12-4 決意
「悪いな、不安を煽るような言い方しちまった。いまのところ土曜日はどういう予定だ?」
聞かれて、大まかな計画をシオンが説明する。会場の外から様子をうかがい、異変を感じたら魔法を使って突入する。隙があったら中に潜り込むつもりだ。
するとおっさんは届いた注文のスープを啜りながら、軽く散歩にでも行くようなノリで言ってきた。
「外からじゃいざってときに間に合わないだろ。俺が中に入れるよう手引きしてやるよ」
「いや、おっさんは動いちゃダメだろ。おとなしくしてろって」
監視はないようだが、いつバレるか分からない。命の危険があるっていうのに、そんな危ないマネをさせるわけにはいかなかった。
なのにおっさんは安心しろとばかりに笑顔を浮かべると、力強く言い切ってくる。
「若い奴だけを危険に晒せねぇだろ。俺がいたほうがなにかと応用利くだろうしな」
「でも……危険」
不安そうな顔で西牧がつぶやく。シオンが西牧の発言を引き継ぐようにして話を続けた。
「万が一、土曜の説明会でなにかしらが起きたとしても、俺たちならば止められると考えています。だが、もし早乙女という奴が高い魔法力の持ち主なら、状況は一気に厳しくなる」
結局、西牧の友人かどうか確認できなかった『早乙女拓哉』
もし早乙女が『御曹司』だったら。そして、西牧の言う『魔法力の強い友人』だったら。
正直、一般人相手だったら俺たちは負ける気がしなかった。魔法が使えるとケンカではもの凄く有利なのだ。だからこそ魔法使いが罪を犯すと通常よりも厳しい罰が待っている。
魔法使いというだけでさまざまな特権が得られるので、わざわざ犯罪に手を出す人間は少ない。それでもゼロではないので、通常大きなイベントなどでは警備専門の魔法使いが配置されるのだが……
最初から事件を起こすつもりなら、警備員なんか置かないだろう、というのが俺たちの共通見解だ。もし説明会で戦闘する羽目に陥っても、相手側にいる魔法使いが数人なら西牧とシオンで対応できる。ふたりほど魔法が使える人物なんて早々居ないからだ。
だが、もしも西牧より魔法力の強い人間がいたら……相手の熟練度にもよるが、だいぶ厳しいことになる。
「違うと、思いたい……拓哉、魔法、頑張ってた。正義の味方に、なるって」
正義の味方、か。
自分も一回その思考に陥ったから、その危険性がよく分かる。
正義、という感覚は結局、価値観のひとつに過ぎない。人や地域、時代や立場によってコロコロとその定義が変わってしまうものだ。
迷惑でしかないクレーマーも、その人なりの正義を訴えているだけとも言える。もっと社会は弱者に優しくあるべきだ。弱者である自分をもっと尊重しろ、と。
価値観の押し付けは悪感情しか生まない。「自分はいちごが嫌いだからおまえも嫌いになれ」と言われて、「ハイそうします」とはなかなか言えないだろう。
もしかしたら早乙女も、妙な正義感に囚われているんじゃないかと邪推する。
「拓哉じゃない、思いたい……けど、魔法力高いと、悪い奴ら、に目を、つけられやすい」
西牧と幼いころ別れた拓哉は「悪い奴らはすべてやっつける」と豪語していたという。それが犯罪者やブラックリストの人間から消しているのと結びつき、疑惑が拭えないらしい。
「もし、彼だったら……止めてやりたい」
ぐ、と机においた両手を強く握りしめる。
温和な西牧が眉間にしわを深く刻み、唇を噛みしめる。彼の決意が相当固いものだと推測できた。
「土曜日になりゃすべて分かることだ。いい加減、部長の顔色見て仕事するのにも飽きたし。決着つけてやろうじゃねぇか」
魔法を撃たれるかもしれないんだぞ、と危険性を訴えても「自分の職場が関わっている不始末を学生だけに任せらんねぇよ」と強い目で言ってのける。どうやら説得は無理そうだ。
正直、おっさんがいると心強いので、みんなで相談してその申し出を受けることにする。なにか起きた際、避難誘導するにも大人がいたほうが信用してもらいやすいしな。
話がまとまるとおっさんが突然、西牧の頭をがしがしと乱暴に撫で始めた。予想外のことに西牧は目を大きく見開いて呆然とする。
「早乙女が昔の友人だと状況がやばくなるんだろうが、俺はそれを願ってるぜ。おまえみたいな友達がアイツに居たら有り難いからな」
ひととおり撫でられた後、西牧は乱された頭をさすりながら下を向き沈黙する。俺とシオンは互いに顔を見合わせ、どちらからともなく破顔した。
西牧の頬は無表情な彼らしくもなく、見事なまでに真っ赤に染まっていた。