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14-1 うたかたの約束


 5月28日土曜日、説明会当日。選別が行われる可能性が高い日だ。


 空はこれからの先行きを予感するかのように厚い雲に覆われていた。予報では雨は降らないと言っていたが……折り畳み傘を持ってきても良かったかもしれない。


「おーおー、東京ドームなんて来たのひっさびさだぜー」


 駅で待ち合わせをし、整備された遊歩道を進む。明るく白い床は曇天ながらも淡く光を拡散し、遊園地へと向かう期待感を演出していた。


 前のようなチンピラ服ではなく、こざっぱりとした印象の服に身を包んだおっさんは、年齢よりも若く見えた。日曜日のお父さんみたいな服を着た西牧と同年代に見える。


 中年になったらたるむだろうに、腕も腹回りも適度に筋肉がついていて。もしかしたら、筋トレなどまめにやっているのかもしれない。筋肉がつきにくい俺にとって、うらやましいスタイルだ。


「建物の広さを東京ドームで表すの、昔っから変わらないらしいぜ」


 おっさんは率先して先を歩きながら、飽きが来ないよういろいろな話を振ってくれた。


「いまのは赤涙(せきるい)の悲劇以前にあったものより大きめに作られたはずです。変わらずにドームで数えたら大きさが変わってくると思いますが」

「そのとおり。だから過去の文献見るときは要注意だぜ。思っているのより小さいと考えたほうがいい」


 シオンと和やかに話しながら会場へと向かう。西牧はふたりの後ろを歩きながら、交わされる会話をそれなりに楽しんでいるようだ。携帯で律花に「今日の午後よろしく」と駄目押しのメールをし、みんなの後を追う。


 ドームの正面入り口には小さな看板が立てられ、係員がなにやら券をチェックしていた。

 灰色の雲の下にそびえる白いドーム。そこに次々と飲み込まれていく人たち。

 季節の割には肌寒い風が吹いたこともあって、その光景に少しだけ不安を(あお)られる。


「入場券が必要なのか」

「ああ。だか抜かりはねぇぜ」


 ジャーンと口で擬音を発しながら、おっさんがボディバッグからチケットを取り出す。


「ブラックリストの連中に漏れなく送られていた。これに参加するだけで金が多くもらえるようになるってんだからな。大体の奴は参加するだろ」


 一枚ずつ手渡される。切り取り線こそ入っているが、色上質紙に黒一色で刷られた簡素なものだった。見知らぬ人の名前が入っているが、おっさんによって工作済みなのだろう。


「若いのが一斉(いっせい)に来たさすがに不審がられるだろうからな。間隔を空けて入ったほうがいい」


 未成年者の需給も増えているが、念には念を入れてとのことだ。おっさんは普通に入っても平気だろうが、俺ら三人はばらけたほうが安全だろう。


「俺が一番先、行く」


 西牧にしては珍しく率先して言い出す。


「拓哉、探す。成長してても、魔法力で、わかる」

「ならば俺が二番目に行こう」


 なにかあったときにはこのふたりのほうが心強い。シオンは15分後、俺は30分後に入るということで話がまとまった。


「おそらく簡単なステージが設置されていて、その手前に椅子が並べられているはずだ。あまり目立ちたくないから後ろの席で合流しよう」


 おっさんと西牧が距離を空けながらドームへと向かう。

 10分ほど時間つぶしに園内をぐるりと回った後、「遅れるなよ」と(くぎ)を刺しながらシオンもドームへと向かった。ひとり残された俺は携帯のアラームをセットしてそこら辺をぶらぶらと回る。15分って結構微妙な時間だよなぁ。


 なにか適度に時間を潰せるものがないかとあたりを見回していると、できればいまは会いたくなかった人を見つけてしまった。


「露ちゃん!」


 噴水の流れる大階段前をトテトテと歩いている。

 遠くから見てもすぐ分かった。遊園地とはいえあれほど華やかな服装をしている子は数えるほどしか居ないし、明るい髪色は毛先にきれいなグラデーションが入っていてキレイだったから。


 勢いのまま声をかけてしまったが変に(おび)えさせてもまずい。案の定彼女は目を見開いてこちらを呆然(ぼうぜん)と見つめていた。


「ぐ、偶然。遊園地に遊びに来たの?」


 東京ドームの隣には遊園地が併設されている。絶叫系ばかりに人気が集まってしまうが、子どもでも楽しめるおだやかな乗り物やアトラクションが多い。天候こそ怪しいが、休日を過ごすのにもってこいだろう。


「誰かと一緒?」

「ええ。前に話した弟みたいな子と一緒に来ているのです」


 少しだけ表情が暗い。その弟みたいな子への罪悪感がまだ拭えないのだろうか。俺は彼女を元気づけるためにも、笑顔を作って話しかけた。


「それはちょうど良かった。その子と会いたいなぁ。前に友達になるって約束しただろ?」


 どこにいるの? と問いかけると少しだけ別行動をしているのだという。小学生をひとりで歩かせるわけないし、きっと親と一緒なのだろう。


 もしなにか起きたとしたらここらへんは大騒ぎになる。逃げ出してきた大人に突き飛ばされてしまうかもしれない。避難を薦めたいが、遊園地を楽しみにしている子たちをうまく諦めさせる自信はなかった。 

 説明会開始が10時。開始早々に事をおっぱじめないとは思うから、なにかが起こるとしたらおそらく11時過ぎぐらいだろう。


「じゃあ、11時にスカイパラシュートの前で待ち合わせない? 弟くんに会わせてよ」


 そのアトラクションの前ならば東京ドームから少し離れている。なにか起きたとしても巻き込まれないで済むだろう。


「必ず行くから。遅れても待っていて欲しいんだ」


 重い言い方になってはいないだろうか。少し不安を感じたが、彼女は考え込んだ後、首を縦にふってくれる。


「わかりました。健人さんも、私が遅れても先に帰ったりしたら嫌ですよ」

「分かった。約束する」


 かぶっていた帽子を脱ぎ、片膝を付いて彼女に小指を差し出す。

 中世の騎士がするようなポーズと昔ながらの約束の仕方を混ぜてみた。少しキザかと思ったが、今日も露ちゃんはフワフワとしたかわいいワンピースを着ていたから。お姫様と約束をするなら、これくらいしてもやり過ぎではないだろう。


「絶対に待っていてくださいね」


 小さな指が俺の小指に触れる。うなずきながらもチクリと胸が痛んだ。


 実羚とした指切りとは違って、俺はこの約束を守るつもりがない。

 でも露ちゃんを危険な目に遭わせないためのうそだから。後で事情を話せば許してくれるよな? 絡めた指を解き、膝の(ほこり)を軽く払う。


「こうやって指切りをして約束したの、久々です」


 露ちゃんは足早に階段を駆け上がると、振り返ってにっこりと笑った。


「健人さんと会えたこと、絶対に忘れませんから!」


 言い終わるとそのまま駆けて行ってしまう。人混みに紛れ、あっという間に彼女の姿が見えなくなった。


 ……露ちゃん?

 彼女の言い方は、もう会えないような響きを含んでいて。


 小さな指の感触が(はかな)く消えていく。ぽつぽつと降り出した雨がわずかに残った熱を容赦なく奪っていった。

 突然の雨に周りがざわめきを増す中。

 (しずく)が服に染み入るように、言いようのない不安が胸を(むしば)んでいった。


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