9-3 残り香
昼はようやく女子から解放されたシオンと一緒に食って。
途中で例の弁当を食べている西牧に気づき、当たり障りのなさそうなおかずを一口摘まませてもらった。やっぱここの店うまいなー。指に残ったピリ辛ソースを名残惜しく舌で舐めとる。
「今日の放課後、青柳さんと会う。楽しみ」
無事におっさんから今日会えるという返信が届いていた。
「絶対に行くから待ってろ」といささか大げさに返ってきたので、もしかしたらなにか勘違いしてるかもなぁと人ごとのように思う。
前回びーびー泣きながら別れたからな。まだ心配してるかもしれない。今日会って、もう大丈夫だって伝えてやんねぇと。
「やっと、手がかり。みつけた」
真剣な声で西牧がつぶやく。
例の新人がずっと探していた友達かもしれないなんて。人ってどこでつながってるか分かんねぇよな。
気づけば西牧は箸を持ったまま拳を固く握りしめている。眉間や肩に力が入っていて、早乙女に会うことを待ちきれない様子だった。
「あんまり緊張すんなよ。放課後のことばっか気にしてたら授業に集中できないぜ?」
ポンポンと肩をたたきながら前席の椅子を勝手に拝借し、腰を掛ける。
「緊張、していない」
「ホントかよ。いま机の上から物がひとつなくなったんだけど、ちゃんと気づいてる?」
慌てて視線を巡らす西牧に笑いながら、隠していた左手を開く。ペットボトルのオマケとしてついてた消しゴム人形だ。
飲料のマスコットの形をしていて、実際に消しゴムとして使うには機能的でない、飾り要素の強いもの。
ちょっとしたイタズラ心が芽生えてくる。
「その店の玉子焼きってうまいよなぁ。いっちょ勝負しねぇ?」
人形をパッケージから出し、手のひらに握りこんだ。小さなそれはすっぽりと俺の手のひらに収まってしまう。
「どっちの手に入ってるか。外したらその玉子焼き俺に頂戴?」
西牧が勝った場合のご褒美がないので勝負を受けるメリットはないのだけども。お人よしは人から誘われたら深く考えずにうなずいてしまう。
「偽物とかはナシな。人形を手のひらに置いて……」
両の手のひらを明らかにした後、指先で摘んだ人形を左の手のひらの真ん中に置いてやる。
そしてそのまま手を返しながら握りこみ、遅れて右の手も握って裏へとひっくり返した
「どっちの手に入ってるかー?」
「……変えなくて、平気?」
目の前で人形を握りこんでいるのを見ているだけに戸惑いながら聞き返す。
左の手のひら。どう見ても人形の所在はそちらだろう。
「いいよ、ハンデ。どっちだと思う?」
「こっち」
左を躊躇することなく指さす。
西牧も玉子焼き好きそうに見えたもんなぁ。いくら心根が優しくたって俺に譲る気にはなれないのだろう。さぁて。
「こっちでいい?」
「ああ」
「外れたら玉子焼き本当にもらうぜ?」
「ああ。だいじょう……っ?!」
左の手のひらを開くと、そこにはなにも入っていなかった。外れると思っていなかったのか、西牧が大きく目を見開く。
「おまえいまのどうやった」
「ああ、別に魔法じゃねぇよ?」
横でシオンも見ていたらしく、近くへと寄ってくる。俺は右手を開き、中に入っていた人形を西牧の目の前へと置いた。
「握りこむ瞬間に右手に持ち替えただけ。ちょっと練習すればすぐできるようになるよ。んじゃ玉子焼きもーらいっと♪」
弁当から黄色い塊を奪い、口に入れる。ん~っ、やっぱ出汁が利いてていい味してるわ。
「んじゃ俺練習行ってくんね。西牧ごっそさん!」
好物を思わぬ形で奪われ落ち込む西牧と、さっきの俺の技を再現しようと人形を弄くるシオンを置いて教室を出る。
さっきのを逆手に取った方法でシオンも騙せそうだな。今度うまそうなの食ってたら仕掛けてやろう。
口に残る後味を楽しみながら、なんとなく今日は昼寝する気になれなかったのでそのまま練習場へと向かった。
なんだかんだあって、最近自主練できていなかったのだ。時間ぎりぎりまでやって、少しでも感覚を取り戻しておきたい。
*****
通い慣れた練習場。いつもの定位置に陣取ると、早速魔法の練習に励む。
魔法粒子を得るために人を殺している組織。それに対抗するにはいままでの練習方法を続けていたのではダメだろう。魔法コントロールがヘタなのは凝縮に集中力を使い果たしてしまうためだ、とシオンは言っていた。
だが逆に。コントロールを無視すれば、凝縮に集中した分威力を高められるということだ。
いままでコントロールに当てていた意識をすべて凝縮に回す。
まっすぐ飛べばそれで構わない。細々とした調整を無視して最大出力で魔法を放つ。
魔法を放つときは人に当たってしまったときのことを考えて、ある程度力を押さえて発動するよう学校で教えられていた。常に魔法は自分のコントロール下にあるように。それが魔法発動時のルールだ。
だけど相手は人殺しなんだ。生易しいことを言っていたらこっちがやられる可能性がある。たとえ手違いで死んでしまったとしても構わないだろう。
西牧やシオンと違って俺は魔法が得意じゃない。魔法対決となったときに足を引っ張るのだけはゴメンだ。
胸に巣くう不安を打ち消すようにただがむしゃらに魔法を放つ。放った魔法は激しい火柱を上げ、標的としていた岩を包み込んで。わずかに付着していた苔が跡形もなく炭化する。
コントロールを放棄するだけで普段放っていた魔法の倍近くの威力を引き出せていた。続けてまた凝縮に集中する。
何度目かの凝縮を行っている最中、俺の耳は土を踏みしめるほんのわずかな音を捉えていた。
シオンが来たのだと思い、そのまま気にせず練習を続けるが……気配はそのまま近づいて来ようとしない。
――シオンじゃない?
嫌な予感がしてバッと勢いよく振り返る。
部室棟の陰に人影があった。振り返ると同時に影が引っ込んだので、俺は姿を捉えるべく全力でその場所へと駆け寄る。
たどり着き、辺りを見回したが、死角が多い場所のため、誰も見つけることができなかった。
それでも。俺の鼻は記憶にある微かとな香りを捕らえる。甘いバニラを思わせる、自然界には存在しない人工的な香り。
「律花……?」
木々のこすれる音以外静寂を保つ林の中で。俺のつぶやきは微かとに残った香りとともに風にさらわれていく。
ふわりと甘い、嗅ぎ覚えのある匂い。
それは彼女が最近好んで付けていた、香水の匂いだった。




