14-2 決闘
約束の時間を少しだけ過ぎてしまったが、まだまだ入場者を受け付けていた。駅方面から、複合商業施設の方面から、いたるところから遊園地には似合わない風体の人が集まってくる。
若いと目立つかと思ったがそうでもないようだ。金髪やアクセサリーをジャラジャラつけた青年が携帯をいじりながら、かったるそうにドームの入り口をくぐる。
少しの緊張を孕みながら、俺も酒臭いおじいさんの後に続いてチケットを渡し、中へと足を踏み入れた。
……こんなに居んのかよ。
東京ドームでやるなんて大袈裟すぎると思っていた。だがこんな人数じゃ公民館などの小さな会議室ではとても収めきれないだろう。
おっさんいわく、ここにいるのはただの受給者ではなく「不正受給の疑いがある人」だ。居ても数十人ほどだと思っていた俺は、通路を行き来する人の量に呆気に取られる。
たくさんの観客席に囲まれたフィールドの中央には、おっさんの言ったとおり簡単なステージが設置されていた。普段は野球の試合が行われる場所だが、どういう仕掛けになっているのか、芝生も土もなくすべてがのっぺりとした床になっている。手前に椅子が大量に置かれていて、係の人にその場所まで案内された。
ステージとは別に設置された相談窓口らしい簡易ブースには、おっさんと同年代の職員が何人も腰かけている。みな一様に能面を貼り付けたかのような無表情で。彼ら全員が人殺しに加担しているのだと思うと、淡々と作業をこなす姿に恐怖を感じた。
「こっち」
いつのまに後ろにいたのか、西牧に腕を引かれて驚く。
「よくこの人混みの中で見つけたな」
「健人と松岡、目立つ、から」
はぐれないよう俺の手首をつかんだまま、後ろのほうへと移動する。
確かに髪がオレンジと金髪だから目立つとは思うけども。受給者の中には同じような色に染めた人やドピンクなんて人もいる。帽子をかぶっていることもあって、ずば抜けて目立つということはないと思うんだけど。
疑問に思って聞き返すと、丁寧に説明してくれた。
「魔法力、目で見えるから。松岡、魔法力強い。健人は、色が。特徴的」
普通の人が臙脂色や深い緑色であるのと比べて、俺の色は髪と同じ、明るいオレンジ色なのだという。だから最初に会ったときから気になっていたと教えてくれた。
そういえば俺のこと、オレンジ色の変な奴として覚えてたって言っていたな。あれ、髪じゃなくて魔法力のことだったのか。
西牧に連れられて合流すると、おっさんはさっきまでしていなかった黒縁メガネをかけていた。これだけでも印象って変わるもんなんだなぁ。
「すごい人の数だね」
「だろ? 夜行バスまで出して全国から集めてるからな。主催のクソ部長が嬉々として語ってたぜ」
顎をしゃくって視線を誘導する。あの舞台袖で書類を手にマイクの調子を確かめてるおじさんの事らしい。
「全国各地の役所に働きかけて合同説明会を開こうと提案したらしい。……くそ。早乙女の裏口入所からブラックリストから、やりたい放題やりやがって」
「おっさん、本当にここにいて大丈夫なのかよ?」
部長がいるならおっさんは招かれざる客だということが簡単にバレてしまうだろう。もう関わるなと早乙女に脅されていただけに心配になる。
「大丈夫じゃねぇよ。だから変装してんだろが」
くっ、とインテリっぽくメガネの中央を人差し指で持ち上げる。変装ってとこまではいってないと思うけど。
せめてものオプションとして自分が被っていた帽子もおっさんに押し付ける。自分の髪色を隠すために被ってたのだが、これだけいろんな髪色の人が居れば帽子がなくても大丈夫だろう。逆に部長がいるいまは、被ってないほうが髪色の違いが目立ち安全だ。落ち着いた色のキャップは意外とおっさんの服にも合っていた。
ざわざわと。なおも入り口からは大量の人がやってくる。
普通、こういうイベントなどでは事件や事故が起こらないよう、魔法使いの警備員が配属されるものだけれども。
見た感じ、周囲に立っているのは名札をつけた職員で。警備員はひとりも見かけなかった。これでは、魔法使いが暴走したとき、誰も止めることができない。
実際のイベントでこんなことをしたら、真っ先に主催者の正気を疑われる。
「これだけ大掛かりに集めておいて、なにも起きないなんて考えられないな」
『えぇ~、オホン。皆さまよくお集まりくださいました』
シオンの言葉に被るようにして耳障りなノイズ音が走り、席につくよう促される。10時だ。
簡単なあいさつの後これからの流れを説明され、プリントを配られる。氏名、年齢、現住所。そして職歴に家族の有無。緊急時の連絡先を書く欄が第二候補まであって、不信感を煽られずには居られなかった。記入後、周りに設置されたブースの机前に並ぶよう指示される。
群衆に交じり並んだ後、終わって戻る人たちに紛れ各々列を抜け出す。これを提出しないと給付金がもらえないという大事な書類だが、ヘタに書いて証拠を残したくないからな。まさか提出せず紛れ込んでいる人がいるとは思わないだろう。
書類を提出するとまた新たな書類が渡されるみたいだ。書類書類ってお役所仕事は本当書類大好きだよなぁ。その記入のために再び椅子に戻る人たちを眺めていると、人は多いもののやはりまだ会場がでかすぎるような気がした。野球の試合なら観客席まですべて埋まるというのに、フィールドの中央だけ使ったこのイベントはとにかく無駄が多く感じられる。
「なぁ、なんでわざわざ東京ドームにしたのかな?」
「わかんねぇ。早乙女建設が建てたこともあって融通が利きやすいのかもな」
あ、ここ早乙女建設が建てたんだ。どこの会社がなにを建てたとか意識したこともなかったので納得しかけるが……いや、でもやっぱおかしいだろ。
「それにしても広すぎじゃね? 中央にこーやって集まって座ってんのって滑稽じゃん」
ドームの隣にも大人数を収容できるイベントホールがある。この人数ならそちらでも十分対応できるはずだ。
みんな新しい書類をもらい終わったのか、おとなしく椅子でなにやらを書き付けている。こんな広い会場で小さく体丸めてゴゾゴソ書類書いてるなんてさぁ。狭い所好きだと言われる日本人の気質をそのまま表しているようでなんというか。
その様子を面白がっている俺の隣で、シオンがぼそりと独り言のように言葉を発した。
「狭い会場だと威力に気を使わなければならないが……ここなら気にせず魔法が放てるな」
――まさか、それが狙いじゃないだろうな?!
いつの間にか机にいたはずの職員がすべて居なくなっていた。予想を裏付けるような現象に慌てて立ちあがる。
「早乙女!」
おっさんが観客席の上のほうを見上げて叫ぶ。顔までは認識できなかったが、誰かが観客席のほうにポツリと立っていた。
「まずい、なにか放つ気だぞ」
手を開いた動作を見てシオンがうなる。その横を、意識を集中させながら西牧が駆けて行った。
早乙女が手を打ち合わせると同時に、ドームの天井に尖った氷の柱が生まれる。手を振るとそれらが一斉に参加者へと降り注いだ。
じゅわっ
ざわめきが大きくなったものの、決定打のような悲鳴は上がらなかった。かわりに焼けた鉄板に水を落としたような音がし、熱風といくつかの水滴が肌に当たる。
西牧が指先に炎の筋を残しながら、周りの雑音に負けないよう声を張り上げた。
「昔から、氷の魔法、得意だった! 変わらないで、居てくれて。うれしい!」
魔法を見てから構成したのではあの威力だと間に合わない。あらかじめ氷の魔法がくると予測してたわけか。
氷柱は西牧の放った炎によってただの霧へと変化させられていた。
「誰だ!」
あの規模の魔法を放てる魔法使いはそうそう居ない。ましてやブラックリストの中になんているはずが。早乙女の疑問ももっともだろう。
「薄情。俺は忘れたこと、なかったのに」
悔しさをぶつけるかのように続いて魔法を構成する。パンと手を打ち鳴らし、空中に漂っていた霧を利用して今度は西牧が氷の矢を作った。
合図によって矢が早乙女へと降り注ぐが、途中で別の氷の壁に遮られる。その壁はいくつもの衝撃を受けてヒビが入ったが、崩れるまではいかず。微かとな舌打ちの後、別の魔法を放とうと西牧が意識を集中させ始める。
そのわずかな隙を狙うように早乙女の前にはばかっていた氷の壁が砕け、隕石のような激しいスピードで一斉にこちらに襲いかかった。
参加者へ向かう氷の塊をシオンと西牧が魔法で砕き割る。小さな欠片こそ残り降り注いだが、大きなケガへはつながらないだろう。命の危険を感じ、参加者から罵倒のような悲鳴が上がる。
早乙女は容赦なくまた氷を生成し、今度は大きな塊のままこちらへ放ってきた。直撃を避けるため返り打つ魔法で砕いたが、破片がいくつも分散し飛び散り、そのうちのひとつが西牧の体を直撃する。
「西牧!」
慌てて駆け寄る。しかし彼は手でその欠片を受け止めていて。
「大丈夫。計画どおり、任せた」
手のひらに氷の盾を作り、それで直撃を防いだようだ。ひやひやさせんなよなー。
「西牧だと……まさか康太なのか!?」
早乙女が俺らの会話を聞き、驚いたように声を上げる。
「やっと、思い出した!」
その声を発動源として大きな竜巻を発動させる。その渦は周りに散っていた氷を巻き込み、早乙女へと襲いかかった。
早乙女は時間を稼ぐため観客席の後方まで走ると、振り向きざまに胸の前でパンと手を打ち鳴らす。彼を中心に生み出された強風があっという間に竜巻と同じだけの大きさに膨れ上がり、互いに威力を打ち消しあった。
……いや、互角じゃない。わずかに早乙女の竜巻のほうが威力が強い!
勢いこそだいぶ削がれたものの消滅まで至らなかった竜巻が西牧を襲う。魔法の構成が追い付かなかったのか、彼は渦に飲み込まれはるか後方へと吹き飛ばされた。
「西牧!」
声を上げ、援護に加わろうとしたシオンの手に水がまとわりつく。
それを一瞬で蒸発させ身の自由を取り戻すと、水の繰り出された方向を振り返った。
「させません」
西牧たちが魔法を放つときに見せる、手を打ち合わす動作をそっくりそのまま再現して。
蒸発させたときに生じた生ぬるい風が、彼女の明るい髪とスカートをなびかせる。
「まいったな。俺はフェミニストで通ってるんだが」