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9-6 かわいい出会い


 解散し、煌々(こうこう)と光るファミレスのネオンから離れると、周りの暗さがよりいっそう深く感じられる。

 シオンとおっさんは別の駅へと向かったので、俺と西牧。ふたり並んで暗い街路樹の下を歩いた。

 ようやっと目が慣れはじめた頃に、西牧が消え入りそうな声でボソリとつぶやく。


「……拓哉。俺のこと、覚えてるかな」


 よっぽど自信がないのか。デカい体を縮めながらしょぼしょぼと歩く。


「とりあえず本人かどうか確かめるのが先だろ。あんま考えすぎんなよ。くよくよしてっと……」


 変なミスやらかすぜ? と続けようとしたところで小さな悲鳴が上がった。

 街路樹が生い茂った死角がある曲がり角。向こうからやってきた子とぶつかってしまったらしい。ああ、もう言わんこっちゃない。


「ごめ、ん。大丈夫?」

「は、はい。すみません……」


 地べたに座り込んだままそう答える。中学生くらいの小さな女の子だ。

 明るい茶色のロングヘアーを一部だけすくって両耳の上で結んでいる。毛先がくるくるとカールしていて、小さい顔をより小さく見せていた。


 ええっとなんだっけ。ゴスロリじゃなくてロリポップじゃなくて……そうだ、ロリータだ。一度姉ちゃんが俺に着せて遊ぼうとしたことがある。


 大きなリボンにレースがあしらわれ、ふわふわとした白いワンピースが丸く地面に広がっている。似合う子が着るとめちゃめちゃかわいいんだな。

 彼女はすぐに立ちあがると、丁寧におわびの言葉を述べた。

 いや、謝るのはよそ見してたこっちだって。申し訳ない気持ちに駆られる。


「ごめんね、悪いのはこっちだから……」


 謝る俺の横をすり抜け、西牧が彼女の前でしゃがみこむ。

 疑問に思う間もなく奴はいきなりスカートをつかみ、めくり上げ……って、うおぉぉいっ?!


「やっぱり、ケガ、してる」

「ひぇ……え?」


 女の子のほうも驚いたのか。それ以上スカートをめくり上げられないようしっかり両手で押さえながら、情けない声を上げた。


「移動する」

「ふぇ……えええっ?!」


 言い終わるなり問答無用で女の子を抱え上げる。

 ちょ、おまえそれはいろいろと説明不足だろ!!


「えぇっと、突然ゴメンね! コイツ悪い奴じゃないから! 魔法使いだから傷を治してあげようと思ってさ。誘拐とかじゃないよ?」


 目を白黒させる女の子に慌てて怪しい奴じゃないことを説明する。

 これで悲鳴上げられて誘拐犯扱いされてみろ。とてもじゃないが(かば)いきる自信なんてない。


 俺の言葉を少しは信じてくれたのか。戸惑いながらではあるが一応おとなしくしてくれる。


 ……っておまえ、パンツパンツ。

 押さえきれなかったスカートが下にべろーんと垂れ下がっている。

 膝を抱えた体勢だから曲げた足の分パンツが。パンツが。


 幸い女の子は西牧に意識がいってて気づいてないみたいだが、これは恥ずかしいだろう。

 指摘するとやぶ蛇になりそうなので、さり気なく足側に回り体でガードする。


 人通りの少ない道なのがせめてもの救いだ。いくら暗いからとはいえ、いくら洋服に合わせた、レースたっぷりのかわいいパンツだからとはいえ、おおっぴらにして歩くもんじゃない。


 まったく。優しいのはいいがコイツ、デリカシーってものがごっそり欠けてるんじゃねぇ?


**********


 もう一度家へ遅くなると電話をし、公園へ戻ると、まだ傷付いた細胞を治している途中だった。

 簡単に魔法で治すなんて言ったが、人の細胞を魔法で補うというのは難しい。炎とかを生み出すのとは違った繊細なコントロールが求められる。

 瘡蓋(かさぶた)を作るなどの血止め処理なら俺でもできるが、皮膚まで再生するというのはクラスでも数人しかできない高度な技だった。


 まぁ、その数人ってのにだいたいシオンは入っていて……そのシオンが認める西牧だから楽勝なんだろうけどな。くそっ。


「ありがとうございました」


 顔を少し赤らめながら女の子が礼を言う。

 まぁ赤くなるのも無理はない。ベンチに座らされた途端無頓着(むとんちゃく)男によってふとももまでスカートをまくし上げられ、治療の最中はずっと膝に手が置かれていたのだ。

 俺がひとつ手前のベンチではなく木々で死角になる奥のベンチを(すす)めたのも分かるだろう。


 夜中にガタイのいい男が少女のスカートをまくし上げベンチの手前にひざまずいているなんて。問答無用で100番だ。


「少し、痛むかも。ごめん」

「ちゃんと前を見ていなかった私が悪いんです。手当してくれてありがとうございます」


 はにかみながらぎこちなく笑顔を見せる。

 うん。これでもうちょっと大人だったら間違いなく()れていたな。


「こんな時間にひとりで歩いてたの? 家まで送ってこっか?」


 最近よく塾帰りと思われる小さな子が深夜まで出歩いているのを見かけるが、俺からしてみると危なく見えてしょうがなかった。

 ましてやこんなかわいい女の子ならさ。どっかの変なおじさんにいたずらされないかと気が気じゃない。やましい気持ちは一切なしでそう提案する。


「ひとりじゃないです。この子がいますから」


 そういうと肩のあたりから小さな毛玉が現れる。

 ……いや、毛玉じゃない。良く見ると手足に尻尾、そしてぴくぴくと耳が動いていることに気づく。背中にコウモリのような羽がついているが、これは……


「かっ、かわいい……!」


 猫だ! 黒猫だ!!

 背中の羽を除けば黒猫そのもの。最初に毛玉だと思ったのはそれがどこがウエストでどこがおしりだか分からないくらいのメタボ体形だからだ。

 いやでも、デブ猫かわいいっ!!


 猫特有のシュッとしたボディーも(たま)らないが、肉で埋もれた短い手足や動くたびにぶるんぶるん揺れる腹肉も(たま)らない。


 犬派か猫派かと聞かれたら断然俺は猫派だ。猫への愛が強すぎるのか人に慣れているという猫でも逃げられることがあった。

 小さい頃から追っかけまわしていたので、親戚の家の猫は俺が行くと絶対にベッドの下から出てこない。

 危害を加えるつもりなんてまったくないのに。ただ抱っこしてなでなでしてもふもふしたいだけだ。


 そんなこんなで俺の猫への愛情は逃げられるというフラストレーションも加算してレベルMAXに達していた。知らない間に指がわきわきと動いてしまう。


「え、この子なに? 重くない?」


 普通の猫だったら七キロくらいあるだろう。それがこんなか細い少女の肩に乗っているのだから。相当重く感じるはずだ。


「レシャは魔法生物だから重くないです。大切な私の相棒ですよ」

「すっげー! 俺、魔法生物初めて見た!」


 レシャちゃんっていうのか。彼女の言葉に応えるよう、羽を広げてパタパタと振ってみせる。

 きゃ……きゃわいい! テレビで何度か魔法生物を見たことはあるが、生で見るのは初めてだ。最近は魔法使いが操っているんじゃないかってその存在すら疑問視されていたからな。


 けれどもいまここには俺ら以外誰も居なくて。魔法使いが操っている可能性はなくて。自分の意思で動いている本物の魔法生物だということになる。

 くるくると彼女の肩周りを駆け巡った後、ちょこんと首を(かし)げる。くはぁ~、かわいい~っ!!


「さ、触ってもいい……?」

「どうぞです」


 おそるおそる指を伸ばす。高級毛皮のようにつるりとした毛触り。

 体温はあんまねぇんだな。ふわふわの体は綿でも詰まっているかのようだ。贅肉(ぜいにく)かと思ったがこう弾力があることからすると、この形がデフォルトなのかもしれない。

 毛の根元のほうはざらざらとしていて荒いガーゼ布のようだ。うーん、ちょっと鮫肌(さめはだ)気味なのかな~。短い手足を確認するかのように指をかける。


 そんなふうに遠慮なく触っていると突然バシッと手をたたかれ、彼女の後ろへ隠れてしまった。えぇっ、もう終わり?


「あぁっ、もっと触らせてくれよ~」

「お兄さんちょっとしつこいです……」


 ぐ、と言葉に詰まる。確かに親戚からも同じことを言われていた。んでもこんなに可愛かったらもっと触りたいって思うじゃん?


 しきりに悔しがっていると一歩離れた位置で西牧が俺らのやりとりを無言で見守っていた。ちょっと顔にあきれたような色が浮かんでいるように見えなくもない。


「おまえ触んなくっていいの? 本物の魔法生物だぜ?」

「あ、ああ……」


 どことなく気が乗らない感じだ。こんなにかわいいのになにが不満なんだよ。

 ほらほらと促すとこわごわと少し頭を()でるだけで終わってしまう。せっかく触らしてくれてんのに、もったいねぇ。


「とにかく、この子が見かけより強いので大丈夫ですよ。悪い人が来ても一発です」


 しゅ、しゅ、とシャドーボクシングのようにレシャちゃんがまんまるの拳を振るってみせる。あぁぁぁ、やべぇ。あの手でほっぺたぷにぷにされてぇ。


「分かった。でも暗いから気をつけてね。レシャちゃんボディーガードしっかりよろしく」


 そうお願いすると頼もしく胸を前脚でどんとたたいてみせた。おお、勇ましいな。


 これ以上引き止めてもさらに帰りが遅くなってしまうので、名残惜しくはあるが手を振って彼女たちを見送る。

 角を曲がりすっかり姿が見えなくなった後、俺たちも家路へ就くべく逆方向へと歩き始めた。


「はー、かわいかったな~レシャちゃんもあの女の子も。また会いたいなぁ~」


 手に残った感触を脳裏に刻むように反芻(はんすう)する。西牧はそんな俺を複雑そうな目で見つめていた。


「そういや西牧って動物苦手? 小さい子とかも苦手そうにしてたけど」

「別に、苦手じゃない」


 かわいいものは好き、と言葉(みじか)に告げる。体格がいいからか、かわいいもの好きだとか言うとどうしても違和感があるな。


「じゃあなんでレシャちゃん触りたがらなかったんだよ。あんなにかわいいのに」

「それ、は……」


 じっと俺の顔を凝視する。なにか言いたげな視線。

 自分より高い位置にある西牧の顔を、疑問符を浮かべながら仰ぎ見た。


「……いつか、話す」


 なんだよその言い方、気になるじゃんか。


 詳しく聞きたかったが分かれ道が近づいてきていて。時間も遅いのでそのまま別れた。

 案外初めてだから遠慮したのかな。静かな夜道で手触りを反芻(はんすう)しながら歩く。


 また会えたらいいな。

 もうとっくに見えないが。俺は振り返って、いま来た道を名残惜しく眺めた。


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