9-5 東の王子
「おまえ魔法学園生なのに見てねぇのかよ。全国高校魔法選手権」
年に一度テレビ局主催で行われる、魔法科高校生が対決するバラエティー番組だ。勉強のためにもチェックしたほうがいいとは思ったが、ついついプライドが邪魔して見ることがなかった。
そういえばシオンが出てたとか言ってたな。どちらかというと全国高校生クイズのほうが好きなんだけど。
「突如現れた東の王子の大活躍により、東京魔法学園は悲願の初優勝を決めた。いままでは西の王子率いる大阪魔法学園が連覇してたからな」
言われてみれば去年、でかでかとのぼりが立っていた。開催されたのはシオンと仲良くなる前だったので、気にも留めていなかった。校外の女子にも人気が高いのはテレビの影響があるってわけか。
「今年も出るんだろ? 期待してるぜ、西と東の王子バトル。北の野獣も黙っちゃいないだろうからな」
「北の野獣?」
「東北魔法学園にもすっげぇのがいるんだよ。ただルックスが王子って柄じゃないんで『野獣』って呼ばれてるんだ」
それは……なんというか、北の野獣という人に同情してしまう。本人もきっと王子と呼ばれたかっただろうに。ルックスでそんな扱いの差をされるとは。
俺もけっしてイケメンの類には分類されない顔なので、その野獣という人を応援したくなってしまう。
「東の王子は歴代にない高い魔法力の持ち主だって、そりゃもう司会者べた褒めだったんだぜ」
ふっ、それほどでもないが。と褒め称えられたことがうれしいのか、悠々と足を組みシオンが椅子にかけ直す。
……いや、ふんぞり返ったと言ったほうが正しいだろうか。
指先で前髪を跳ねあげるしぐさなどが気取っていて軽い殺意を覚える。
俺はそれを横目で眺めながら、続く言葉を放った。
「ちなみにここにいる西牧は、シオンより高い魔法力の持ち主だったりするんだけどね」
「はぁ?」
まじまじとおっさんが隣に座っていた西牧を見つめる。おっさんは魔法力を見ることはできないはずだが、俺の言葉を目で確かめようとするがごとくジロジロと西牧を視線で舐った。
「おまえら同じ学年だろ? なんでそんな逸材が去年出てねぇんだよ」
「いろいろ事情があったんだ。今年は出させる」
西牧の同意も得ずにシオンが断言する。ぼそりとつぶやかれた「嫌だ、出ない」という言葉は完全に無視だ。
かわいそうに西牧。流されやすいお人よしのおまえだと確実に引っ張っていかれるな。いままで見る気もしなかったが今年はちゃんと見ることにするか。
「もしかして健人もすげぇ魔法力の持ち主だったりするのか?」
「いや、コイツは底辺だ」
「なんだとコノヤロ」
俺が否定するよりも早くシオンのほうが答える。俺の殺気立った態度を気にすることなく、ふんっと傲慢に鼻を鳴らした。
「勘違いするな。あくまで『魔法力』の話だ」
それにしてももうちょっと言い方ってもんがあるだろう。じとりと半眼でシオンを睨みつけていると、おっさんが哀れみを含んだ声でつぶやく。
「やっぱりおまえ、おちこぼれなのか」
「やっぱりってなんだよ! これでも成績はいいほうなんだぜ?」
特進科へは上がれずにいるが、それでも筆記は学年で一桁や二桁に食い込んでいる。実技がちょっと苦手ってだけで、普通科高校なら完璧に優等生の部類だ。
ふてくされてほおづえをつく俺に、おっさんがハンバーグについていたフライドポテトを突きつけてくる。尖らせた唇にむにむにとポテトが押し付けられた。
無理やりに唇を割ってくるのでおっさんの指まで噛み付く勢いでバクリと歯を鳴らす。
「まぁ、そんな高い魔法力の持ち主がゴロゴロいちゃたまんねぇよな」
すんでのところで俺の噛み付き攻撃を躱しながらカラカラ笑う。
東の王子以上がいるってだけでも驚きだぜという言葉に、俺たちは深刻な顔をして押し黙った。様子がおかしいのに気づいたのか、おっさんの笑い声が徐々に小さくなる。
「なんだよおまえら、そんな辛気臭ぇ顔して」
そうだ、まだ確認できていないが……ひとつだけ懸念事項がある。
「……もし、拓哉なら。俺より高い、魔法力の持ち主……」
西牧が重い口調で言う。早乙女が西牧の言う小さいころの友人かどうか確認は取れていないが、もしそうだったのならば厄介だ。
レピオス側の協力者である、魔法使いの『御曹司』
それが早乙女の可能性が高くなってしまう。
くはぁ、と間の抜けたような形容しがたい音を立てておっさんがため息をつく。
「どんだけ魔法力が高い奴らがいるんだよ……十年にひとりと持て囃された東の王子以上がゴロゴロいるってのか?」
「いない。松岡も、かなり珍しい」
「西牧レベルは規格外だ。おそらく数十年にひとりの逸材だろう」
神様は本当に。本っ当ーにパラメーターの振り分けを誤ったに違いない。いまからでも遅くないから早乙女の魔法力を俺に振り分けてくれればいいのに。
「まだ早乙女が西牧の探してる人か分からないからさ。明日、ちゃんと正門前まで連れ出してくれよ?」
「ああ」
心強い返事をもらったので、そろそろお開きにする。
別会計は面倒だと、500円だけ出して残りをおっさんが奢ってくれた。
店を出ると、満月に近い月がぽっかりと漆黒の闇夜に明るい穴を開けている。大分遅くなってしまった。
少し皆から離れて家に電話をかける。数コールもしないうちに母親が出て、苦笑しながらこれから帰ると連絡をした。
俺の電話が終わるのをおっさんたちが律義に待っていてくれる。できるだけ早く終わるよう、会話の内容に注意した。
「仲よさそうで安心したぜ」
「――どういう意味ですか」
「いや、アイツ学校には深刻な相談できる友達が居ないとか言ってたからよ。ひとり浮いてるんじゃないかと思ってたんだが……要らない心配だったみたいだな」
「友達になったの、つい最近……頼ってくれてる、なら、うれしい」
「…………」
「これからも仲良くしてやってくれよ? アイツ、ほっとくと無茶するからな」
「なぁ、そこ何話してんの? 俺の悪口?」
電話を終え、皆の元に駆け寄る。
さっきっからチラチラとこっちを見ていた。シオンに至っては心なしか俺を睨んでいるようにも見えて気分が悪い。
言いたいことがあるなら面と向かって言えっての。