13-1 うっかり暴露
5月27日金曜日。運命の説明会前日。
俺たちはいつも通りに授業をこなした後、昼休みに屋上へ上がる。暖かくなってきたから他にも人は居たが、向こうは向こうで話に夢中だ。こっちの会話など気にもしないだろう。
弁当を広げ、いままで作戦に加わってなかった律花に話し合ってきたことを伝える。
事前に説明は俺がするから口を挟まないでくれとふたりに言ってあった。西牧は話が得意じゃないし、シオンは女子と話すのを面倒臭がる所があるからな。特に怪しまれることなく話が続いていく。
「日曜日に不正受給者を集めた大規模な説明会があるんだ。なにかが起こるとしたらそこで起こる可能性が高い」
黙って聞いていたシオンが箸を止める。西牧は気づいていないようだ。口を挟むなよ、と再度視線で念を押す。
「もちろん、私も行くわよ」
そういうと思った。うなずいて話を続ける。
「土曜の午後に最終打ち合わせをしようと思っててさ。律花、その前に実羚の家行って説明しといてくんねぇかな。おじさんには内緒で実羚だけに。あんまり怖がらせてもあれだしさ」
「なんで自分で説明しないの?」
「女同士のほうが話しやすくねぇ? 俺、うまく説明する自信ないしさ」
命にかかわる話なのだ。少しでも安心できる人から伝えられたほうがいいだろう。
そう思って切り出したお願いだったが、予想に反して律花は気まずそうに視線を宙にさまよわせた。
「少し話しにくいのよね、いま……」
話しにくい?
そういえば最近ふたりで登校していない。朝イチで実羚の顔を見られるという喜びに浸っていたが、もともと実羚は律花と一緒に登校するからあの時間だったのだ。
おととい、実羚はいつもよりも早い時間に来ているのに、弁当を作る時間がなかったと言っていた。それは弁当を犠牲にしてもいいくらい、早く学校に着きたかったというわけで……
「なぁ、実羚となにかあったのか?」
俺の問いに視線をさまよわせた後、しぶしぶと白状してくれる。
「……ちょっとね、言い過ぎちゃった」
詳細は話してくれなかったが、軽いケンカをしてしまったのだという。翌日以降待ち合わせの場所に実羚が来ないらしい。まさかふたりがそんな状態になっていたなんて。
「ついでに仲直りしちゃえよ、かわいそうじゃん。あの実羚が律花を避けるなんて、そーとー酷いことを言ったんだろ?」
二言目には「律花大好き!」と口にしていた彼女のことだ。好きな相手から辛辣な言葉をかけられたなら傷ついているに違いない。
責めるつもりはなかったが彼女にはそう聞こえたらしい。眉を寄せると乱暴に玉子焼きを箸で刺しながら言ってきた。
「アナタはいっつも実羚のことばっかよね。いい加減告白して振られてきたら?」
「は?! いや、何言って……!」
一気に顔に熱が上る。俺はなにを払おうとしたのか、無駄に空中を手でかき混ぜると「ちがっ」だの「別にそ、そんなじゃ」だのキチンとした意味を持たない声を上げた。
「それで隠しているつもり? みんな気づいてるわよ」
慌てて西牧とシオンのほうを振り向く。勢い余って紙パックの牛乳を倒してしまった。ああ、俺の貴重なカルシウムが。手を牛乳でビチョビチョにしながら叫ぶように問いかける。
「え、俺そんなにわかりやすい?!」
俺の慌てぶりに呆れたのか、シオンが半眼のままハンカチを投げよこす。
「わかりやすい。気づかない奴なんていないだろう」
「うそだろ?!」
「うそじゃないわよ。気づいてないのは実羚ぐらいのもんじゃない? ほっとくとずっと彼女のこと見つめてるもの」
確かにうっかり見とれてしまうことはあるけれど!
耐えきれずにハンカチで顔を覆う。うう、牛乳臭い。
「俺は、分からなかった……」
「アナタ、にぶいものね」
西牧のつぶやきを律花が一刀両断に断ち切る。俺は平静を取り戻そうと牛乳臭い深呼吸を繰り返し、ハンカチの隙間からおそるおそる顔をのぞかせた。
「……ふたりが鋭過ぎるんじゃなくて?」
「いや、ただ西牧がにぶいだけだろう」
おまえと武藤が一緒にいるところを見れば誰でもすぐに気づく、とシオンが断言する。
ええー、そんなに分かりやすいのかよ。でも確かにおっさんもキッカケはあったとはいえ、すぐ気づいたからな。
西牧がにぶいってのもなんとなく納得できる。露ちゃんのスカートをいきなりまくし上げていたりしたもんなぁ。そーゆー恋愛事には疎そうだ。
「にぶいの、俺だけじゃ、ない」
皆に言われたのが気にくわないのか、むっと唇を曲げながら反論する。
「武藤に、聞いたけど。気づいてないって、言ってた。俺だけが、にぶいんじゃ、ない」
ん? ちょっとまて。
いまコイツなんて言った?
「誰に、聞いたって……?」
冷や汗が流れる。聞き間違いだと思いたかった。でもいまハッキリと口にした名は……
「武藤。武藤も好かれてるって、知らなかった。俺だけじゃ……」
「何してんの?! おまえマジ何してんの?! 気づくわけねーじゃんってかむしろ一番気づかれないようにするに決まってんじゃん! おまえマジ何してくれちゃってんのぉぉぉぉっ!!」
バンバンと床をたたき頭を抱えるが駄目だ。全身を駆け巡る血液の早さを抑えられそうにない。
いま自分の顔が赤いのか青いのかも分からなかった。バレた。よりによってこんな最悪の形で好きだってのがバレた。これからどんな顔して実羚に会えばいいんだよ、うわぁぁぁマジ最悪だ!!
屋上で飯を食ってた他のグループが何事かとこっちを眺めてきたが、そんなの気にしてられるか!
「一体いつそんな話したんだよ?!」
バンっと両手で激しく床をたたきながら問いかける。ちょっと土下座っぽい情けないポーズになっているかもしれない。
「おととい。お昼の、帰り」
マジか!! おっさんの言うとおり、ふたりっきりになんてさせなきゃよかったぁぁぁ!!
内から溢れ出る衝動をどう処理していいか分からずにゴロゴロとその場を転がる。俺が粘着ローラーだとしたら屋上はほんの数分でチリひとつ落ちていないピカピカ空間へと大変身したことだろう。
しかし現実は屋上をキレイにするどころか、溢れ出る涙と鼻水でよけいに汚れを増やしていくだけで……
「呆れた……」
後ろで律花が小さくつぶやく。
頼むから。頼むから冗談だと言ってくれ!!




