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8-1 死者に囲まれた場所


「……っ」


 いつもより丁寧に構成したはずの魔法が呆気(あっけ)なく霧散する。

 ちっと舌打ちしながら震える手を抱え、強く握りしめた。


 昼休みを終え、五時間目。実技の授業。

 俺はうまく集中することができず、与えられた課題をことごとく失敗していた。


 魔法粒子を意識するたびに殺された人たちの姿が浮かぶ。ダメだ、こんなんじゃ。集中しろ、集中。


 なんとか落ち着こうとするが寒気が止まらない。唇を()み締め必至に震えを抑えるがダメだった。焦りが焦りを呼び、まともな精神状態を(たも)てない。

 幸い今日はペアを組んでの実技のため、クラスで悪目立ちするようなことはなかったが。案の定西牧が心配そうに俺のほうを見ている。


 違うんだ、おまえのせいじゃない。西牧は優しいから、きっと自分のせいだと責めてしまう。

 落ち着け、集中しろ。いまは魔法を放つことだけを考えるんだ。


 そう思っても目をつぶるとすぐに殺された人たちの姿が浮かんでしまう。

 ニュースで見た被害者の写真。崖下に落ちて無残に拉げたバス。

 被害者たちの写真が俺を取り囲んでいるような錯覚にまで陥った。悔しさと焦りから目尻に(しずく)がたまる。駄目だ。ここで泣いたら間違いなく悪目立ちする。


「おい、大丈夫か?」


 ペアを組んでいる相手が心配そうに顔をのぞきこんでくる。

 誰が見ても分かる明らかな不調。もう平静を装うことなんてできなかった。片手で顔を覆って言う。


「わり、ちょっと気分悪くて。保健室行ってくるわ」


 体調不良を訴えると、日頃の行いがいいからか、あっさり先生に認めてもらえた。教室から逃げるようにして、保健室へと向かう。


 授業中の廊下はしんと静まり返っていて、まわりの空気がより冷たく感じた。

 足早に保健室へたどり着くと、校医の先生へ調子が悪い旨を話し、頭まで布団に潜って丸くなる。

 昨日だけでなく一昨日も寝つけなかったから眠いはずなのに。高ぶった意識はとても眠りにつけるような状態じゃなかった。


 学校は一定量の魔法粒子を(たも)つため粒子瓶を使っている。あのレピオスから購入したものを。


 ぎゅ、とシャツを握りこんだ手を引き寄せる。強く(つむ)った目からはまた涙が(にじ)んできていた。


 震えが止まらない。俺の周りを取り囲んでいる粒子があの被害者達の可能性があるのだ。

 それだけじゃない。もっと前の犠牲者や、刑務所で殺された人たちの可能性だって……。


 もう考えるな。たとえそうだとしても俺にはなにもできないじゃないか。

 布団をつかみ、さらに体を縮める。


 遠くから聞こえるわずかな物音が俺を責める被害者たちの声に聞こえて。


 他の場所より魔法粒子に満ちているこの学園を、初めて恐ろしいと感じた。


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