15-1 合法ロリ
「うへぇ~っ! こんなとこ住んでんのかよ?!」
妙に振動の少ない黒塗りの車に乗り込んで30分ほど。
俺たちが案内された部屋はテレビでしか見たことがないような、何部屋あるか分からない、恐ろしい広さの空間だった。
「存在自体が憎らしいと感じたの、シオン以来だ」
「おい」
眉をひそめてにらむシオンを無視して、きょろきょろといたるところに視線を向ける。イケメンもこーゆー生まれながらの金持ちも憎らしいと思うのは、平民代表として素直な心情だろう。
「おまえらも泥だらけで気持ち悪いだろう。風呂を貸してやる。女性陣は悪いがしばらく待っていてくれ」
なんでコイツはこう、いちいち言い方がムカつくのかね。
そういえばシオンも最初はムカついてしょうがない奴だったな。しゃべり方といい、生まれながらにしていろいろと恵まれていることといい、こいつらちょっと似てるかもしれない。腹が立ったが申し出自体はありがたいので素直に好意に甘える。
案内された奥の部屋は高そうな調度品に交じってふわっふわのソファーが設置されていて。汚しても構わないとの事だったので、ふわふわマニアの俺はすっかりそのソファーの虜になった。風呂は広さはあるが、わざわざ男同士で一緒に入ることもないだろうと順番に使うことにする。
露ちゃんは別フロアに部屋があるらしく、そちらで入ってから合流するらしい。下の階は普通のマンションだと言っていたが、それでも一般家庭より高級だろう。
露ちゃん言葉遣いとかも丁寧だもんな。いいとこのお嬢さんなんだろう。それをあんな危険な目に遭わせやがって、早乙女め。
俺の恨みがましい視線に気づくことなく、家主という理由で最初に早乙女が風呂に入る。次に一番汚れが酷い西牧。ソファーから離れたくない俺が順番を譲ったので、次がシオンで最後が俺だ。
「あれ、おっさんも風呂借りんの?」
女性陣と一緒に居たはずのおっさんまで「おじゃますんぜ」とやってきたので、疑問に思って聞き返す。
「若い女の子の会話におじさんが交じるのは気まずいんだよ。避難させてくれ」
普通はめったにない機会だと喜ぶだろうに。奥さんに怒られるとか? とからかって聞いたら独身だということが判明した。この年で独身だと周りからいろいろ言われるんだろうなぁ。すっかりおっさんの話に夢中になり、ケラケラと笑い声を上げる。
「上がったぞ。次は康太が入れ」
タオルを片手に早乙女が不機嫌そうに戻ってきた。いつの間にか話に加わってるおっさんを鋭い目で睨みつける。
その不躾な視線に、睨まれたおっさんも笑みを引っ込めて「なんだよ?」と不満そうに返した。
空気が険悪になりそうだったので、流れを変えるべく早乙女に話しかける。
「そういえば露ちゃんが早乙女のこと弟みたいだって言ってたぜ。あんな小さな子に弟扱いされるなんて、どんだけ心配かけてんだよ」
からかい口調で言ってやれば、早乙女はなにを言っているんだとばかりに目をパチパチと瞬かせた。
そしてため息混じりにとある爆弾発言をする。
「露はああ見えて24だ。弟と言われてもなにも問題ないと思うが」
「……へ?」
聞き間違いか? 早乙女のほうを向き直り、もう一度聞き返す。
「露ちゃん、いくつだって?」
「24だ。僕より年上だぞ」
「うそだろっ?!」
さすがにおっさんもシオンも目を丸くしている。どう見たって中学生にしか見えないのに。若作りも程があるんじゃねぇ?
「アレのメイクは凄いぞ。化粧を始めたら一時間は部屋から出てこない」
確かに胸は中学生とは思えないくらいに育っていたが……それにしても信じられない。
「なるほど、合法ロリか。レアだな」
「生々しいからそーゆーこと言わないでくれっかな、おっさん」
なんでも、魔法を教えてくれた先生が露ちゃんのお父さんだったらしく、小さい頃からずっと一緒に居たらしい。
もしかして露ちゃんが奪ってしまった友達って西牧の事だったりするのかな。だとしたならばこうして西牧と再会できたことで彼女の胸の負担を少しでも軽くできたらいいのだが。
いまは早乙女社長の秘書として働いているらしい。料理ができない早乙女親子の代わりに露ちゃんが家政婦代わりに家事をいろいろこなしてくれるのだという。ほぼ同棲状態だ。あんなかわいい子と四六時中一緒だなんて。下世話かもしれないが一応聞いてみる。
「一緒に暮らしてたら変な気湧いちゃったりしねぇ?」
「ないな。アイツの趣味だけは理解できない」
うんざりした顔でため息をつく。
あのロリータのことかな。露ちゃんに合っててかわいいと思うんだけど。
あ、年上なら露さんって呼ぶべきなのかな? でもいまさら呼び方を変えるのもそれはそれで失礼な気がするから複雑だ。彼女から直接歳のことを言われないかぎり、しらばっくれてたほうがいいかもしれない。
「……いい湯、だった。ありがとう」
西牧がぬっと現れる。それにシオンが入れ替わるように風呂場へと向かって。
西牧と早乙女が同じソファーに腰かけ、ぽつりぽつりと会話を始める。
途中「たっくん」なんてかわいい呼び方をした西牧に、顔を赤らめながらヤメロと嫌がる早乙女が見れたりして。聞き耳を立てるつもりはないがついついふたりの会話を気にしてしまう。
「再会できてよかったな、あのふたり」
「ああ」
俺の感想におっさんが感慨深げに目を細める。早乙女に友達が居ないことを気にしていたからな。俺も西牧がいつになく自分から楽しそうに話しかけているので、ほほえましい気持ちになりながら、ぎこちない会話を見守っていた。
しばらくの後、水に濡れた犬のように髪の毛がペタンと張り付いたシオンが出てくる。早乙女に服を借りた後、ありがたくシャワーを貸してもらった。
西牧とシオンは、唯一汚れていなかったおっさんに服を買ってもらっていたが、俺は体格が近いから早乙女の服を借りることにした。別にこだわりはないし、着ていないのがあるというのならありがたくお言葉に甘えさせてもらう。
白いシャツにチノパン。着る人を選ばない無難な服に安心して袖を通すが、コレは……。
着替え終えた俺を見て、ドライヤーで髪を乾かしていたシオンが不思議そうにジロジロと見てくる。
「おまえ、身長いくつだ?」
「聞くな」
今日履いていた靴が少し身長を盛ることができるブーツだったのを忘れていた。早乙女との身長差はそんなにないと思ったが、ブーツで引き起こされる錯覚だったらしい。
少しゆとりのあるチノパンと白シャツだったこともあって、よけいにでかく思えた。腕と裾があまり、端っこを折り返す。中途半端に折り返してもあれなので、そのまま巻き上げて七分丈のシャツとパンツにしてしまう。このほうが春っぽくていいだろう。
部屋にはシオン以外誰も居なかった。ドライヤーを向けられるが別に自然乾燥で十分だ。辞退してタオルでガシガシと髪を拭う。
あんまり実羚たちを待たせても悪いし。身長を小さく見積もってきたシオンに思わず正しい身長を答えてしまいながら、皆が集まるリビングへ向かう。
和やかに話してた俺たちとは対象に、そこは重い空気で満たされていた。
「あれ、おっさんと早乙女は?」
気づけば露ちゃんの姿もない。パーティーでも開けそうな長机の上に乗った紅茶を握りしめながら西牧が俯いている。実羚と律花も会話を交わすことなく、ただつけっぱなしになっていたテレビの音だけが流れていた。
「自首しに行ったわ。露子ちゃんも一緒に」
「自首?! 何で?」
「話してて、そうなった……レピオスの悪事、止めるには。加担した自分、自首するのが、一番早い……」
確かにこれだけ情況証拠がそろっているのだ。実行犯がすべてを警察に打ち明ければ、レピオスがしてきた悪事が白日の下に晒される。
「青柳さんは付き添いで、一緒に行ってくれてるよ」
実羚も心配そうに視線を落とす。西牧が強く握りしめたティーカップが、ソーサーにぶつかって鈍い音をたてた。
やっと長年探していた友人と会えたのに、いきなり離ればなれになるなんて。彼のショックは相当なものだろう。
「……大丈夫かな、早乙女」
たとえ俺たちが阻止したとはいえ、大量殺人を犯そうとしていたんだ。ましてや魔法を使って……。
魔法を用いた犯罪というのは普通より罰が厳しくなっている。悪質な分、見せしめの意味も含まれているのだろう。たとえ未遂でも相当な罰を科せられるわけで……
嫌な奴ではあるけれど、虹鉈に唆されたということもあって心配になる。
「ダメじゃないかしら」
「え?」
律花がポソリとつぶやくと同時に玄関の扉が開く。そこには難しい顔をしたおっさんと早乙女、露ちゃんの三人が立っていた。
「早乙女! おまえ大丈夫なのかよ?」
こうして戻って来たということはすぐ拘束されるような重い罪ではなかったのだろうか。それにしては顔が暗い。まさか荷物をまとめてこれから拘置所に送られるんじゃ……
「信じてもらえなかった」
「……は?」
うまく聞き取れなくて問い返せば、いらだたしげに吐き捨てられる。
「信じて、もらえなかったんだ」
ギリリと歯を噛み締めて呻る。後ろに立つおっさんも苦虫を噛み潰したかのような渋い顔をしていた。え、一体どういうこと?
「これのせいじゃないかしら」
律花がテレビを指さす。そこには『脱獄犯による無差別殺人! 東京ドーム爆破!』と毒々しい字で右上にテロップが出され、アナウンサーが瓦礫と化した東京ドームから現場リポートを送っていた。
「実行犯側に魔法使いの脱獄犯が交ざっていたらしい。相当暴れてきた奴らしく……最初の僕の魔法も、その脱獄犯がやったと思われている。逆に僕じゃ報道されているような規模の魔法は使えないだろうと言われて……」
「その場で再現しようとした拓哉を止めて、こうしておとなしく帰ってきたわけです」
その場で再現って、あの馬鹿でかい氷の魔法を出そうとしたのかよ。ふてくされる早乙女を見て思わず乾いた笑いが漏れる。
「馬鹿な。俺たち以外にもそんな強力な魔法使いが居たのか?」
シオンの疑問にタイミングよく脱獄犯の顔写真がテレビに映し出される。糸のような細い目に頬に大きく入った傷跡。それは髪の長さこそ違うが確かに見覚えのある顔だった。
「あ、コイツ俺が倒した奴だ」
もうひとりの脱獄犯だという奴も首を絞めてきたあのガタイのいい男だ。コイツら笹徳事件の犯人だったんだ。すっかり存在を忘れていた。
「よくおまえで勝てたな。前科がいくつもある相当な魔法使いだというぞ」
確かにかなりの使い手だった。だけども俺は普段からこの常識はずれな男の魔法を間近で見ているわけで。
「シオンと比べりゃ全然だし。偶然相手より俺の魔法のほうが早く発動したんだ」
普通にやりあっていたらまず勝てなかっただろう。運良く相手の魔法粒子を使うことができたから、いつもより強い魔法を使えたわけで。いまさらながら殺されなくてよかったと思う。
「でも危なかったぜー? 首絞められて機械の前まで連れてかれてさぁ。もーちょっとで瓶の材料にされるとこだった……いてっ!」
後ろからはたかれる。そのままシャツの両肩部分を握られて、シオンのほうに向き直させられた。
「なぜ助けを求めなかった?!」
「助けに来れる状況じゃなかっただろが!!」
俺とおっさんは避難誘導のみで、魔法使いがいたらすべて西牧とシオンでやっつける予定だったが。
早乙女と露ちゃんにかかりっきりでふたりは動けなかったのだ。助けを求められてたら真っ先にやってるっつーの。
「松岡くん分かったでしょ? 今度なにかあったら絶対に健人じゃなく私を連れていって頂戴」
「……検討しておく」
律花がほおづえをつきながら言った言葉にシオンが呻くように答える。
なんだよ。確かに危なかったけど結果オーライだからべつにいいじゃんか、なぁ?




