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8-2 孤独な闘い


 いつの間にか眠りに落ちていたらしい。


 外から聞こえてくる部活動の掛け声によって、ゆっくりと意識が覚醒する。

 明るかった天井が少し黄色みを帯びた色で陰っていた。


 脱水気味なのか。喉が渇き、よく寝たはずなのに頭が重い。


 体を伸ばしながら周りを見回すと、ベッドを取り囲むカーテンが少しだけ開いていた。きっちり閉めたはずなのに。

 疑問に思うと同時に、ベッドサイドに俺のカバンが置かれているのが目に入る。

 誰かクラスメイトが持ってきてくれたのだろう。一緒にペアを組んでいたやつだろうか。明日礼を言わなければ。


 乱れた布団を整え直し、カバンを手に取るとベッドから離れる。

 時計を見るともう放課後だった。ぐっすり寝ていたから授業が終わっても起こされなかったのだろう。用具整理をしていた先生が大丈夫かと問いかけてくるのに返事をし、礼を言って保健室を後にする。


 放課後の薄暗い廊下は誰もいなく、遠くから野球部のノック音が聞こえるのみだった。

 低く差し込むオレンジ色の光がいたる所をおぼろげに照らしている。

 黄色いフィルターを一枚かけたような景色はどこか非現実めいた物悲しさを感じさせ、理由もなく不安感が湧いてきた。


 通り過ぎる教室はどこも無人で、学校に自分ひとりが閉じ込められてしまったような。そんな錯覚さえ起こした。かかとを引きずった上履きの音がずりずりと情けなく響いていく。


 なんとかして持ち直さなくては。実技の授業は成績の大半を占める。このまま魔法が使えなかったらドロップになってしまう。

 そんなことになったら、西牧は俺に話さなければよかったと自分を責めてしまうだろう。彼のせいではないのに。彼を安心させるためにも、こんなところでつまずくわけにはいかない。


 それに、おっさんだって。

 おとなしくしてろと言われたけれど、区役所内部に敵がいるおっさんを放っておくことなどできない。

 つまらないことで動揺してしまうメンタルの弱さを悔やむ。早く持ち直して。少しでも心配をかけないようにして、協力しなければ。


 鈍く痛む頭を押さえて足を進める。ひんやりと冷たい風が首筋をなで、体をぶるりと震わせた。肩にかけたカバンのストラップを両手でぎゅっと握りこむ。


 次の実技が始まる前になんとかしなきゃ。ドロップと認定されたらとてもこの世界では生きていけない。取り返しがつかなくなる前に、なんとかひとりで乗り越えなければ……


「今日も練習に来ないつもりなのか」


 ビクリと体が震える。

 昇降口を出たところで後ろから声がかけられた。正直いまは一番会いたくない奴の声だ。


 魔法粒子の正体に思い当たってから、なんとなくシオンの顔が見辛くなっていた。コイツは悪くないが派手な魔法をガンガン使う奴だ。正直浪費とも言える使い方をすることだってある。

 そんな姿を見ているとどうしても魔法粒子がどこから来たか、話してしまいたくなるのだ。


 それだけは駄目だ。西牧に口止めされたこともあるし、シオンのためにならない。

 優秀な魔法の使い手として学校中の注目を浴びている男だ。俺や西牧のように魔法を使いたがらなくなったら、さまざまな方面に影響が出る。

 なにより、魔法を使うのを躊躇(ちゅうちょ)するシオンなんて、俺が見たくなかった。


「体調悪いんだよ。そのうち行くから」


 顔も見ずにそう答える。授業以外で魔法を使うつもりはないので、一時しのぎにしか過ぎなかったが。

 ドロップを免れるためには、必要最低限の粒子を使って課題を乗り越える必要がある。だが俺はコントロールがいまいち下手で……自分が必要だと見積もった以上の粒子を集めてから、魔法を構成する癖があった。

 それを必要最低限でやろうとして、今日の失態だ。


 ……魔法粒子の扱いに()けている西牧に相談したほうがいいのだろうか。でも西牧は優しいから、それで苦戦する俺のことを気にしてしまうだろう。


 誰にも言わずに胸に秘めておく。それが一番いい選択に思えた。

 誰にも話さなければ皆が皆、いままでどおりでいられるんだ。それが最善の方法だろう。

 こんなこと、簡単に人に言えるわけがない。


 シオンを無視して足を進めていると、パチンと指を鳴らす音が聞こえた。

 その音の意味に思い当たり、慌てて振り返る。

 ……魔法!


 体を翻すと同時に突風が巻き起こる。

 発生した風は彼の周りに集まり、金色の髪を勢いよくなびかせ。次第にその回転数を増し始める。竜巻か!


 発生した竜巻はあっというまに大きくなり、近くにおいてあったゴミ箱や掃除用具まで巻き込む。

 左右にブレながらもそれは確実に俺に向かってきて……カバンを捨て、逃れようと走ってみたが――間に合わない!


 為すすべもなく渦に飲み込まれ、校舎の壁へ激しくたたきつけられる。

 ともに巻き込まれた掃除用具が俺の体のいたる所を打ち付けていった。


 いってぇ。シオンの奴、思いっきりやりやがって……!


「なぜ()けなかった」


 背中をしたたかに打ち付け、()き込む俺にゆっくりと近づいてくる。


「魔法を使えば()けられたはずだ、おまえなら」


 確かに()けられただろう。魔法を……命からできている魔法粒子を消費すれば、確実に。


「……授業以外で魔法は使いたくねぇ」


 痛みをこらえ、なんとか口にする。空中で巻き上げられた際に打ち付けた脇腹が熱くズキズキと痛んだ。


「なぜだ。魔法を学ぶためにこの学園へ来たのではないのか」


 選ばれた者しか入ることを許されない魔法学校。

 優れた魔法使いになるために、俺は入学前から独自で練習を繰り返し、死に物狂いになりながらなんとか入学を果たした。

 そんな俺とは対照的に、特待生としてすんなり入学したシオン。もともと、世界が違っていたんだ。


「おまえには分からねぇよ」

「なら分かるように話せ」

「話したくない」


 キッパリと言って拒絶する。

 置かれた立場が最初から違うのに、なんだかんだで縁があり。いままで一緒に行動することが多かったが……。


 魔法に対する姿勢が変わった俺を、もう構いたいとは思わないだろう。練習場に行かなければシオンとの縁はそこで終わりだ。


 正直、その才能に憧れて、近くで魔法を見るのを楽しみにしていたが。

 いまは顔すら見るのがつらい。


 視線をそらしていると、これ見よがしにひとつため息をつく。

 小さく鼻を鳴らしたあと。()き捨てるようにして続く言葉を発した。


「おまえは、魔法粒子の正体が人の命だから使いたくないと。そんな寝ぼけたことを言うつもりか」


 え?

 (はじ)かれたように顔を上げる。


 シオンは明らかな怒りを(たた)えて俺を(にら)みつけていた。

 コイツにこんな目で見られたの初めてかも……。いや、それどころじゃなくて。いま何て……


「おまえの様子がおかしくなったのは西牧と親しくなってからだからな。問い詰めた。魔法粒子がなにからできているか知っている」


 知っている。明らかにいまコイツはそう言った。

 知っている。すべて知ったうえで魔法を……



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