14-5 やむを得ない合理的手段
「皆無事か」
もうもうと立ち込める砂埃と熱風に喉をやられながらも、大丈夫だと声をかける。
痛む目をこすりながら凝らすと、シオンと西牧と早乙女が、俺と露ちゃんを囲むようにして外向きにしゃがみこんでいた。三人とも魔法発動時のポーズのまま真正面を睨みつけている。彼らでとっさに防護膜を張り、爆風を防いだみたいだ。
互いの無事を確認すると、発動していた魔法を解く。周りを見ると、風や氷の壁を貫くように瓦礫が刺さっていた。
もし三人が魔法を使わなかったら、それは容赦なく俺らに降り注いでいたわけで……ぞっと背筋が冷える。
「東京ドームで良かったな……普通の建物だったら生きてはいられなかっただろう」
体に降り積もった粉塵を払いながらシオンが言う。
ドームは気圧差で天井をふくらませているため、建物の上のほうは布とワイヤーでできていた。普通の建物だったら天井が落ちて、問答無用でぺしゃんこだろう。
まあ、この状態も魔法力の強い三人が何十にも防護膜を張って、炎や爆風から守ってくれたからだけど。
俺ら五人をギリギリ守る範囲で魔法を使ったのか、瓦礫が大きめのかまくらを思わせる構造で積み上がっていた。四畳の部屋くらいの空間は、小さく空気は通すものの、人が通り抜けられそうな隙間は見当たらない。
「閉じ込められたな。くそ、虹鉈め……最初から僕も殺す気だったな」
苦々しげに早乙女が吐き捨てる。あんな見るからに悪そうな奴信じるからだ。
早乙女にはいろいろと文句を言ってやりたかったが、いまはそれよりもここから脱出するほうが先だろう。
「これをなんとかすれば出れるんじゃ……うわっち!!」
かまくらの一部を構成しているガラスに手を当て、慌てて離す。
見た目では気づけないが物凄い熱を持っていた。さっきの爆発の熱風か、西牧の炎で熱せられたのだろう。
「強化ガラスか。これは骨が折れるな」
ものは試しと西牧が側にあった瓦礫を思い切りたたきつける。しかし防音と転落防止を兼ね備えているだけあって、VIPルームの強化ガラスはびくともしなかった。
「向こう側が見えるのに出られないとはもどかしいな」
強化ガラスは周りのサッシごと落ちてきたのか、傷ひとつなく真四角のままだ。どっかひとつでも傷ついていてくれれば楽だったのにな。
携帯を確認するが、電波が通じなかった。周りの人たちがみな電話をかけて、電波の奪い合いが起きているのか。もしかしたらドーム横にあった基地局のアンテナまで吹き飛ばされたのかもしれない。
「おっさんが無事ならレスキューとか呼んでくれると思うんだけど」
彼には集まった人たちの避難と、その後の対応をお願いしてある。参加者とともに安全な所まで逃げているはずだ。
頼むからこの爆発に巻き込まれたりしないでくれよ、おっさん!
「青柳さんが気づいてくれるまで、この瓦礫が持つかどうかも疑問だな」
一体いくつ爆弾をしかけたのか、飛び散った破片の数は異様とも言えるほどだった。遠くで地響きとともになにかが崩れる音がする。ここもいつ崩れるか分からない。
「魔法で一気に吹き飛ばせないかな?」
「無理だ。粒子の数が少なすぎる」
火葬のときに一緒に燃えてしまうと西牧が言ったとおり、魔法粒子の数は爆風によって随分と減ってしまったみたいだ。その前にも激しい魔法の打ち合いで大分量を消費していたしな。
わずかな光が差し込むだけの薄暗い空間に、重い空気が立ち込める。試しに瓦礫を押してみたが、上や裏にも堆積しているのか、びくともしなかった。
……これまずくね? 不安に心拍数が自然と増していく。
「おいおまえ、さっき康太に投げた粒子瓶はもうないのか?」
早乙女におまえ呼ばわりされてムっとしながらもちゃんと答える。
「ねぇよ。さっきのだって貴重な一本だったんだ」
あのピンク髪の男が残してくれたもの。目先の大量虐殺を防げたとはいえ、このままだとまだレピオスの殺人は続いていくだろう。仇を取るというのなら、ここから抜けだしてあの虹鉈って奴をぶっとばしてやる必要がある。
「粒子さえあればなんとかできたものを……」
場を沈黙が占める。各々が視線を下に向け、悔しそうに唇を噛み締めたりこぶしを握ったりする。俺が立てた微かとな足音でさえ大きく響いて聞こえた。
そんな中、ひとり露ちゃんだけが自然体だった。ふわふわのスカートを揺らしながら、ゆっくりと立ちあがる。
彼女の背中はこんな絶望の中でも、強い意志を持ったかのようにピンと伸ばされていた。
「……魔法粒子なんて、いくらでも作れるのですよ」
「っ?! 待て、露……!!」
早乙女がいままで聞いたことのないような焦った声を上げる。隠し持っていたのか、ガラスの破片が彼女のちいさな手の中で鋭く光った。
露ちゃんは軽くほほえむと、切っ先を自らの喉に向けて……
早乙女の悲鳴が上がるよりも早く。
あらかじめ露ちゃんの背後に陣取っていた俺は、躊躇うことなく彼女の胸へ手を伸ばした。
むぎゅ。
「……?! ひゃ……」
お、意外とある。中学生のくせにけしからん。見かけによらずちゃんと育っているようだ。
背後から抱きしめるような形でさらに指に力を入れ、両手で揉みしだく。
「ひゃわ、ひゃあぁ~っ?!」
憐れなほど狼狽し、悲鳴を上げる。彼女が怯んだ隙をみてガラスを指から抜き取った。
唯一の凶器を奪われた彼女は胸を押さえ、涙目になりながら壁の隅のほうへと退避する。
その顔は死を覚悟した人間のものではなく、完全に乙女の顔だ。安心して手元のガラスを床へ落とし、踵で踏み砕いてバラバラにする。
「そーゆーのはやめにしよーぜ?」
閉じ込められた時点で誰かがこのような思考に陥るだろうと予想していた。特に早乙女を強く案じていた彼女ならば、と。
女の子を怯ませるなら予想外の行動に出たほうがいい。これぞまさしく一石二鳥……いや、あくまで彼女のためのやむ終えない行動だ。あくまでな。
「誰かの犠牲で成り立つ幸せなんて、そんなの俺嫌だよ。たとえ助かっても絶対後悔する。ここまで来たら全員一緒に生きて帰ろうぜ」
俺の言葉に周りが息をのむ。
魔法粒子が命だと知っていれば、誰もが一度は考えることだろう。暗い空気を跳ね飛ばすように、俺はわざとニッと笑顔を浮かべた。
つられてシオンがため息混じりに苦笑を漏らす。
「とても女性の胸をわしづかみした奴のセリフとは思えないな」
「しょーがないだろ! たとえ手を押さえても本人死のうとしてたら舌噛んだりされちゃうんだから。一発で死ぬ気なくなる強烈なのやんねぇと」
「そこまで考えての行動だったのか」
なるほど、と酷くまじめな顔で早乙女がうなずく。……あ、いやあの、参考とかにはしないほうがいいと思いますよ?
「だがどうする? このままだと建物ごと潰されるぞ」
口元を覆ったり手を組んでみたりと、各々のポーズで皆が悩み始める。しかし誰も言葉を発せず押し黙ってしまった。露ちゃんだけは納得できないのか、俺のほうをいまだに鋭い目で睨み続けているけど。
ありゃりゃ、嫌われちゃったかなー? でもまぁ、目の前で死なれるよりはるかにマシだろ。
「みんなお手上げ? なにもいい案ない?」
「この粒子量じゃとてもガラスを破壊できるような威力はだせないだろうな」
暗い顔でシオンが言う。魔法粒子を感じることができるからこそ、絶望的な状況だと思えてしまうらしい。
少し緊張する。失敗したらその残り少ない粒子さえ使い果たして、完璧手詰まりになるかもしれない。
けれどこのまま助けを待つしか方法がないというのなら、諦めずにやってみたかった。
「あのさ、誰もいい案ないならちょっと試したいことがあるんだけど、いい?」