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12-3 迫る魔の手

 放課後、誰もいない教室を見繕って西牧たちと集まる。

 律花はバイトがあるらしく、今日は不参加だった。当日の役割をどうするか軽く話し合った後、魔法の練習に励む。


 西牧に昼のことを確認しようかと思ったが、怖くて声がかけられないでいた。

 ……もし西牧も実羚のことが好きだと言ったら?

 選ぶのは実羚だ。別の男が思いを寄せていたって、彼女が好きにならなければなんの問題もない。


 そう分かっているのに、好きだと言われたらおしまいのような気がして怖かった。

 西牧がいいやつだって知っているから。彼がライバルになったら勝てる気がしない。


 集中しきれていない俺に気づいたのか、シオンが早々に練習の中止を言い渡してくる。不機嫌そうな彼の様子に苦笑して従った。へたにゴネてケガでもしたら元も子もないからな。


 そういえば早乙女が区役所に来ていないことを言いそびれていた。その事を伝えようと口を開くと、携帯が聞き慣れたメロディーを短く奏でる。

 うっわアブね、マナーモード解除になってた。授業中に鳴らなくてよかった。焦りながらカバンから携帯を取り出し、その表示を確認する。


「メール、おっさんからだ」


『Re:飯テロ

 今日会った嬢ちゃんの名前って武藤実羚だよな? 父親の名前は功二か?』


 いつもは律義(りちぎ)にタイトルを入れてくるのに、珍しく俺が送ったメールそのままで返してきた。

 なんだよ、俺が送った画像の感想はなしかよ。実羚の親父さんの名前?


「実羚のお父さんの名前ってなんだっけ」

「確か、功二(こうじ)さん」


 西牧があっさり答えたのに驚いて顔を上げる。


 何で覚えてんだよおまえ。もしかして本当の本当に実羚のこと狙ってんのか? じくじくとした痛みが胸を支配していく。 

 当の西牧はきょとんとしたまま俺の挙動を眺めている。その顔が「なに?」と問いかけていたので、俺は無視してメールを打つのに集中した。


 功二さんね、功二さん。いっつもお義父さんって呼んでるからついド忘れしちまったぜ。ちゃんと覚えましたよーっと。


「う、お?」


 ブー、ブーと携帯が震え、さっき送ったばかりだというのにすぐさまメールが返ってくる。なんだよおっさん。ちゃんと仕事してんのか?


『Re:写真の感想はー?

 話がしたい。いつものファミレスで待ってる』


 返信の早さにシオンも不審に思ったのか、俺の携帯をのぞき込む。

 こっちの予定も聞かない性急な誘いに、俺たちは顔を見合わせた。


****


「おっさん遅いー! 待ってるなんて言ってこの前より遅いじゃん」


 スーツの上着を脇に抱え、入り口から小走りで駆け寄ってくる。

 近くに来て分かったが額には大粒の汗が浮かんでいた。ありゃ、もしかしてここまで走ってきたとか?


「これでも後輩に仕事押し付けて来たんだ。早乙女がいない分、単純な雑務は増えたからな」


 手を着けてなかった水を差し出すと一気に飲み干した。息も上がってる。

 大急ぎで来てくれたんだ。ちょっと責めたのかわいそうだったかな。


「拓哉、来てない?」


 そういえば結局伝えそびれていた。なんだかんだで再会のチャンスを逃していたので、西牧が心配そうに聞き返す。


「この前の一件以来な。それよりもだ! 嬢ちゃんの親父さんって事故で下半身不随になった人か?!」

「そーだけど……」


 走ってきた勢いが残っているのか、強い口調で問いかけてくる。


「確か在宅で資料作成の仕事をしてたよな? どっかの機密事項に触れちまったり、誰かに恨みを買っちまったりしてねぇか?」

「ちょ、ちょっと待ってよおっさん。そんな詳しくは分かんないって!」


 一気にまくしたててくるので慌ててしまう。

 なんだよ、一体実羚の親父さんがどうしたってワケ?


「青柳さん、とりあえずメニューを」


 落ち着けとばかりにシオンがメニューを渡す。おっさんはそれを受け取り、ひとつ大きな深呼吸をした。


「どうにも嫌な予感がしてよぉ……本当は嬢ちゃんに聞いたほうがいいんだろうが、無駄に怖がらせちまっても悪いしな」

「なんだよ、なにがあったんだよ」


 おっさんの態度が変なのもあるが、実羚のことだというだけで俺は落ち着かない。


「なにがあった、ってわけでもないんだけどな……」


 ガリガリと頭を()きながらメニューを決める。店員さんに注文を頼むと、たばこをポケットから取り出し目をキョロキョロとさまよわせた。


「ごめんおっさん、ここ禁煙席」


 灰皿を探したのだろう。俺たちは制服だし、煙が嫌いなこともあって普通に禁煙席を選んでいた。

 しぶしぶとたばこをしまい込むおっさんの口に、せめてもの慰みでフライドポテトを突っ込む。


「形が似てるからこれで我慢して」

「全然違うだろが」


 もしゃもしゃと()み砕きながら苦笑する。たばこほどの鎮静効果はないだろうが、それでも少しは落ち着いたみたいだ。


「武藤の親になにかあったんですか?」


 あらためてシオンが問いかける。おっさんは手を付けてない西牧の水まで飲み干してから、ゆっくりと語り始めた。


「不正受給の疑いがある奴を集めたブラックリストがあるんだが、何回弾いても武藤さんが載せられちまうんだ」


 ブラックリスト。この前のバス事故の犠牲者が七人も載っていたといういわくつきのリストだ。


「俺が二回とも面談へ行ったからな。障害者手当の担当とも話し合ったが、受給になんの問題もない」


 障害年金という物が別に支給されるらしいが、それと合わせても妥当な金額らしい。逆に収入がある分、もらっている金額は他の人より少ないそうだ。


「それなのに気づいたらリストに載せられちまうんだ。これだけ続くとただのミスとは考え難い。誰かが故意にやってるとしか思えねぇ」


 ゴクリ、とつばを飲み込む。あの人の良さそうなおじさんが誰かからの恨みを買っているとはとても思えなかった。


「いまあれに載せられるとまずい。間違ってターゲットにされる可能性がある」

「それでなにかの機密情報に触れていないか聞いたんですね」


 区役所にはレピオスの息がかかっている人間が確実に何人かいる。都合の悪い人間を消すのにブラックリストはちょうどよいだろう。思わぬ形で彼女に危険が迫っていて喪心(そうしん)する。


「俺、見た……レピオスの封筒」


 記憶を(さかのぼ)る。実羚の家へ本を届けに行ったときに見かけた封筒。

 あのときはまだレピオスが人殺しに関わっているとは想像もしていなくて、ただ瓶の製造会社というだけで印象に残っていた。


「おじさん、レピオスの仕事受け持ってたよ」


 告げる唇が震える。予想が的中したのを悔やんだのか、おっさんが頭を抱えてため息をついた。


「よりによって本家レピオスかよ……」


 役所内の人物が嫌がらせやイタズラでやっている可能性もあったため、そうであって欲しいと願っていたという。

 おっさんだけじゃなく実羚まで……。身近な人物がどんどん危険に(さら)されていく。もうじっとしてなんか居られなかった。


「おっさん、土曜日の説明会、変更ないよな?」

「ああ。東京ドームでいままでにないほど大規模に開かれる。県外からも集めているから、予定通り開かれると思うぜ」

「ぜってーそこでしっぽつかんでやる! もしなにも起こんなくても、会社まで乗り込んで必ず証拠を……」

「少し落ち着け」


 隣から伸びてきた手が俺の頭を乱暴につかみ、そのまま座席へと引きずり倒された。

 シオンだ。容赦ない力で押し付けられ、しばし座席と熱烈なランデブーを交わす。

 おまっ、どんな人が座ってっか分かんねーのに!


「むやみに突っ込んでも身を危険に(さら)すだけだ。頭を冷やせ」


 グリグリと体重をかけて上から押される。俺は(ほほ)がぺったんこになるくらい(つぶ)されながら、強制的に血が上った頭を冷やさせられた。


 確かに、ちょっと考えなしの発言だったとは思うけど。本当容赦ねぇなこのドS野郎。



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