9-4 早乙女と昔のともだち
「おっさんお疲れー」
「……半泣きになってるかと心配して来てみりゃあ、元気そうじゃねーか」
待ち合わせの定番となったファミレスで、開口一番、顔をしかめて嫌そうに呻く。
あ、やっぱり誤解してた。心配要らないと証明するように、しっかりと強い口調で言ってやる。
「元はといえば俺が見つけた事件だし。いつまでもへこんでおっさんひとりに任せてらんないって」
真剣に。覚悟を決めた目で、青柳のおっさんを見上げる。
俺の視線を受けてしばし沈黙したあと。わざと聞こえるようにでかいため息をついて、空いている席に座った。
「もう泣いても慰めてやんねーぞ」というつぶやきに、俺より先に隣のシオンが反応する。バラされると恥ずかしいので、約束した時間より遅く現れたことを非難した。
「七時って言ったのに、遅いから先に飯食っちゃったよ」
七時に約束したのに、「後れる」と連絡が来たのは七時半近くになってからで。ようやっとおっさんが現れたのは八時を過ぎてからだった。これ以上遅くなるなら日を改めようと考えていたところだ。
「コレでも早く終わらせてきたんだ。忙しいうえに昼は早乙女、夜は部長と一緒だったからな。メール打つのも一苦労だったぜ」
おっさんの口から「早乙女」という名前が出てきて西牧が露骨にそわそわしだす。無口で無表情だと思っていたが、よくよく観察してみると感情豊かだよなコイツ。
落ち着けって、と軽く声をかけて店員を呼ぶボタンを押してもらう。俺らは先に食べちゃったけど、おっさんはまだだからな。メニュー持ってきてもらわねぇと。ついでにデザートも一緒に頼も。
「そっちは友達か?」
「うん。西牧康太と、松岡……」
「拓哉! いるって、聞いて……!」
自己紹介も終わらぬうちに西牧が問いかける。待ちきれないようだし、先にそっちの話をしてやったほうが良さそうだな。
「拓哉?」
「うん。おっさんとこの新人。もしかしたら魔法使いかもしんなくて」
「なんだって?」
一度違うかも、と否定しただけあって、身を乗り出して聞いてくる。
「ただの同姓同名かもしんないけど、西牧が小さいころ『早乙女拓哉』っていう魔法使いと面識があってさ。年も近いし可能性高いんじゃないかと」
マジかよ、と呆然とするおっさんをよそに、店員さんがメニューを持ってくる。あまり長居しても悪いし、先に注文を決めることにした。
その間も西牧が気になって気になってしょうがないという顔をしているので、注文が終わり次第本題に戻してやる。
「魔法使いかどうかは西牧と会えば分かるから。今度西牧と会わせられないかな?」
「あ~、一応聞いてはみるけどよ。アイツ付き合い悪いからなぁ……子どものころ、相当仲良かったのか?」
「微妙、かも。俺は思ってた、けど……拓哉は、覚えてない、かも……」
肩を落とし、消え入りそうな声で答える。一緒に遊んでいたのはたった二カ月だけらしい。
拓哉の父が厳しい人だったらしく、一日に数十分ほど度しか遊べなかったという。家を抜け出して、こっそり親交を深める日々。ほぼ毎日のように通い続け、仲良くなったという。
結局最後は家を抜け出しているのが父親にバレて。直接会うことも適わず、手紙でのお別れとなったらしい。
西牧は拓哉って人に会いたくて学校中を探しまわっていたのだ。できるなら向こうも、西牧のことを覚えているといいのだが……。
西牧いわく、拓哉は西牧に魔法を教えた先生で、優しく正義感が強い人だったという。この前の早乙女の様子を思い出すととても西牧が会いたがるような人物には思えないのだが。
歳月が人を変えてしまったのだろうか。もし西牧の探している人と同一人物だったとしても、覚えていない可能性が高い気がする。
「もしかしたら違う人かもしれないし。遠くから見るだけでもいいんだけど」
「なら正門前で待ってりゃいい。アイツいっつも定時で帰るからな。俺も用事があるって言って、一緒に正門前を通ってやるよ」
5時15分が定時なので、そのとき間に合わせて正門周辺に待ち伏せし、おっさんと一緒に歩いている人物を遠くから確認する計画だ。
西牧が力強く「待ちます!」とおっさんに宣言する。これで、感動の再会となればいいのだけど。
「ただし、健人は来んな」
「なんで?!」
突然の仲間ハズレ発言に驚いて抗議する。
「バカ、区役所の奴らに追われてたの忘れたのか? おまえは出入り禁止だ」
「イメチェンしてるから大丈夫だって! 服も前と違う傾向の着るし」
「ダメだ。おとなしくしてろ」
ぎゃいぎゃいと大人げなく言い合いをする。心配してくれてるんだろうけど、それとこれとは話が別だ。
あまりにも俺が折れる様子を見せないので「正門から中へは一歩も踏み入れない」という条件付きで同行を認めてもらう。
おっさんは往生際悪く「コイツのこと、ちゃんと見張ってろよ?」と西牧とシオンに対して注文をつけていた。ほんと、心配しすぎだって!
そうこうしていると頼んでいた品物が届く。
おっさんはがっつりハンバークセット。シオンと西牧はカリカリポテト。俺はなめらかアイスプディングだ。
昼に奪ってしまった玉子焼きのこともあり、取り皿に半分盛って西牧の前に置いてやった。明らかに目を輝かせてスプーンを握りしめる。どうやら嫌いではないらしい。これで貸し借りはナシだな。
シオンも食べたそうにしていたので、カリカリポテトと交換に一口分けてやる。
「で、西牧くんは分かったが、そちらさんは?」
「松岡獅恩です。はじめまして」
ああ、そういえば自己紹介が途中だった。あらためて紹介しようとすると、おっさんが聞き慣れない単語を発する。
「東の王子じゃねぇか」
「王子?」
確かに服装や偉そうな態度からして王子っぽいなとは思うけど。東の王子?




