6-4 ありがとう
「なん、で……」
細い目を大きく見開き、言葉を詰まらせる。
その反応で、自分の予想があっていたことを悟った。
「思い当たっちゃったっていうか……当たり?」
念のため確認を取る。
外れていて欲しいなんて望みを抱いたが、残念にも西牧はこっくりと深くうなずいた。
そのまま立ち尽くしているわけにもいかないので、帰り道へと足を進める。
「みん、な、知ら、知らない……誰も。だか、ら、言え、なくっ、て……」
西牧が必死になにかを伝えてくれようとするけど、言葉が詰まっているようだ。
できるだけ優しく、安心させるように腕をぽんとたたいてやる。
「西牧。ゆっくりでいいから知っていることを話してくれないか? うまく話せなくても気にしないから、ひととおりさ。分からなかったら後でもう一回質問するから」
そう伝えると、しばし俺のことをじっと見つめて。
ひとつうなずいたあと。黙っていた内容をぽつぽつと話し始めてくれた。
「魔法粒子、前からあった。でも、魔法使い出てきたの、赤涙の悲劇から。赤涙の悲劇で、たくさんの人、死んだ。魔法粒子、増えたから……」
やはりか……。
前回、言うのを渋った理由。それは、俺が魔法使いだからだ。
自分が使っている魔法粒子の正体が『人の命』だなんて。気味悪くて、人によっては衝撃を受けるだろう。
拒絶されたんじゃない。あれは、西牧なりの精一杯の優しさだったんだな。
納得すると同時に、どこか信じたくない思いに囚われる。
この際なので、疑問に思った点を遠慮なく問いかけさせてもらった。
「赤涙以前にも戦争とかで大量に死んでるけど、なんで赤涙以降に魔法が出てきたんだ?」
いまよりはるかに人口の多かった戦前は、人が多い分魔法粒子の宝庫なはずだ。それこそ心霊スポットが全国各地にあることになってしまう。
「火葬、知ってる?」
「ああ。昔の埋葬の仕方だろ?」
死んだら分解葬場へ送られ、微生物によってゆっくり土へと帰される。
だが、昔は火葬という方法が主流だったらしい。人口が多く、微生物に任せていたのでは処理が追いつかないからだ。
死してなお高温の炎に焼かれるなんて、つらいなと子ども心に思ったものだ。
「死んだとき、魔法粒子出る。死んだ後、残りの粒子、ゆっくり。火葬、粒子、一緒に燃やす」
詳しく聞き出してみれば、人は死んだ瞬間にある程度の魔法粒子を放出した後、朽ちるにつれてゆっくりと残りの粒子を放出していくらしい。
火葬すると、残りの魔法粒子も一緒に燃えてしまうそうだ。
赤涙の悲劇はいままでの戦争とは規模が違い、死んだ人たちが野ざらしのまま腐敗して、伝染病などの問題を引き起こしたという。
手が足らずに弔えなかったせいで、最後まで粒子を放出することになったのだろう。
その死体の量は、魔法粒子の数を世界規模で増加させた。
「日本、戦後は分解葬。それで粒子量、安定」
海外などでよく行われている土葬も粒子が地中に残ったままになり、外には出てこないらしい。
国土が狭いことから土葬を厭った日本は、戦後エネルギーを大量に消費する火葬から分解葬に切り替えていた。
専用の施設で約一週間かけて骨の状態にし、それをお墓に納める。火葬ほど早くはないが、土葬より場所も歳月も取らずに済む。
空気に触れると活性化する微生物を使っている関係で魔法粒子がうまく空気中に漂い、消失することなく生み出されるらしい。
日本の狭い国土と科学力が生み出した、最先端のエコな葬送方法だ。それがこんな副産物を産んでいようとは。
そういえば分解葬場は心霊スポットとしてメジャーな場所だ。
資料をたどると、さらし首などが行われていた随分前の時代はお化け騒ぎが多かったと説明してくれる。
総人口は少なかったものの、人の集まる江戸なんかには強烈な怪談話が多かった。陰陽師や祓い屋稼業なんてのも本当にあった職業らしい。
他にも反論できそうなことを上げてみるが、どれだけこのことについて深く調べたのか。どんな反論にも納得せざる得ない答えが返ってきた。
ただの思い付きや疑念なんかではない。はっきりとした確証を持って言っている。
頭では理解したが感情で納得できず、なおも西牧に問いかける。
「子育て税が粒子を増やしたってのは、どういう意味だ?」
心当たりがなくもなかったが、ちゃんと西牧の口から聞きたかった。
言いにくいのか。少し視線をさまよわせた後で、小さく答える。
「子育て税で、子ども産む人、増えた。けど……死も、増える」
想像通りの答えが返ってきて、瞑目する。
赤涙の悲劇以降、どこの国も人口増加に苦戦していた。その中で、順調に人口増加に成功しているのが、子育て税と不妊治療を極めた日本だ。
出生率が順調に増えているが、同時に死亡者数も増えている。
人口が増えれば単純に死者の数も増えるものだが……おそらく、言っているのはそれだけのことではないだろう。
子育て税を目当てに、無計画に子どもを産む人が増えていた。
出生金だけもらって子どもを捨てる親も多い。虐待問題も未だ後を絶たない事例だ。
子育て税目当ての犯罪は、月一ペースでニュースになる社会問題だった。
同性婚の場合は税率が上がることもあり、子どもを望む人が多い。
だが、遺伝子操作を用いた出産は、子どもだけでなく親の死亡率も跳ねあげた。
外から手を加える分、負担が大きくなるらしい。担任も出産は命がけだったと話していた。
赤涙の悲劇によって減った人口を取り戻すため、なかば強引に行われた子育て税制度。
それが、結果的に魔法粒子を増やす切っ掛けになっていたとは。皮肉な話だ。
「魔法粒子が命だなんて聞いたことないけど……なんで皆気づかないんだ?」
「粒子が目で、見えない限り。普通、気づかない。だから健人が気づいたの、不思議」
なぜ? と逆に問い返される。
おっさんと話し合ってたどり着いたとは言えず、西牧の話を聞いてなんとなく思い当たった、と濁しておいた。
思い返してみれば、幽霊が出るのは人が死んだ場所が多い。粒子の発生源として、幽霊の話を聞いたときに気づくべきだった。
粒子が見える人間でないと考えもしない発生源。多くの人が知らない不都合な事実。
――魔法粒子は、人の命でできている。
「魔法は、悪くない。でも……」
少しだけ、口ごもる。
見上げれば、つらそうに眉をひそめる彼の顔が目に入った。
「魔法、あまり、使いたくない……それだけ」
それが、魔法力に恵まれた西牧が魔法を使わない理由。
俺とシオンが知りたがっていた西牧の秘密。
「松岡、には……言わない、ほうが……」
暗い顔で西牧がいう。
魔法学園は粒子の補充こそしているが、もともと魔法粒子の多い場所に建てられたという。うわさでは大規模なシェルターがあったとか……。
粒子が多い場所と言うのは、それだけ過去に人が死んだ場所だということだ。
俺でさえ気味悪いと思うのに、魔法粒子を感じられる人間ならよけい気になってしまうだろう。
ましてやシオンは魔法を過剰に使うフシがある。
それが人の命だと知ったらダメージがでかいに違いない。言わぬが花だ。
街灯があるものの、薄暗い住宅街をふたり並んであるく。
おいしい料理を食べたあとだというのに、胃の辺りがむかむかとして気持ち悪かった。
少しでも気を紛らわせようと、西牧に話しかける。
「西牧、この話いままで誰にもしたことなかったのか?」
しばしの沈黙の後、コクリと無言でうなずく。
「そっか……つらかったな」
こんなことを言ってもなんにもならないと分かっている。
分かっていてもなにか言わずには居られなかった。
寡黙で魔法をあまり使おうとしなかった西牧。話してみて分かったがコイツはかなり優しい。
魔法粒子が人から発生しているなんて、こんなこと触れ回ったらやっと安定してきた魔法社会が根底から崩れてしまう。
魔法力が見えるゆえに気づいてしまった事実。誰にも話すことができずにずっとひとりで抱えてきたのだろう。
好奇心で食いついて悪かったなと反省しながらも、もしかしたら聞き出せてよかったかもしれないと思い直した。
誰にも言えないというのはつらいことだ。言うことで少しでも心が軽くなればいい。
「話してくれてありがとな」
分かれ道についたので、帰り際にぽん、と背中をたたく。
また月曜日にな、とできるだけ明るくあいさつを交わして。
暗くてよく見えなかったけれど。
西牧が目を擦りながら、小さくうなずいた気がした。