12-1 彼女とお昼デート(おまけつき)
おっさんが急を要するような事態じゃないと分かると、胸を押しつぶしそうだった切迫感がうそのように収まった。
もちろんまだ油断できる状態ではないのだろうけれど。
むやみに動いても成果がないのなら、おとなしく土曜日を待とうという気になってくる。我ながら現金だ。
律花の諭しを経て、きちんとコントロールをメインに魔法の練習に励む。
電撃で相手の動きを封じるってのはいい手かもな。律花がやったみたいに痛みを与えずにというのは無理だが、スタンガンのようにしびれさせて動きを封じることなら俺にもできそうだ。
シオンと律花に協力してもらいながら新たな魔法を覚えていった。
シオンに魔法粒子を集めてもらい、例の椀子そば形式でコントロールの練習をする。
一度コツを覚えてしまえば、ひとりでもかろうじて制御できるようになった。これなら実戦でも使えそうだ。本当ならこんな魔法を使うような事態にはなって欲しくないのだけれども。
そんな願いを抱きつつ、刻一刻と土曜日は近づいてきていた。
説明会が行われる日の三日前。5月25日水曜日。
ベストなコンディションを保つため、しっかり睡眠を取り元気に登校する。
今日はちょっと張り切りすぎて早く着いてしまった。いつもより人の少ない教室で、早く来ていた友人にあいさつをする。
その中には愛しの実羚の姿もあった。今日も相変わらずかわいいなぁ。こぼれ出る笑顔を我慢することなく「最近早いな」とゴキゲンな調子で声をかける。
ここ数日教室に入るといつも実羚が居た。前は俺と同じか、少し遅いくらいだったのに。学校に来たら彼女の笑顔が迎えてくれるのだと思うと、憂鬱な登下校の道のりが楽園への階段に思える。
「まぁ、ちょっとね……それより何買ってきたの? お弁当?」
ガサガサと弁当の位置を整えていると、実羚が興味深そうに手元をのぞいてきた。ついでなのでそのまま袋から出して見せてやる。
「西牧に教えてもらった弁当屋なんだけどさ、値段の割にはうまくて。最近のお気に入りなんだ」
「へぇ~、いいなぁ」
お店がある場所が俺の家の方向と違うため、毎日ではなかったが、それでもよく買いに行っていた。なんたって日替わりメニューだから毎日食べても飽きがこない。
「実羚、今日弁当は?」
もし興味があるんだったら昼一緒して……一口やるから俺にも一口、なんつって彼女の手作り弁当をあーんってカップルのように戴くのもいいかもしれない。
肩が触れるほど体を近づけて食べさせ合っている映像が脳裏に浮かぶ。
いい。いまや正気で行うものが居なくなった古典芸能だが、いいものはいい。男はいつだって定番だろうが使い古されたネタだろうがトキメキを求めているのだ。
「朝作る時間なくなっちゃって。購買で買おうと思ってるんだけど」
ちっ。手作り弁当はゲットならずか。それならばとすぐ次の作戦を巡らせる。
「じゃあ昼そこの弁当食わねぇ? 外に軽い軽食スペースがあるから。店の場所教えるから一緒に食おうぜ」
「うん、いいよ!」
よっしゃ、実羚とふたりっきりの時間ゲットぉぉぉぉ!!
思わずガッツポーズをしかけると、登校してきた律花とバッチリ目があった。
やべ、実羚のことだから律花にまた「一緒に行かない?」とか声かけっかも……せっかくのふたりっきりのチャンスが!
しかし実羚は軽くあいさつを交わしただけで必要以上に律花に絡みに行こうとしない。いつもなら「律花今日もキレイ! 愛してる!」と真っ先に飛んで行くのに、だ。
俺も軽くあいさつを交わしただけで、そのままふたりで会話を続ける。
「なぁ、律花となにかあったのか?」
心なしかあいさつを交わす表情もぎこちなく感じた。隣に座る律花に聞こえないようこっそりと問いかける。
「ん? なんでもないよ。とにかくお昼よろしくね!」
そう言ってさっさと席へ戻ってしまう。
そのよそよそしい態度に違和感は募るが……なにはともあれふたりっきりだ! 滅多にないこのチャンス、生かしつつ思う存分楽しまねば!!
***
「……と思ったのに、何でいるんだよ」
「電車、遅延。朝、買いに行けなくて」
俺たちの会話をどこで聞いていたのか、ちゃっかり西牧が後をついてきていた。
話が聞こえる範囲には居なかったはずなんだけどな、コイツ。唯一聞こえるとしたら隣に座ってた律花ぐらいなのに。どっから沸いてきた。
「どーゆーきっかけでお店のこと知ったの?」
「早く着いた日、歩いていて。たまたま、見つけた」
しかも実羚と西牧で和やかに談笑なんかしている。本を運んだ日以来、ふたりはよく話すようになっていた。
実羚は友達同士が仲良くなってくれるとうれしいと言っていたが、俺は気が気じゃない。万が一にもふたりの間に恋心が芽生えでもしたらと不安でしょうがなかった。
西牧は頼れる奴だし、実羚は明るく元気で話しやすい。十分お互いを好きになる可能性はあるだろう。
特に西牧は最近実羚のことを気にしているようなフシがあるし……。あぶれてしまった俺は楽しそうに話すふたりの後ろをただ歩いて行く。
西牧。おまえ本当、実羚に惚れたとかじゃないよな?
じとりと前を歩く大きな背中を見つめる。
ふたりの会話が弾めば弾むほど、疎外感と不安で死にそうになった。




