんだよ、それ……」
重要な決定事項などは早乙女と露ちゃんが対応し、社長の言葉として周りに伝えていたため疑問を抱かれなかったらしい。
三週間近くバカンスに出ていたことにしたので、さらにバレることはなかったのだという。
「社長が会社を放って、三週間もバカンス……?」
「よくあることなのですよ」
その間、内部の調整は副社長が行う。副社長のほうもそれに慣れっこだから、文句の一言も言わないという。
逆に意思決定が早くされ、思いつきで方針が変さらになったりしないため、社員たちは社長がいないうちに急いで重要な仕事を進めるという。そのときだけ、驚くほど業績が上がるらしい。
さらに今回に関しては、早乙女社長が勝手にレピオスとの契約を決めたせいで、社内から社長交代の声が上がっているらしい。
このままでは会社が傾いてしまう。いますぐ社長を下ろすべきだ。
その声を封じ込めるのに、副社長が休日返上で頑張っていると教えてくれた。
……いや、だからほんと、なんて社長だよ。社員の言うとおり、社長交代したほうがいいんじゃねぇの?
「軟禁したくなるだろう?」
「ならねーよ」
ぐったりした顔で早乙女が問いかけてきたので一瞬同意しそうになるが、それでも軟禁という強硬手段には出ないだろう。きっぱりと否定しておく。
「一度さ、じっくり親父さんと話し合ったほうがいいんじゃねぇの」
「あの男に話が通じるとは思えない」
早乙女は拒むが、人を監禁していると知ってそのまま放っておくわけにはいかなかった。たとえ身内とはいえ犯罪だ。
温和にことを運ぶためにも、なんとか和解した状態で開放といきたいところなのだが。
仲直りしてこいと言っても早乙女は断固として首を縦に振ろうとはしなかった。
「僕の人格なんか無視して、ずっと自分の都合のいいように命令してきたんだぞ」
「それさ、いままで面と向かって言ったことあんのかよ」
「あるに決まってる! それでも聞いてくれなかったんだ。アイツは人の話を聞く気なんて、これっぽっちもない!」
感情が高ぶっているのか、声がだんだん大きくなる。
俺らの年代だとどうしても父親に対して良好な感情を持てなくなるもんだけれども……早乙女のそれは結構根が深そうだ。
俺は父親を早くに亡くしているから、その感情が理解できないが。
「やる前から諦めてたらなにも変わんねぇだろ」
援護は思わぬ方向から来た。おっさんだ。
「人の話を聞かないのはおまえだって同じだろうが。父親が自分になにを求めているのか、どうなってもらいたいのか真正面から聞いたことがあんのか? 一方的なのはおまえも監禁という手段に出た時点で同じだ」
早乙女がギッと鋭い目でおっさんのことを睨みつける。「なにも知らないくせに」と恨みがましくつぶやいたが、それにおっさんは「知らねーよ。おまえが話してくれないかぎりな」と椅子に深く腰かけながら返した。
前に早乙女がなにも話してくれないことを嘆いていたからな。彼のことだからお節介にいろいろな言葉をかけていたのだろう。それを聞かずに話すことを拒んでいたのなら、なにも知らぬよう仕向けたのは早乙女自身だ。
「まだ短い付き合いだが、おまえが圧倒的に言葉が足りないってのはわかった。正直俺がおまえの親父だったらいろいろ言ってやりたいことが多い。でもそれはおまえを思ってのことだ。自分の子どもを無闇矢鱈に傷つけたいわけねぇだろ」
返す言葉がないのか、唇を引き結んで早乙女が視線を外す。
「……アイツは、おまえみたいな男じゃない」
「ろくに話し合ったこともないくせに、何決めつけてんだ」
おまえ、俺のことだってよく知らないだろが、と追い詰めるおっさんは容赦がない。周りのみんなはそんなふたりのやりとりを静かに見守っていた。
早乙女が唇を噛み締めながら拳を震わせる。その姿を眺めていたら、懇願にも似た言葉がするりと口を突いて出ていた。
「ダメ元でもう一回だけ話し合ってこいよ。……たったひとりの家族じゃんか」
俺は父親と話したくても叶わない。
もちろん、なにを話しても無駄な親がいることも分かっている。虐待の末、施設から学校に通っている奴だっている。
それは分かってるんだけど、もし仲直りできるならしてもらいたい……そう願ってしまうのは俺のエゴだろうか。
部屋を耳が痛いほどの沈黙が支配する。
この時間がいつまで続くのかと不安になった頃、早乙女が消え入りそうな声で小さくつぶやいた。
「僕ひとりだと冷静になれる気がしない。……青柳。ついてきて欲しい」
おっさんが眼を大きく見開く。まじまじと早乙女を見つめた後、その目はうれしそうに細められた。
「いいぜ。第三者がいると人は理性的であろうとするからな」
もし飛びかかってきたら守ってやるよ、と早乙女の肩を力強くたたく。
どう転ぶかわからないけれど、とりあえず話す気になってよかった。
監禁部屋へ向かう彼を、声をかけて呼び止める
「早乙女、ひとつだけ約束してもらっていいか?」
体ごと振り返り、聞く体勢を取ってくれる。人の話を聞くということをこの短時間で強く意識したみたいだ。
俺はうまく行って欲しいという願いを込めて早乙女に頼み込む。
「絶対に魔法を使わないこと。力で相手をねじ伏せようとしたらダメだ。あくまで話し合いで解決して欲しい」
「わかっている」
当然だというふうにうなずいたので少しだけ安心した。隣のおっさんも頼もしくうなずいてくれる。
「あと親父さんがケンカ腰でかかってきても、それは傷ついているからだってこと忘れないで欲しい。実の息子に監禁されたなんて相当なショックだと思うぜ」
今度の言葉には納得できないのか、不満気に見返してくる。
そんなふうに話している俺の肩をつかんで、後ろから西牧が一緒に見送りにやってきた。
「俺たちのこと、気にせず。納得の行く話し合い、してきて」
もちろん最善は説得に成功し、早乙女の親父さんがこっちの味方についてくれることなんだけども。
ダメだったらダメだったでまた別の作戦を立てればいいだけだ。親子の関係は駄目ならハイ次というわけにはいかない。
早乙女は西牧の言葉に少しだけ目を見開いた後、しっかりとうなずく。
「行ってくる」
そう告げると力強くドアを開け放ち、おっさんとふたりで監禁場所へ向かっていった。
*****
なにもできずに待つ時間というのはどうしてこんなにも長く感じるのだろうか。
五分おきぐらいに時計を確認してしまう。それは露ちゃんも同じらしく、なにかをしていないと落ち着かないのか、しきりに俺たちに紅茶やスープを振る舞ってくれた。
一応駄目だったときのことも考えて他にも作戦を練る。作戦は多ければ多いに越したことがない。
ペンと紙をもらい、思いつくままにいくつも書き連ねていく。とにかくなにかしていなければ早乙女が気になって落ち着かなかった。
魔法で役に立てない俺がみんなのために出来ることと言ったら、こうして様々な案を出すことだけだ。幸い、俺は性格が悪いので小細工などが得意だった。自分の長所を生かしてみんなの役に立とうと努力する。
何時間も経った気がしたが、実際には40分ほどしか経過していなかったらしい。
見過ぎたせいで時計の形や装飾を覚えてしまった頃に、おっさんだけ先に部屋へと戻ってきた。
「おっさん! どうなった?」
わらわらと狭い通路に皆が集まる。不安げな視線を向ける俺たちに、おっさんは笑顔を返してくれた。
「大丈夫だと思うぜ。最初は耳をふさぎたくなるような暴言ばっか吐いてたけどな。よく耐えたよ」
悪いけどなにか飲み物もらえねぇか? 喉乾いちまった、とリビングへ戻り、露ちゃんから紅茶を一杯もらう。
俺たちの……特に西牧の心配そうな視線に耐えきれなかったのか。飲み干すとすぐに詳細を話し始めてくれた。
「変な話だけど、監禁が効いたんだろな」
最初は暴言ばかりで険悪だったが、おじさんはひととおり早乙女のことを罵った後、話を聞く気になってくれたらしい。
最初に監禁という手段に出たことを謝り、なぜその手段に出ざる得なかったのか。なにも事情を知らないおっさんが聞いても分かるよう丁寧に説明していったそうだ。
会社の人間が社長のやり方に不満を抱いていること。副社長が社長を守るために心を砕いてくれていること。会社を守り、早乙女が父親の支配から逃れるには監禁という手段しか残っていなかったということ。
交際関係まで制限され、西牧と引き離されたことも含めてつらかったと、素直に心情を吐き出した。
できるなら自由になりたい。もう父親の操り人形で居たくない。自分だってひとりの人間なのだ、と。
それはあまりにも切実な願いで、隣で聞いていて胸が痛くなったという。
真正面からぶつけられた親父さんは、もっと心に響いたに違いない。
「早乙女だけじゃなく、嫁さんに逃げられたのも相当のショックだったんだろうな。最後はなんでみんな離れていくんだって泣いてたぜ」
『もうついていけません』そう書き残して奥さんはいなくなってしまったのだという。
失踪当初、弁護士を通じて早乙女だけには連絡をしていたらしいが、離婚するなら子どもには会わせない。会いたければ家へ戻ってこい、と接触の機会を全面的に断ち切った。
まさか息子と会うことを放棄してまで離婚したがっているとは思わず、親父さんは相当なショックを受けたらしい。
おっさんの話を聞いているとガチャリとドアが開く音がする。露ちゃんと西牧が真っ先に玄関まで出迎えに行った。
「拓哉」
ふたりだけにして欲しいとの要望に応えて、おっさんは先に戻ってきていた。残されたふたりがいままでどんなことを話していたかは知らない。
けれども、早乙女の目からは明らかに険しさが取れていて。落ち着いていることからしても決して不愉快な時間ではなかったはずだ。
「話せてよかったと……思う」
露ちゃんが心配そうな顔で近づく。その肩を優しくたたいて。
ぎこちないが、確かに顔に笑みを浮かべて「もう大丈夫だ」と告げた。
「まだ今後のことなどは話せていない。会社をどうしていくかも、作戦のことも」
「いいよ、ゆっくりで。急に仲良くなれなんて難しいだろうし」
頑張ったな、おつかれさん。と言うと「青柳のおかげだ」と奥で二杯目の紅茶に手を付けるおっさんを見つめる。
なんでも、話を聞こうとしなかった父親を必死に説得してくれたのだという。
俺らに話した時は早乙女が暴言にじっと耐えたからだ、みたいな言い方したくせに。自分の武勇伝はあっさりカットしやがって。
でもなんにせよ和解できてよかった。
胸をなでおろしていると続けて扉が開く音がする。誰が来たのかと出迎えてみると、早乙女とは似つかない大変恰幅のいいおじさんが、大きいドアを狭そうに通り抜けているところだった。
この人が早乙女の親父さんなのかな。正直、父親のことを嫌がった早乙女の気持ちが分かる気が……いやいやいや。
俺たちの姿を目に入れるなり「私たちのことで心配をかけてしまったみたいだな、申し訳ない」と頭を下げて謝ってくる。
それに俺は慌ててそんなことないです、とおじさんの身体を支え起こした。
「私がいままでしてきたすべては拓哉のためだと思っていた。苦痛を感じていたなんて思いもしなかった。……私は周りの声をもっとよく聞いたほうがいいのかもしれないな」
眼が赤い。泣いていたというのは本当のことみたいだ。
「いろいろと取り戻さなければいけないことが多いようだ……会社に戻る。露、車を回してくれ」
「ハイ」
出迎えに来たおっさんにあらためて礼を言うと、大きな身体を頼もしく揺らしながら部屋を出ていく。
「いい親父さんじゃん」
その背中を眺めながらつぶやいた言葉に。
早乙女はうなずかなかったが、否定もしなかった。




