14-3 認めたくない敵
現れた姿にさすがのシオンも動揺を隠せないようだった。ゆっくりと少女に向き直る。
俺は状況が理解できなくて、感情のままに叫んだ。
「露ちゃん! なにしてるんだよ?! 何でこんなとこに……!」
激しい魔法を撃ち交わす西牧と早乙女を背にするようにして、彼女が険しい顔でこちらを睨んでいた。
「こっちが聞きたいですよ。もう11時です。あの場所に居れば巻き込まれないと思ったのに」
どうやら考えていたことが同じだったようだ。彼女も約束を守るつもりがなかったとは。結んだ小指がチリリと痛む。
「こっちへおいで! ここは危ないから早く逃げるんだ」
手を伸ばし駆け寄ろうとする俺の肩をシオンがつかんで制する。
わかってるよ、露ちゃんは早乙女を助けるように魔法を放った。向こうの仲間である可能性が高い。
でもそんなの、なにかの間違いかもしれないじゃないか!
「健人さんこそ早く逃げてください。私はここにいる人たちを全員殺さなくてはいけないですから」
殺す。
彼女の口からはっきり告げられてますます動揺する。
「なんで露ちゃんがそんなことしなきゃいけないんだよ! 一緒に逃げよう? 俺が守ってあげるから」
シオンを振り切り彼女へと駆け寄る。こぶしを強く握りしめ肩を震わす彼女に、あと一歩が踏み出せなかった。
人ひとり分の間隔を空けて、手を伸ばす。
「私だってできるなら逃げたいです。でももう、これしか……」
顔を覆う。ここから見ても分かる指の震えは助けてあげたいという|庇護欲を余計に駆り立てた。
「共に堕ちるしか、道が残されていないんです!」
声を発動振動として彼女を中心に突風が吹く。俺はそれに煽られて後ろへ数歩たたらを踏む羽目になった。
「説得は無理のようだな」
転びそうになる俺の背中をシオンが支えてくれる。
彼は強く俺の肩をたたくと、露ちゃんに向かって一直線に駈け出した。
「シオン!」
「大丈夫だ、傷つけはしない! それよりこれ以上犠牲者を増やすな!」
俺への指示で発した音を使って、いくつもの細い糸を露ちゃんへと伸ばす。しかし彼女は冷静に手を打ち鳴らし、炎で糸を焼き切った。
その場を離れるには未練が残ったが、意を決してドームの入り口へと走る。
事前に打ち合わせていたのは西牧とシオンで敵を撃退し、俺とおっさんで参加者を誘導する作戦だった。俺は俺の役割を果たさなくては。
露ちゃんが心配だが、あのシオンが傷つけないと言ったんだ。信じるしかないだろう。
西牧は壁に体を打ちつけたものの致命傷にはならなかったようだ。ぱぁんといつになく強く手を打ち鳴らし、天井に届くほどの炎を生み出す。
西牧が心置きなく戦えるようにするためにも、参加者をこの場からどかす必要がある。
「おっさん、11番ゲートな!」
「おう!」
途中すれ違ったおっさんに行き先を告げ、魔法の集中を始める。
案の定出入り口は中からひとりも出さないよう厳重に固められていた。
「なっ、なんだおまえ・ぬ」
先手必勝。慌てふためく男たちにポケットに忍ばせていたパチンコ玉を投げつける。
バラバラとぶつかるそれはたいしたダメージにはならず、足元に転がるだけで……それを確認してから電撃の魔法を放った。
律花のような生易しいものではなく、しっかりスタンガン級。コントロールが下手な俺は位置合わせの調整をパチンコ玉に任せて、出力だけに集中する。
それでも死なないようにコントロールすんのは大変なんだぜ? 玉と玉の間に雷が走り、中にいた男達が一斉に倒れる。気絶までは行かなくても三〇分はまともに動くことができないだろう。
扉を開け放ち、おっさんのほうを見る。気圧差のせいか強い風が俺の髪や服を靡かせた。おっさんがうなずいたのを確認するとそのまま外へ飛び出す。
会場外で見張っていたのはわずか三人。突然の扉の開閉に階段上から何事かと集まってくる。
そうそう、一カ所に集まってくれたほうがやりやすくって助かるぜ!
だんっと大きく足を踏み鳴らし、階段に氷を貼る。大慌てで降りてきた男たちは氷に足を滑らせ、面白いくらいにケツを打ちつけながら転がって来てくれた。
うわ、アイツ一番上からキレイに落ちて来やがった。痛そ~。頭を打つ奴がいなかったことにホッとしながらまたパチンコ球をまく。
「ごめんな~」
謝るように両手を真正面で縦に合わせると、その音をキッカケとして電撃を放った。ビクンビクンと体を痙攣させて男たちが面白いポーズをとり、ぐったりと地面にへばりつく。階段に張ってた氷を溶かしていっちょ上がりだ。
「こっちです、慌てないで。前の方に続いて避難をお願いします」
落ち着いた口調で、けれど迅速におっさんが参加者たちを誘導する。俺は逃げる人波を逆流しておっさんの所へと駆け寄った。
「外に出ちゃえばあとは遊園地の警備員が何とかしてくれるよね。あの真ん中で倒れてんのは?」
ゲートへ殺到する参加者たちに取り残される形で、中央でふたりほど顔を押さえてうずくまっているのが見えた。
「あっち側についてた奴だ。俺の同僚。……こんなことに加担してるとは思わなかったぜ」
ってことは魔法とか使わずに素手でふたりぶっ倒したってわけ? 意外と強ぇんだな、おっさん。
感心していると観客席上のほうでスーツを着た男たちがこちらを指さし、駆け寄ってくるのが見えた。フィールドで受付業務をこなし、いつの間にかいなくなってた職員たちだ。
「おっさん、避難誘導ひとりで大丈夫?」
「まかせとけ。無茶すんなよ!」
お互いに逆方向へと走りだす。
走りながら意識を集中し、クッションフェンスで阻まれた一段高い観客席に向かって大きくジャンプした。
踏切足で起こした振動をキッカケに、背中を押すようにして風を発生させる。吹き飛ばされるようにして飛距離を増した体は、通常なら飛び越えられない高さ二メートル程のフェンスを乗り越えた。
まるで背中に羽が生えたかのように宙を飛び、軽やかにフィールドから観客席に着地する……といきたかったが、着地時には風の保護を付けなかったため、だぁんっと威勢のいい音が響いた。その衝撃にじわりと足がしびれる。
い、痛ってぇ……! びりびりとしびれた痛みが足裏から膝までを満遍なく覆っていく。
いい案だと思ったけど、これやるときはちゃんと着地にも風のサポート付けなきゃいけないな。
涙目になってそのまま立ち尽くすが、敵はそんなの気にしてはくれない。くそったれ! 苛立ちをぶつけるようにして威嚇の炎を放つ。
西牧程の威力がない俺の炎は、簡易火炎放射器のような連なった火を吹き上げて、駆け寄ってきた男の眼前へ迫った。慌てて避けようとする鼻先を焦がすつもりでコントロールする。
手をハチャメチャに振り回してのけぞった男は、足を踏み外し観客席の椅子へと転がり落ちた。体勢が悪かったのかメタボ体形なのが悪いのか、くの字型に折れ曲がった体は座席との間に挟まれて身動きがとれなくなる。なにか知んないけどラッキー。
続く男たちも先ほどと同じようにパチンコ球を投げつけ処理していく。
ひとり、ふたり、三人。
素手では絶対に叶わないだろうが、魔法を使えば俺でも相手できる。
玉が尽きた後は大きめの氷を生成し、上からぶつけることで男たちを行動不能にした。ちょっと乱暴な手だけど死にはしないだろ。
気を失わなかった奴はそのまま足を凍り漬けにして動きを封じてやる。凍傷になる前にすべて終わらせてやるから待っててな~っと。
何人目かわからない男を行動不能にすると、その様子を少し離れて見ていた最後のひとりが口汚く罵ってきた。
「調子ノッてんじゃねぇぞコラァ!」
そういうとファイヤー! と叫びながら俺に炎を放ってくる。
げ、魔法使いかよ?! こっちには魔法使いはいないと見積もっていただけに慌てる。
とっさに氷を生成するが俺の魔法じゃ相殺するのは難しい。盾のように使って向きを変え、観客席の床を転がるようにして逃げる。
続けて放たれる魔法も座席を使いうまくかわすが……やべぇ、コイツ結構な使い手だ。必死に逃げながらも何とかして打開策はないか考えを巡らす。
最初の作戦では魔法使いは全部ふたりに任せるという話だったけれど、西牧もシオンも相手にかかりっきりで余裕があるようには見えない。
まだシオンのほうが余裕あるから、なんとかあっちまで誘導できないだろうか……そんな風に考えながら強い炎を氷の壁で耐えるのに必至で。後ろから近づいてきた気配に気づくことができなかった。
「クソガキが。手間かけさせやがって」
「ぐっ……」
背後から抱きつかれ、首を腕で締め上げられる。
しまった、もうひとりいたのか!
抵抗するがとても力では叶わなく、取った獲物を見せびらかすように魔法使いのほうへと体を向けさせられる。
回った太い腕に爪を立てるがびくともしない。普通に生活していたのではこうはならない、鍛えあげられた体だった。
「あんまり抵抗するんじゃねぇよ? ここで殺しちまうと瓶にするのが面倒だからなァ」
おらよ、という声とともに腹に重い一発が食らわされた。いままでに味わったことのない衝撃に呼吸が止まる。
床に崩れ落ち、腹を抱えて咳き込む俺を見てげひゃひゃとひきつった笑い声を上げた。
ちっくしょ……! 魔法使いひとりでも厳しいってのに、こんなゴツいのまで!
「魔法使いのほうがより多く粒子が取れるからなァ。逃げた奴らの分、おまえたちで十分補ってくれよォ」
あの真ん中で魔法撃ってるやつなんか凄いだろうなぁ、千本近く取れるんじゃねぇ? とフィールドでなおも激しい魔法争いを続ける西牧たちを見やる。
ぼさぼさの髪で隠されているが、傷の入った頬をにぃと引き揚げて笑った。俺を押さえつけた屈強な男に腕を捻り上げられ、乱暴にバックスクリーンのほうへ引っ張っていかれる。
手前にパネルで壁が作られていたせいで気づかなかったが、奥には数台のトラックが止まっていた。
白い真四角な荷台にレピオス社のロゴが印刷してある。その荷台は改造され、扉の内側に牢屋のような柵が取り付けられていた。幸いにしてその中には誰もいない。参加者をこれに閉じ込めて連れて行くつもりだったのだろう。
トラックの手前に台車に載せられた重々しい機械と、人ひとりが入れるくらいの大きなカプセルが設置されていた。
チューブがつながれた先に見慣れた瓶が見える。
粒子瓶。
機械のガラス越しに見える瓶はレピオス社が売り出しているあの忌々しい代物だ。
用途を理解し、ぞっと血の気が引く。
カプセルの中には派手な髪の色をした男が収まっていた。目に痛い蛍光ピンクの髪色は俺の記憶に残っている。さっき会場内で見た奴だ。トイレかなにかに出た隙に捕まえられたのだろうか。
「死んだ瞬間が一番出がいいのによォ、あまりにも抵抗するもんだからうっかり殺しちまった。慌ててカプセルに詰めたが一本しか取れなかったぜェ」
ブラブラと、レピオス社が販売している瓶を振ってみせる。
細かな装飾が施された、手のひら程の大きさの瓶。そのデザイン性の高さから飾りとしても重宝されていて、俺も眺めているのが好きだったのだけど……一気に嫌悪感が増してくる。
「本当は工場で殺すのが一番楽なんだがなァ。暴れる奴はここで瓶にしちまう。おまえはちゃんとカプセルの中で死んでくれよォ?」
にぃ、と唇を細く引きながら嫌らしい顔で笑う。重い音を立てて蓋が上へと引き上げられた。屈強な男に腕を捻り上げられたまま、カプセルへと押し付けられる。
「後からお仲間も瓶にしてやるから安心して死ねよ。コイツも暴れなけりゃあと20本くらいは取れただろうにィ、もったいねぇ」
中から男が取り出され、ドサリと床へ投げ捨てられる。魔法使いは苛立っているのか、男の顔を汚れた靴で踏みにじった。
見開いたままの目からは生気を感じられない。死体を乱暴に扱われ、一気に頭に熱が上る。
「ふざけんなよ……いったい命をなんだと思ってんだよ?!」
衝動的に魔法の構成を組み上げる。俺の動きに気づいたのか、魔法使いも負けじと魔法を組み立てた。
「おっと。おまえの魔法じゃ俺には勝てな…… っ?!」
魔法を放たず、腕の筋を傷めるのを覚悟して無理やり拘束から逃れる。
その勢いのまま魔法使いに体当たりを食らわした。
通常、魔法を使うときはある程度人と距離を置いて構成する。じゃないと粒子が混ざってしまったり、人の構成に気を取られてしまったりするからだ。
案の定体当たりによって俺の魔法構成を受けた粒子が交じり合い、組み立てていた魔法がめちゃめちゃなものになる。
相手が集めていた粒子は、そのコントロールを失って自由になり……
「うらぁっ!!」
支配を逃れた相手の粒子まで使って魔法を組み立てる。
瞬時に組み立てた構成は粒子量が多い分、いままでにない威力で魔法使いの男を襲った。
「ギャアァァァッ!!」
至近距離から放たれた炎に対応できず、慌てて顔を覆う。
致命傷にはならない。続けて魔法を構成しようとする男に近づき、力いっぱい蹴飛ばしてやった。
「心の底から反省しやがれ!」
相手の構成が終わる前に指をパチンと鳴らす。
火を消す魔法のために集めた粒子を横取りして放った電撃は、死にいたるギリギリ手前の電圧で彼に無様なダンスを踊らせた。
「……んの、クソガキ!!」
もうひとりのたくましい男が隠し持っていたナイフを手に突進してくる。俺は一歩体を横に引いて、冷静に舌を鳴らし地面を凍らせた。
勢いのまま氷に乗り上げた男はバランスを崩し、チューブがつながれた機械へと激突する。
台車に乗せられたままの機械は安定が悪かったのか、男に倒れこむような形で崩れ落ちる。男は機械と床に挟まれ身動きが取れなくなっていた。
落ちていたナイフを拾い、男に近づく。
人の命を何とも思わない、いままでに何人殺してきたか分からない犯罪者。ピンク髪の生気を失った目が、ガラス球のように俺らの姿をまあるく映していた。
「くそっ……ふざけんなよおまえ……来るな! 来るんじゃねぇクソガキ!!」
ガタガタと機械を揺らして逃れようと暴れる。
俺はそれを冷たく見下ろしながら、ナイフを大きく振りかぶった。




