15-3 友達と正義
「刑務所での殺人は? 東京だけじゃなく他の県でも受刑者数が減ってたけど」
おっさんにお願いして、分析した表データを出してもらう。早乙女は「こんなことまで突き止めていたのか」と素直に驚きを表していた。
「魔法使いを収容している四カ所と、医療刑務所二カ所で受刑者を仕入れて瓶の材料にしていた。虹鉈は絶対に気づかれないと自信を持っていたのに。さすがだな」
「……お褒めいただき、ありがとよ」
おっさんが苦い顔で吐き捨てる。俺も早乙女の言い方に眉を顰めることしかできなかった。
受刑者を「仕入れる」って。人の命を物としか扱わない言い方に、不快感を覚えるのは当然だろう。俺たちの様子には気づかず、どのようにして受刑者を瓶にしていたのか早乙女が説明を続ける。
狙いは、魔法使いが同時収容されている刑務所だ。
目をつけた魔法使いに面談を申し込み、出所後にうちで働かないかと誘いをかける。その際、魔法粒子をほんの少し持ち込み、刑務官に見つからないよう取り引きを持ちかけるのだという。
「刑務所で気づかれないように、他の受刑者を虫の息まで殺しかけろ、と。喉をつぶし、しゃべれなくさせて瀕死の状態まで。病院に緊急搬送されるように。半殺しにした人数に応じて、仮釈放時に手厚い保証をしてやる、とな」
気づかれないように半殺しにするというのは普通なら難しいが、魔法を使えば可能だ。魔法使いには仮病を装ってもらい、定期的に各刑務所に設置されている診察室に来てもらう。そこで処方するカプセルのひとつに、こっそり魔法粒子を詰めて渡すのだという。
レピオスと関わりの深い病院は、それぞれ近くにある刑務所と提携していて。救急搬送された受刑者を病院で殺し、瓶に詰める流れだという。
「魔法が使えれば刑務所内での生活が楽になり、殺した相手の備品も奪える。利点が多いから率先して協力してくれた。……出所後はそのまま、自分が瓶の材料になるとは知らずにな」
随分とあくどい計画だ。人間性を疑う。
怒りに歯を噛みしめていると、後ろからシオンに肩をたたかれた。いまは話を進めるのが先決だとばかりに、状況の整理を続ける。
「病院と区役所。組織ぐるみで関わっているのはそのふたつだけだな?」
「ああ。だが区役所の人間は今回の件で全員切ったようだ。病院も選別に深く関わっているのは一部でしかない。レピオス自体、トップの経営陣と瓶工場の『特殊課』しか粒子の秘密を知らないだろう」
「個人レベルで関わっているのは、各刑務所で声をかけた魔法使い。私と拓哉。あと、会田秕吹という元政治家ぐらいですね」
早乙女の言葉を露ちゃんが繋げる。
敵の全体像が見えてきた。虹鉈が慎重派のおかげで、思っていたよりも規模は小さそうだ。
「会田って、厚生労働省の元大臣じゃねぇか」
おっさんが驚きながら言う。俺は最近テレビで見た閣僚たちを脳内で再生するが、もともと興味ないこともあって一向に思い出せなかった。
「んなひと居たっけ?」
「俺が学生の頃だな。裏金問題が発覚してかなり派手に辞職してたぜ」
子育て税と遺伝子法案の成案に関わった、ベビーブームの立役者だという。
同性同士が結婚して子どもが産めるようになったのは、遺伝子操作で受精卵を弄っていいとされてからだ。これにより同性同士の夫婦が増えただけでなく人工授精の成功確率が上がり、いままでの不妊治療では子どもができなかった夫婦も子どもを授かることができるようになった。
もちろん、人口増加は国力を上げるのに必要なわけで。決して悪いことではないのだけれども。
「結構前から、会田は魔法粒子の秘密に気づいていたってこと?」
「ああ。始めに気づいたのは当時病院を経営していたレピオスの先代社長で、それを元に瓶の製造会社を創立した。そのときに副社長を務めていたのが、会田らしい」
創業当時のレピオスは、病院など死者が出やすい施設の近くに工場を建て、効率をよくするだけで。人殺しに手は染めていなかったという。
それでも、会社の業績はうなぎ登りで。会田は副社長の立場を使い、政治献金を重ねて政治家へと成り上がった。
人を殺すようになったのは、二代目社長である虹鉈が継いでからだ。
13年間、誰にも気づかれずに人を殺し、事業を拡大し続けてきた。
「分解葬場の近くに建てなかったのは何で? そっちのほうが効率良さそうだけど」
「魔法粒子の材料が命だとバレるのを避けるためです。粒子瓶を忌む風潮が広まれば売り上げが落ちますから。分解葬場じゃ、あからさますぎますし」
早乙女の代わりに露ちゃんが答えてくれる。早乙女はうなずいてから、さらに説明を重ねた。
「それに、分解葬では微生物が粒子を消費してしまい、効率よく取ることができないからな。殺した奴らは工場へ運び、専用の腐敗室で処理をする」
「え、分解葬だから日本の魔法粒子量が他国より多いんじゃないの?」
西牧の話では分解葬が一番魔法粒子が出ると言っていた。予想は外れていたのだろうか。
「土葬や火葬に比べたらな。一番はなにもせずそのまま腐敗させることだ。レピオスの工場ではガラスで仕切った部屋に死体を投げ入れ、そのまま腐敗させていた。悪臭が酷くてとても長居できるものじゃなかったが」
うぇっ。うっかり想像してしまい、身の毛がよだつ。
それは他のみんなも同じだったのか、各々が顔をしかめて寒そうに腕をさすっていた。実羚なんかは口元を覆い泣きそうになっている。女の子に聞かせる話じゃないだろうに。真っ青になっているシオンと西牧の間で、平然とした顔をしている律花は見なかったことにしてもだ。
「会田が政治を使って人口を増やそうとした理由は、将来粒子が足りなくなったら人を殺せばいいという安全策からなのかしら?」
「僕は会田とは面識がないから確かではないが、前に虹鉈が人口増加の利点を説いていた。単純に人が増えれば犯罪も増える。悪人を材料にするほうが抵抗がないだろう?」
平然としている律花が疑問を投げかける。返された答えに、俺は顔をしかめることしかできなかった。
粒子瓶の工場では情報漏洩を防ぐため、一部の限られた人間のみが瓶の製造業務に関わるのだという。そういった人たちの心理負担を和らげるためにも、悪人は都合がいいのだと。
ちょっと前までは俺も悪人は死んでもいいとか考えてたけどさぁ。人殺しを仕事の一部として取り入れちまうってのはどーなの。精神おかしくなんないんだろうか。
もちろん、なかには非人道的だと言って製造に関わるのを拒否する人もいるらしい。
そんな相手には通常より多くの金を渡したり、家族を瓶にするぞと脅したりして、言うことを聞かせているのだそうだ。
「金と脅迫。そのふたつで人は自由に操れる。……虹鉈は常々、そう口にしていたな」
酷い野郎だ。
絶対にとっちめて、ブタ箱に送ってやらないと気が済まない。
「会田という男は、いまでも政治的力を持っているのか?」
「昔は裏工作で力を持っていたみたいですが、いまはただの老人ですよ。会田から虹鉈にかかってくる電話は、ほとんどが金の無心でしたから。最近は無視していました。虹鉈も、自分が電話かけたときに相手が出ないと馬鹿みたいに大騒ぎするくせに毎回毎回ぐちぐちと。周りの営業がみな嫌がって居留守使ってるってことにいい加減気づけってんです!」
相当腹を立てているのか、そんなふうに露ちゃんが愚痴り始める。それに俺たちは苦笑を返すことしかできなかった。
「露ちゃん、しばらく虹鉈の近くにいたの?」
俺が問いかけると待ってましたとばかりにまくしたててくる。
「あの男が私を気に入って、秘書として四六時中側にいさせたんですよ! 昼間は学校があるとうそついて逃げたけれど、四時以降はずっと! 自分の知ってることばっか何度も同じ話をして人のことを見下して。土曜日なんかもう地獄でしたよ!」
バンバンと机の端をたたきながら強い口調で罵る。よくそれだけ悪口の種類をひねり出せるものだと感心するほど多彩な語彙で虹鉈のことをこき下ろした。
「た、大変だったね」
自分の知ってることだけ話して他人を見下すってことは、おそらく知識コンプレックスなんだろうなぁ。そういう相手は知識人との会話を避け、自分より学の低い相手、おとなしく話を聞いてくれて自分を称えてくれる人を欲する。
見た目が中学生の露ちゃんは格好の餌食だったに違いない。
「拓哉が虹鉈と手を組まなければ、あんな目に遭わずに済んだのに」
恨みがましい目でじとりと睨みつける。それに早乙女は気まずそうに目をそらすと「一息入れよう。朝からなにも食べていないから、いい加減空腹だ」と話題をずらして逃げた。
しぶしぶと露ちゃんがそれに従う。簡単なものしか作れませんからね、とぶっきらぼうに言い捨てると、足音荒く台所へ消えていった。「手伝うよ!」と声を上げて実羚が後に続く。
とりあえずこれで上がってしまった怒りのボルテージを下げることができるだろう。
一通り聞いた話からすると、敵はそんなに居ないようで安心した。早乙女という情報源を得たのだから、これを切っ掛けになんとかしてレピオスを追い詰めたいところだけど。
「それにしても拓ちゃんよぉ、何であんな奴と手を組む気になったんだ」
おっさんが椅子に深く腰かけ直しながらため息混じりに問いかける。俺と話してるときは他人行儀に「早乙女」って呼ぶくせに。普段から拓ちゃんって呼んでるのか、それともからかうとき限定でそう呼ぶのか。俺も拓ちゃんって呼んだら早乙女嫌がるかな?
「僕だって手を組みたかったわけではない。奴が父をそそのかし、うちの会社をいいように操ろうとしていたんだ。不利な契約を破棄する条件として、僕の協力を求められた。まぁ、悪人を退治するのには賛成だったからな」
会社のために仕方なくだ、と腕を堅く組む。
確か早乙女建設だっけ? 不利な契約破棄の対価だなんて、なんだかきな臭い。複雑な事情はわからないが、とりあえず進んで協力したわけではなさそうだ。
「青柳も不正受給者が減って助かっただろう?」
「確かに仕事量は減ったがな。死亡手続きをするたびに気分が悪かった。あのまま続けてたら鬱病にでもなっちまいそうだぜ」
たとえ知らない奴でも人が死ぬってのは後味悪ぃ、と苦い顔で吐き捨てる。
感謝しろとばかりに誇りながら言った早乙女は、そのおっさんの表情に組んでいた腕を解き、不機嫌そうに眉をひそめた。
「人殺しは、よくない」
ずっと黙っていた西牧が、早乙女に向かってまっすぐ言う。
「なにが理由でも、殺すのは、違う。正義じゃ、ない」
「……なんか、既視感のある会話ね」
「触れないでくれ」
近くに座っていた律花にそう茶化される。俺はきまり悪く視線をそらすことしかできなかった。なおも続けられる西牧の説得が耳に痛い。
たどたどしくも必死に紡がれた言葉は、早乙女の心を打ったみたいだ。すまない、と謝ったあと。もう早まった行動には出ないと約束してくれる。
とりあえずこれで、早乙女が暴走する可能性はなくなったようだ。
ふたりのやりとりをじっと見守っていたおっさんが、落ち込んで下を向く早乙女の肩を豪快にたたく。
「間違いを犯す人間ってのは、大抵が回りの意見を聞けなかった奴だ。自分の非を認められるならもう大丈夫だろ。懲りたなら、今後なにかあったら俺に相談しろよ?」
「俺も相談、乗る!」
西牧にしては珍しくおっさんのセリフを食い気味に発言する。
その必死さが面白くて、ほとんど同時に俺とおっさんが吹き出した。
相談相手の立場は譲りたくなかったのか。西牧にとっては小さい頃からずっと探してた大切な友人だもんな。
「西牧のほうが話しやすいだろうからな。それでも解決しなかったら俺のとこへ来いや。早乙女だけじゃなく、健人も西牧も王子も、それから律花ちゃんも。困ったことがあったらなんでも相談にのるからな」
胸を張り、笑うおっさんが頼もしく感じる。
相談なんていままで姉ちゃん以外の誰にもしたことがなかったけれど、人が違えば考えも違うんだ。ひとりで悩むよりいろんな人に相談したほうが納得がいく答えが見つけ出せるだろう。
人に弱みを見せるのを極端に嫌う俺だけど……ちょっとぐらいなら頼ってもいいかな。
そんなふうに考えながら西牧をからかうおっさんを眺めていると、横からまっすぐ貫くような視線に気がついた。
「……なんだよ?」
「おまえ、この前俺が言ったこと忘れていないだろうな」
目を眇めながらシオンが質問に質問で返す。椅子に乗せた指が忙しなく背もたれをたたいていた。
「この前言ったこと? なんだっけ……いてっ!」
なんのことか分からずに聞き返すと問答無用で頭をはたかれる。
おまえ、この前から遠慮もなくポカスカと。一回たたかれるごとに脳細胞って死んでいくんだぜ? 俺が馬鹿になったらどうしてくれる。
「おまえはなにかあったらすぐ俺に相談しろ。その記憶力では他人に説明するときに齟齬が生じるかもしれないからな。人に迷惑をかける前に俺に話すと、そのゆるゆるの脳みそに刻み込んでおけ」
なんだよその言い方。ちょっと思い出せなかったぐらいでそんなに言わなくてもよくね?
むっとして睨みつけていると、おっさんが耐えきれないとばかりにデカい笑い声を上げる。
「なんだぁ? 王子も西牧と一緒じゃねぇか。大変だなぁ!」
カラカラと豪快に笑い飛ばす。
西牧と一緒って全然違ぇじゃん。西牧は優しいけどコイツは傍若無人でまったく優しくない。シオンのSはドエスのSだ。ちょっとは名字のMっ気でも出したらどうだ。