10-3 レシャの秘密
涙が出るほど笑わせられ続けたおかげで、なんとか調子を取り戻す。
次にやることは決まっているのだ。来週に向けての決起集会と言うことで英気を養う。
ふたりの気持ちを汲み取るなら、いつも以上にはしゃいで見せるのが正解な気がした。
話は尽きることなく、ドリンクバーだけで粘るのも悪いので、追加でデザートも注文する。西牧はこの前のアイスプディングが気に入ったのか、メニューも見ずにそれに決めていた。
俺もすっかりいつもの調子で猫の形をしたパンケーキを頼む。届くと同時にいそいそと携帯で写真を撮りはじめる俺を見て、シオンは呆れたような声を出した。
「おまえは本当に猫が好きだな……」
「だってかわいいじゃん」
画像を確認し、満足して撮影を終える。
「ツンデレな性格もいいけど、あのふわふわした手触りがたまんない。レシャちゃんまた触らしてくんないかなー」
手をわきわきさせながら感触を思い出す。野良猫を見つけたら真っ先に手を出すが、引っかかれるのが常で撫でさせてくれる子はほとんど居なかった。最近猫に飢えていたのですっかりレシャちゃんに夢中だ。
「魔法生物だという黒猫だな。あんなのにつきあうのは、おまえくらいのものだろう」
「んなことねーよ。西牧だってちゃんとあいさつしたぞ、なぁ?」
「あんな茶番に付き合ったのか?」
信じられないと顔をしかめて西牧を見下した。馬鹿にした態度にちょっとだけムッとする。
「おっまえ失礼だぞ。魔法生物だからって差別は……」
「そうではない。アレは偽物だと言っているんだ」
え、偽物? 思わず何言ってんだコイツ的な目でシオンを見てしまう。
「人にかぎらず、生き物なら皆少なからず魔法力を持っている。意思があるものならどんなに小さな生き物でもな。だがアレには魔法力を感じられなかった」
「魔法生物だからそーゆー生き物なんじゃなくて?」
「違う。そもそも魔法生物なんてものは居ない。すべて魔法使いが影で操っているものだ」
は? まじかよ?!
「え、だっておはようテレビのマスコットとか、ジーブァちゃんとか」
テレビで活躍している魔法生物の名前を挙げていく。彼らは数々の八百長疑惑を跳ね除け、本物の魔法生物として一躍人気を醸している子たちだ。
西牧が首を静かに左右に振る。
「一度会ったこと、ある。本物だと、期待して……でも全部、ぬいぐるみ、だった」
西牧も信じていた分ショックだったらしい。俺はジーブァちゃんのグッズを買っていることもあってさらに必死になった。
「でもレシャちゃんのときは他に誰も居なかったじゃん! そんな遠くから操れるもんなわけ?」
会話に合わせた動きをしていたし、何より露ちゃんとの連携が取れていた。
遠くから操っていたのならあんな小さな子の肩の上を縦横無尽に動き回るなんてことできないだろう。
「居ただろう近くに」
「居た? 俺は見てねーよ。昨日の夜だって周りには誰もいなくて。俺たちと露ちゃんしか……」
稲妻が走るように脳内にある考えが浮かぶ。
――昨日も今日も近くにいた人物。
いまいち信じられなくて西牧を伺うように見上げたら、俺の考えていることがわかったのか。ゆっくりと深くうなずいてみせた。
「彼女も、魔法使い」
西牧の言葉に、呆然と耳を疑う。
「マジかよ……あんな小さいのに?」
「俺もあのくらいの年には魔法を自由に使えていたぞ」
ふふん、とシオンが腕を組んで自慢する。聞いてねぇ。おまえは論外だっつの。
「あれだけスムーズに人形を動かすことができるのだ。かなりの使い手だろうな」
「信じらんねぇ……」
「信じろ。この俺が言っているのだぞ」
おまえのそのどこからきてるのか分かんねぇ自信も含めて信じられねぇよ。
レシャちゃんといいジーヴァちゃんといい、俺の癒やしだったのに。
顔を覆ってのけぞり、そのままソファーに身を沈める。昨日携帯に付けたばかりの黒猫マスコットが、ポケットからはみ出て情けなくひっくり返った。
「もーやだ。もーなんも信じらんない……」
「そこまでのショックなのか」
泣きが入ったかすれ声で呻くと、慰めるようにぽんぽんと西牧が頭を撫でてきた。
ヤメロ。なんか無性に腹立つ。