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6-3 もっとうまく立ち回れたら


「こーらっ、お部屋に行ってなさいって言ったでしょー?」


 後ろから実羚が困ったように笑いながら目の持ち主をぐりぐりと()でる。

 俺は慌てて涙と鼻水を制服の(そで)で拭い、何事もなかったかのように笑顔を貼り付けた。


「弟さん?」

「うん。ほら勇二(ゆうじ)、あいさつして」


 はにかみながら実羚の後ろに隠れ、最初にそうしていたように影からこちらをチラチラとのぞいている。その目はなかなか俺から離れようとしなかった。やべ、泣いてるの見られてたかな。


 少し気恥ずかしくなって視線をわざと外すと、西牧が勇二くんを見たままフリーズしているのに気がついた。もしかしてコイツ小さい子苦手か?


「文化祭のときは来てなかったよな」


 去年の文化祭にヘルパーさんの助けを借りておじさんが来ているのは見かけたが、こんな小さな子が居た記憶がない。


「発作持ちでね。あまり外に出られないんだ」


 今年で九歳になるが、普通の小学校ではなく病院内に併設されている院内学校へ通っているのだという。


 知らなかった。いろいろ苦労してるんだな……絶対に俺が幸せにしてやるからな、とあらためて決意を固める。


 キリのいいところで数学の課題へと取り組み、終わり次第また本の整理へと戻る。

 一問自信のない問題があったが、律花のおかげですんなりと解くことができた。

 西牧と実羚は数学が苦手なようで、先に解き終えた律花からヒントをもらい、どうしても分からない場所は解説してもらっていた。

 落ち着いた口調で滔々と説明していく律花の声は、耳に心地いい。和やかな雰囲気で勉強会が進んでいく。


 実羚が課題を終える頃に、ようやく本を整理し終えた。

 大きさも巻数もきれいにそろった。これならどこになにがあるか分かりやすいし、車椅子のおじさんでも取り出しやすいだろう。いいできに満足する。


「ありがとうございます。助かりますよ」

「もしなんだったらまたお手伝いしましょうか? 後ろの本棚も整理しちゃいますよ」


 一見しただけでは分からなかったが、棚は二重になっていた。後ろのほうにも本がたくさん詰められている。


「いえ、そっちは価値もなく私も使わない本なので。そのうち業者に頼んで破棄しようと思っているんです。気にしてくれてありがとう」


 にっこりと笑いながらお礼を言ってくれる。

 おじさんの好感度を稼ぎ、実羚の手料理を味わうことができるなんて。今日の俺って最高についてるな。


 実羚が料理をしに台所へ向かうと、入れ替わりで俺が席へと着く。

 机にはいつの間にか、パウンドケーキが置かれていた。生クリームもなにもないシンプルなケーキだが、紅茶の香りが広がってうまい。

 一口ひとくち大事に味わい、西牧の計算ミスを横から気まぐれに指摘する。


 最後の一口はできるだけ()まないようにして味わい、名残惜しく口の中でほどけたのを見送ったあと。手持ちぶさたな時間をつぶすため、律花と軽く予習を進めた。


 充実した時間というのは過ぎるのが早い。あっというまに律花が帰る時間になり、玄関先まで見送る。


「ありがとう。今日は楽しかったわ」

「俺も助かった。また来週な」

「律花ぁー! またねー!」


 律花が帰ると聞いたのか、慌てて玄関まで実羚が駆けつける。

 律花は小さく笑って、先に家路へとついた。その背中が見えなくなるまで見送ってから、「やっぱ律花ってサイコー!」とこぶしを握りしめ、()みしめるようにして実羚がつぶやく。いちいちオーバーアクションで、見ていてとても楽しい。


「律花って魔法もうまいし、勉強もできるんだな」

「そーなの! 才色兼備とはこのことだよねー!」


 やっぱ好きー! とテンションを上げる実羚を見て苦笑する。

 できればその感情は俺へと向けてもらいたいところだけど。確かに才色兼備だよな。


 最初に抱いていた警戒心を忘れさせるほど気さくに話しかけてきたので、勉強が捗ってしまった。


「もーちょっとでご飯できるよ。そっちは終わりそう?」

「ああ。手伝うよ」


 西牧ももうほとんど課題を終えていたので、手伝いを申し出る。

 箸を並べたりご飯をよそったりと簡単なことだけ協力した。

 てきぱきと料理を盛り付ける実羚を眺めながらこみ上げてくるうれしさに体を震わせる。

 エプロン姿かわいいなぁ。なんかこれって新婚っぽくねぇ?


「タケト、ちょっと来て~」


 なんだー? なんて気安い感じで台所に踏み入る。

 くぅぅぅっ! これ、夫婦っぽくね? 夫婦っぽくね?! 未来の予行練習だ。


 俺の愛する新妻はお養父さんの会社の人からいただいたというお菓子を広げ、なにやら頭を悩ませていた。のぞき込むと、その一つ一つがカラフルな包装紙で丁寧に包まれている。中身はすべて一緒のようだ。


「ねぇ、お父さんは何色が似合うと思う?」


 ……出た。女の子が発する不思議質問。

 正直言って誰に何色が似合うとかまったく見当もつかない。

 だがここで「なんでもいーよ」なんて言ったら優しい旦那様としては失格だな。えーと、えーと……


「黒」

「……びっくりした。おまえいつの間に」


 後ろから西牧がそう口を挟んでくる。新婚妄想が一気に吹き飛んだじゃねぇかちくしょうめ。


「武藤は赤。健人は、オレンジ」

「おおー、わかるぅー! 今度から迷ったときは西牧に聞くことにしよ」


 くそう、こんなところでポイント稼ぎやがって! だがオレンジは俺の好きな色でもあるので納得してしまう。髪の毛もオレンジだし。実羚が赤ってのも似合いそうだしな。

 なにかコツでもあるのだろうか。今度こっそり聞き出そう。


「ね、ね、僕は?」


 駆け寄ってきた勇二くんが期待に満ちた目で西牧を見上げる。


「……黒」

「お父さんと同じ色ー?」


 まぁ確かに勇二ってお父さん似だもんねー、と黒に色が近い茶色の包みを勇二くんに渡す。

 西牧自身は紫がかった青の包みを選んでいた。落ち着いた雰囲気といい、この色も西牧に合ってるな。カラーコーディネーターとかそんな仕事が合っているんじゃないだろうか。意外な才能だ。


 食後のデザートも無事決め終わり、華やかな食卓にさっき選んだカラフルな包みが混ざる。


「いただきまーす!」


 おじさんに勇二くん、実羚、西牧、俺。全員で席に着き、手をあわせてあいさつをする。

 並んだ料理はどれも家庭的でおいしそうに見えた。箸を運び、期待を裏切らない味付けに顔がほころぶ。


「すっげーうまい!」


 素直に感想を述べれば「おかわりあるからね」とうれしそうに笑ってくれる。

 これだけ料理がうまければいつでも嫁に来れる。つーか来て欲しい。彼女と一緒にこんなおいしい料理を毎日味わえるならすぐ幸せ太りしてしまいそうな気がするが。


 西牧の舌にもあったらしく、「おいしい」と小さくつぶやいた後はひたすら食べることに集中していた。

 勇二くんが院内学校で起きたできごとを一生懸命に話してくれるので、俺はそれにあいづちを打って。


 和やかで楽しいひと時が過ぎる。おなかだけでなく心も満たされた気分だ。

 食べ終えた食器は後でまとめて洗うというので、お言葉に甘えて流しに運ぶだけにする。

 結婚したら後片付けは俺がやるからなー。家でもそこそこ料理はするので、そこらへんは慣れたものだ。


「ごちそう様、すげーうまかったよ。また他のも食べさせてくれな」

「機会があればね」


 答えた実羚の顔は少しだけ悲しげに見えた。つられて俺も少し元気をなくしてしまう。

 ずうずうしかったかな。また食べたいほどうまいって言いたかっただけなんだけどな。


 これ以上遅くなると迷惑になるので、食事を終えたあと早々においとますることにする。

 病気がちだと言っていたが、勇二くんは一生懸命俺に向かって手を振ってくれて。

 また遊びに来てね、とありがたい言葉をいただいてしまった。

 望んでもらえるのなら何回でも来る。っていうか、ここに住んでもいい。

 俺も勇二くんの姿が見えなくなるまで、振り返りながら手を振りつづける。


「すごく、楽しかった……」


 すっかり日の落ちた帰り道。

 並んで歩きながら、ほう、と熱に浮かされたかのように西牧がつぶやいた。

 その顔には(やわ)らかい笑みが浮かんでいて。誘ったときは心配だったが、喜んでもらえてよかった。


 その幸せな気分を壊すのは少々申し訳ないが。

 どうしても確かめなきゃいけないことがあるので、ひとつ深呼吸をして決意を固める。


「なぁ西牧。この前話してた、粒子の消費を少なくする理由なんだけどさ……」


 ぴくり、と西牧の肩が揺れる。

 視線が所在なくさまよったあと、路肩へと落とされ「話す気は、ない」と拒絶された。


「話さなくていいよ。ただ、確認したくってさ。YESかNOで答えてくれればいいから」


 不安そうな視線がこちらへと向けられる。

 俺は足を止めて。自分より高い位置にある西牧の目を、しっかり見つめて言った。


「おまえが粒子の消費を少なくする理由。それって、魔法粒子の正体が人の命……だからだろ?」


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