1-3 対極的な恋のライバル
二年の教室へと、だるい足を引きずってなんとか無事にたどり着く。
クラスメイトたちはほぼ全員席に着いていて、あとは先生が来るのを待つのみ、といった状態だった。「遅いじゃん」というクラスメイトの冷やかしを軽く流して、席に着く。
普段時間に余裕を持って行動しているだけに、いろいろな意味で心臓に悪かった。
一応、先生方には優等生として認識されているのだ。遅刻なんてつまらないことで点数を引かれたくはない。
ぐったりと机に伏せながら、ポケットからヘアピンを取り出す。
本当なら鏡を見たかったけれど、トイレに寄っている時間はなかった。あと数分で始業のチャイムが鳴るだろう。
跳ねた髪を手で押さえ、髪をヘアピンで無造作にとめていく。
優等生を自認している俺だが、服装だけを見るとそこら辺にいる普通の高校生と変わらなかった。
……いや、むしろ少しだらしないかもしれない。
かっこいいからという理由で左耳にピアスを開け、眉を短く整えている。ネクタイはかなり緩め。しているだけマシといったところか。シャツも窮屈という理由で裾から出しっぱだ。
この学校は生徒の自主性を尊重しているのか、かなり自由な校則だった。制服も用意されてはいるが違うのを着てもいい。
せっかくの学園生活だ。勉強で遊ぶ時間が取れない分、違うところで満喫したい。
髪も黒髪だとつまらないので、明るい色に染めたいところだが……ちょっとばかりチャラ過ぎるだろうか。大人しめの色にしようか、思い切って明るくしようか迷い中だ。
跳ねた後ろ髪を手ぐしでなでつけていると、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。
嗅覚が人より鋭い俺は、香りだけで人の判別ができてしまう。
キツイ柔軟剤の香りなどに困らされることも多々あったが、この香りは落ち着きがあって、どちらかというと好ましく感じられた。
甘く優しい、バニラのような香り。
どんな香水を使っても、つけすぎることなく。さり気なく香るオシャレを楽しむとは、相変わらずセンスがよい。
顔をあげると、予想通り。
黒く長い髪をかき上げながら、俺の恋のライバル……笹生律花が話しかけてきた。
「おはよう、健人」
「おはよ。日直なんだって?」
「ええ。健人が間に合ってよかったわ。日誌の遅刻者の欄に、あなたの名前を書かなきゃいけないところだった」
くすり、とピンク色の唇を引いて笑う。すらっとしたスタイルにキレイな髪。
整った顔立ちは冷たい印象を与えがちだが、こうして笑うと年相応のあどけなさも見えたりして。
あらためて、ライバルとして強敵だなと唇を噛む。
対する俺は、正統派美人と戦うには少々心許ないルックスだ。決してブサイクではないと思いたいが。
「なぁ、葉野町の火事っておまえん家、近所じゃね?」
「そーなんだよ! なんか灯油撒いたみたいでさぁ。すっげー臭くて大騒ぎだった!」
聞こえてきたクラスメイトの会話にビクリ、と体が震える。なんてことない世間話なのに、過剰反応してしまった。
昨日味わった恐怖が脳内を走り抜け、指先からペンが零れる。
自由落下したシャーペンは固い床にたたきつけられて、プラスチックの体にヒビを入れた。
「大丈夫?」
笹生が心配そうに声をかけてくる。
俺はそれに軽く返事をして。走った本体の亀裂に指を這わせた。
落としただけでヒビが入るなんて、案外脆いもんだな。いままでちょっと落としたぐらいじゃなんともなかったのに。
物の命って、こんなに呆気ないものなのか。
「貸して」
変な感傷に浸る俺の手を、滑らかで柔らかい指がなぞっていく。
驚く間もなく、ひび割れたペンが笹生へと取り上げられた。
彼女はペンを口元に寄せると、ちゅっと軽く口付ける。
呆然とその様子を見守る俺に対し、少しはにかみながら、長い髪をもう片方の手でかきあげた。
「ショック受けてたみたいだったから」
渡されたペンを受け取る。
つるりとした光沢を纏う、プラスチックのシャーペン。
そこに、先ほどの亀裂はどこにも見当たらなかった。
魔法で修復したのだろう。
別段、珍しいことでもない。
だってここは――
魔法使いが集まる、『東京魔法学園』なのだから。