15-4 みんなでごはん
「できましたよ。余り野菜とコンソメの簡単なものですが」
シオンの傍若無人っぷりに憤っていると、奥のほうから露ちゃんがお盆にスープを乗せて現れる。
その匂いを嗅いだ瞬間、ぎゅるるるるとおなかが素直に歓声を上げた。なんだかんだで昼を食いそびれていたしな。テーブルにつき、ありがたくいただく。
「くうぅぅ~っ! 空きっ腹に染みるぅ」
おいしいスープを一口腹に入れると、よけいに空腹感が増してきた。それを見越したのか実羚と協力してオムライスまで作ってくれたみたいだ。具は冷凍ストックしていた鶏肉だけのケチャップご飯だと詫びを入れてくるが、十分だ。
「露ちゃん、せっかくだからオムライスにケチャップでハート書いて?」
本当は実羚に頼みたかったが、さすがに面と向かって言う勇気は出なかった。露ちゃんは着替え後もまたレースたっぷりのお洋服を着ていたので、どことなくメイドっぽい。
断られたら素直に諦めるつもりだったが、彼女は少しためらった後大きなハートを書いてくれた。書いた後で恥じらい気味に頬を染めてみせる。かわいい。たとえ年上でも見た目が子どもにしか見えないのだから、子どもとして眼福を堪能してもいいだろう。
ハートを書かなきゃケチャップをもらえないと勘違いしたのか、西牧までもが「俺にも」とハートを要求する。
そんな俺たちをシオンと律花が冷ややかに眺めていた。そりゃもう辺りにブリザードが吹き荒れそうな冷たい視線で。なんだよおまえら、ノリ悪いなぁ。
「俺にも俺にも」と食いついてきたおっさんには、俺が直々にでっかく「バカ貝」と書いてやる。前に早乙女がそう呼んでいて気になっていたのだ。顔をしかめるおっさんに早乙女が口を押さえて盛大に吹き出した。
ネットで調べてわかったのだが、バカ貝というのは昔馬鹿みたいに取れたことから名付けられた貝の名前で、別名を青柳というらしい。なんとも早乙女らしい、ひねくれたあだ名の付け方だ。
ツボに入ったのか机に伏せたまま早乙女が体を震わせる。イヤミな野郎だけどコイツもちゃんと笑うんだな。
おっさんが早乙女に対して笑い過ぎだと文句を言っているのを見て、また別の笑いが起きた。
なんかいいな、こういう空気。
おっさんも早乙女も露ちゃんも、さらに言えば西牧も最近知り合ったばかりだというのに、なじんでいる。
腹もいっぱいになり、戯れ合ったおかげでさっきまでの暗い空気が和らいでいた。
食事というのは簡単に幸福感を与えてくれるからいい。気持ちが満たされれば自然とアイデアもプラス思考になる。
証拠をつかみ損ね、殺されかけたというのに。この場の空気はどことなく暖かだった。
「そういや話戻すようで悪いけどさ、虹鉈は早乙女建設を操ろうとしてたわけ?」
せっかくいい気分になっている時に話を蒸し返すのは気が引けたが、どうしても気になっていたので早乙女に問いかける。
「ああ。かなり安い金額で工事を受注させようとしていたな」
「何でだろ。新しい工場を建てるのに早乙女建設を使いたかったのかな」
「いままでの工場は普通の部屋にガラスの仕切りと機械を取り付けただけだからな。専門的なものを作るとしたら、建設会社を手に入れておきたかったのだろう」
「なるほどね」
建物を自分たちで建てられない以上、どこかへ外注を出すことになる。
人を殺す施設をそう簡単に他社に漏らすことはできないだろう。早乙女建設なら会社の規模が大きいため、その一社を抱き込んでしまえばさまざまな施設を建てることができる。
つけっぱなしになっていたテレビは旅行番組でおいしそうな料理を紹介した後、また情報番組へ戻っていた。トップニュースとして東京ドーム爆破事件が扱われる。
いまだに生存者ゼロ。これはもう生き残りの証言は見込めないかもしれない。
椅子の背もたれに体を預けながら、嘆くようにして案を口にしてみた。
「なんか証拠さえありゃなぁ~。工場に乗り込んで製造に関わってる人を引っ張ってくるってのは?」
「却下だ。機械の設備が整っている上に、どんな相手がいるかも分からない。敵の総本山に乗り込むのは危険過ぎる」
やるならば念入りに下調べをしてからだ、とシオンにすぐさま却下される。
工場に侵入者を捕獲する仕掛けがあるかもしれない。そうなると工場以外の場所で従業員の接触を果たしたいところだが。
入り口で張るってわけにはいかないだろうなぁ。そんなふうにぶつぶつと独り言を言いながら考えていると、言葉を拾った律花が心配そうに口を挟んできた。
「ヘタに従業員を吐かせても、その人が殺される可能性があるんじゃない?」
なんてったって相手は説明会に従事した多くの人をためらいもなく殺したのだ。都合の悪い人間は容赦なく消しにかかるだろう。
「となると証言より証拠か。本人が認めてくれりゃあ楽なんだけどなー」
「虹鉈は女にだらしがないです。色仕掛けで取り入ったら案外ポロッとしゃべるかも」
食後の紅茶を入れてくれながら露ちゃんがそう教えてくれる。彼女のお気に入りだというアールグレイはふわりと花の香を漂わせテーブルを彩っていった。
「じゃあ色仕掛けで吐かせて、それをICレコーダーで録音するってのは?」
露ちゃんのアイデアにすぐさま実羚が乗っかる。彼女が用意してくれた角砂糖に誰よりも早く早乙女が手を伸ばし、左手で器用に三つ紅茶のなかへ落とし込んだ。くるくると糖度を増した液体をスプーンでかき混ぜ、手元の飲み物とは結びつかないクールな顔で言い放つ。
「明日、レピオス主催の立食パーティーがある。株主や取引先との親交を深めるべく定期的に開催されるのだが、そこで新しく手を出す事業の発表をするらしい。そこならば部外者でも比較的潜入しやすいだろう。露出の高いドレスを着て殺人に興味あるふりをすれば可能性はあるな」
「でも危なくねぇか?」
色仕掛けをするなら、やっぱそれなりのことをして迫らなくちゃいけないわけで……万が一個室に閉じ込められ動きを封じられてしまったらおおごとだ。ICレコーダーがバレてしまっても危険だし。
「タケトたちは自分の危険を顧みずに戦ったんでしょ? だったら私たちにも戦わせてよ」
実羚が強く言い放つ。譲るつもりのない視線に俺は気圧されてしまって、それ以上反対をすることができなかった。
他に案がないならばと色仕掛けの方向で話が進んでいく。
だが色仕掛けとなるとやっぱ、スタイルのいいほうが有効なわけで……自然と女性陣の胸に目がいってしまう。
実羚は男勝りな外見に騙されてしまいそうだが、実は結構スタイルがいい。体育の授業でしっかりチェック済みなのでそれは保証できる。
それでもやっぱ律花のほうが「ある」わけで……
「もし色仕掛けで行くなら、笹生が一番適役なのではないか」
シオンも同意見なのか。色仕掛けの候補として律花を推してくる。それもそうなんだけど……
「いや、露ちゃんも結構ある」
「何でそんなこと健人が知ってるのよ」
ダークホースとして露ちゃんの名前を挙げると、律花が不機嫌そうに胸元を隠して問いかけてきた。あ、やべ。胸のこと言ってるってバレた。
慌ててどうごまかそうかと頭を巡らせていると、シオンがあっさりと露ちゃんを推す根拠となった事柄を暴露した。
「ああ、そういえばおまえ。わしづかみしていたな」
ガタンと椅子が鳴る。
「いや、だからあれはしょうがなく……って、律花怖ぇよ!!」
立ち上がり、険悪な顔でこちらを睨みつける。怒りで彼女の髪が舞い上がっているようにも見えた。焦る俺に露ちゃんが冷たい視線を向けて言い放つ。
「私は顔が割れているので無理です。向こうも私を中学生だと思っていますし」
あ。ってことは本当に中学生じゃないんだ。いまいちまだ信じきれなかったんだけど。
露ちゃんは早乙女と一緒に死んだと思われてなければいけないため、色仕掛け作戦には参加することができない。普段ロリータを着ている子がセクシーな服を着るっての、意外性があってグっとくると思ったんだけどな。
そうなるとやっぱ律花にやってもらうしかないかなぁ。
よけいなことを言うなとこっそりシオンの足をたたいていると「私がやるよ!」と勢いよく実羚が手を挙げた。
「律花が、たとえ手だけでも触られるの嫌だもん。私がやる」
「……相手は、人殺し。危険」
いままでほとんど言葉を発しなかった西牧が心配そうにつぶやく。
「だったらなおさらだよ。律花にやらせるわけにはいかない。律花になにかあったら私、一生後悔する」
強く拳を握りしめて言う。律花が大好きと普段から口にしている彼女だ。譲るつもりもないのだろう。
けれども、彼女たちになにかあったら一生後悔するというのは俺も同じなわけで……
「いや、実羚達を危ない目に遭わせたくない。俺がなんとかする」
決意を固めてそう言い放つと、おおっと小さくその場がざわめいた。
「するのか、女装」
「しねぇよ! 色仕掛けじゃない方法思いついたんだ!」
そう答えるとみんなして「なんだ……」と期待が外れたような顔をする。……おい。
「健人さんの女装、似合うと思うのに……」
露ちゃんが心底残念そうな声でつぶやく。
「小さいし、あっさりした顔だから化粧栄えるとおもうよ?」
「小さいってゆーな」
実羚までがっかりした顔で俺が女装したらかわいくなると力説し始める。
おまえら、最初の目的からそれてねぇか?
「でも健人だと万が一の時に逃げられないんじゃない? 力弱いし、魔法もそんなだし。そうなったら逆上した虹鉈に最後まで……」
「おっぞましい想像してんじゃねぇよ!! しねぇっつってんだろが女装なんて!!」
口元に手を当て、律花が本気で青ざめる。一体どこまで想像したんだ。
つーか力弱いし魔法もそんなって、おまえそんなふうに俺を見てたのかよ。泣くぞ。
「要するに人を殺しているっていう言質が取れればいいんだろ?」
このままだと本気で女装させられかねないのでさっさと本題に戻す。
「どうする気だ?」
「簡単な事さ」
心配そうに俺を見上げるシオンに、ニヤリと笑みで答える。
「本人が言いたくなるよう、仕向ければいい」