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5-3 魔法粒子の秘密


「刑務所のことも気になったんだが、もうひとつ気になったことがあってな……前に聞いてた部長らの会話、他になにを話してたか思い出せないか?」


 漠然(ばくぜん)とした聞き方に戸惑ってしまう。そんなこと言われても。


「距離もあったし、全部聞き取れてたわけじゃないから……前話した以上のことはわかんないよ」


 そっか、と落胆するおっさんに事情を聞く。もしかしたらなにか切っ掛けで思い出すことがあるかもしれないと見込んでだ。

 おっさんはガリガリと、きまり悪そうに後頭部を()いて口にした。


「いや、前に話していた御曹司っての、俺がいま見てる新人じゃないかと思ってな」

「休憩室で話してた人?」


 外から聞き耳を立てていたが、高圧的で先輩に対する礼儀というのがカケラもなく、聞いているだけでハラハラした。前に鳴り物入りで入ってきた新人だと言っていたけれど。

 他の職員が関わりを()けるので、教育係として最初から最後まで面倒を見なければならず、苦戦しているという。


 おかげで昼、まともに食えていねぇんだ、とさらに追加で料理の注文をする。だからこんなにガツガツ食ってたんだな。

 まだ手つかずのからあげをおっさんへと分けてやる。


「あのガキって呼んでたけど、若い人?」

「ああ。おまえと同じくらいの年だ」

「え、区役所って中卒でも入れるの?」

「知らねえ。詳しくはなにも聞かされてねぇからな」


 年齢も学歴も不明。わかっているのは名前と家柄のみ。

 早乙女拓哉(さおとめ たくや)

 早乙女建設っていう大手ゼネコンの御曹司らしい。


 通常、新人は年に一度の公務員試験を受け、全員同じ時期に入ってくる。

 だがその早乙女ってやつは裏でどんな不正を働いたのか。全然関係ない五月にひょっこりと、丁重にもてなすようにとの注釈付きで入ってきたらしい。


「そんな人が何で区役所に」

「さぁな。人生経験としていろんな職場を体験してみたかったのか。あるいは……」


 ひとつ呼吸を置く。自然と俺の動きもジュース手に持ったまま止まっていた。


「部長らの仲間として、送り込まれたか」


 早乙女建設の御曹司。

 部長らは御曹司と呼ばれる人物を「生意気小僧」と称していた。確かに、可能性としては高そうだ。

 実際、早乙女が来てからブラックリストの人たちの死亡率が上がっているという。


「だが、早乙女が魔法使いだなんて聞いたことがねぇ。普通魔法使いだったらそのことをひけらかしたり、威張ったりするもんだろ?」

「あ、俺のクラスに魔法の才能があるの隠してる奴いるから、一概にそうとは言えないかも」


 正確には魔法力を隠していたのではなく、魔法粒子の消費を少なくしようとしていただけらしいが。

 それに俺だって、魔法使いであることを威張ったりはしない。だが、世の中は魔法使いだと言うことを大上段に振りかざす人が多いので、おっさんの疑問も当然だった。


 魔法使いというだけで優遇してくれる企業が多いので、普通、魔法使いであることを隠す人間はいない。ドロップはまた別の話になるが。

 なにかの参考になるかと、雑談程度に西牧の話をしてやる。


 赤涙の悲劇以前から魔法粒子があったこと。幽霊の正体は魔法粒子かもしれないこと。日本はなぜか、魔法粒子の数が他の国より多いこと。そしてそれは、どうやら子育て税が絡んでいるらしい、ということ。


 ひととおり説明したがおっさんもピンと来るものはなかったらしく。

 枝豆を口にしながら不思議そうに首をひねる。


「初めて聞いた説だな。たしかにそりゃ気になる」

「だろー? 明日聞けたら聞いてみたいけど、たぶん厳しいだろうなぁ~」


 話し切ったあとで、そういえば内緒だと西牧に口止めされていたことを思い出す。

 いや、でも結局なんで粒子の消費量を減らして魔法を使っているのか分からないままだし。ここまでは話しても大丈夫だろう。たぶん。


「日本の粒子量が多いなら、そいつが消費を少なくする理由がよけいにわかんねぇな。……ってか、気になったんだが。おまえ、魔法使いがクラスメイトにいるのか?」


 心底驚いた、という顔で聞いてくるので、畳んで脇に寄せていたジャケットをひらひらと振ってみせる。


「クラスメイト全員魔法使いだよ。東京魔法学園だから」

「ってことはおまえも魔法使いなのかよ?」


 当たり前じゃん、と返せば本気で驚いたようだ。うそだろ、と言葉を詰まらせる。


「はぁ~……人は見かけに寄らねぇっていうが、本当だな」

「どーゆー意味だよ」


 不機嫌を隠さずじと目で(にら)み付ける。人のことをなんだと思ってるんだ。


 魔法学園生は全員品行方正な優等生だと思ってた、とつぶやかれ、机の下で足を蹴ってやった。

 俺だって筆記だけなら優等生の部類だっての。魔法はまぁ……もうちょっと努力が必要だが。


「おまえみたいなのが魔法使いだってんなら、案外早乙女も魔法使いなのかもしれねぇなぁ」

「だから、どーゆー意味だよ。……でも、魔法使いは全員魔法学園に通うはずだから。俺と同じ年ぐらいで働いてるっておかしいよ」


 魔法使いは基本、全国に五カ所ある魔法学園のどこかに三年在籍するというルールがあった。卒業して初めて、魔法を公共の場で使ってもいいという認可証がもらえる。

 魔法の才能が開花するのは個人差があるので、人によっては入学前に仮認可証を持っている奴もいるが。シオンは小学校低学年のうちに仮認可証を取得したらしい。いくらなんでも早すぎだろう。


 だが、そんなシオンでさえ、魔法学園に通わなければ正式な認可証はもらえないのだ。

 魔法学園に通えるのは満一五才を過ぎてから。

 成人してから魔法の才能に目覚めた人は、各学園にある四年生の社会人コースに通うことが多い。


「まだ15になってねぇのか? ……いや、だとしたら中学に通っているはずだしな」

「年齢聞き出すこととかできる?」

「やってみる」


 心強い返事をもらう。

 これで案外、ただ童顔なだけの20才とかだったら面白いんだけど。

 一応、別の仮定も思いついたので告げておく。


「認可証を取らずに、一般人として一生区役所で働くつもりって可能性もあるけど……」

「いや、ねぇだろ。たとえ同じような仕事をしてても、魔法使いってだけで給料が二倍近く違うんだぜ?」


 まったく同じ仕事をしていたとしても、魔法使いというだけで特別手当をつける会社は多かった。そこら辺も含めて、ちょっと不公平だよなと思わなくもないが。


「おまえんとこのクラスメイトみたいに、魔法粒子を消費したくないっていうなら話は別だけどな。俺からしてみりゃ魔法が使えるってだけでうらやましいのに、ほんと謎だぜ」


 お待たせいたしましたー、と追加の飲み物とともに店員さんがあんみつを持ってくる。

 俺は笑顔で受け取るとホロホロと崩れる寒天の感触を思う存分楽しんだ。「おまえ、俺の分も頼めよ」と半眼で見られたが、にっこり笑って無視をする。

 スプーンをくわえながら、さらに謎な言葉をおっさんに伝えてやった。


「しかも話してくれない理由が、俺を傷つけたくないからだっていうし。意味わかんないよなぁ~」

「考えてみるか? おまえがなにを聞いたら傷つくか」


 俺が頼んだものより少しだけ豪華なあんみつを追加注文しながら提案する。

 西牧が魔法粒子の消費を少なくしている理由。その理由を聞いたら、俺が傷つくという。


 ってことは、俺が傷つきそうなことを片っ端から挙げていったら、答えが出てきそうでもあるが。


「なんだろ? 魔法に関することだとは思うけど。検討つかねぇ」

「魔法粒子が、実はとんでもないものだったりしてな」


 けらけらと笑うおっさんを前に、俺はその説もあり得るなと考えを深める。


 分子レベルで形を変える謎の魔法粒子は、数々の研究が行われているが、いまなおもその存在について分からないことが多かった。

 心霊スポットに魔法粒子が多い理由。魔法粒子は昔から存在していたのに、赤涙の悲劇後に発見されたわけ。日本が魔法先進国なのは、子育て税が関わっているという発言。

 寡黙な西牧なら、説明に無関係なことは話さないだろう。

 そうなると、話してくれたことはなにかしら魔法粒子に関わりがあるはずで……。


「子育て税のおかげで、他の国よりいち早く人口増加に成功してるだろー? それが魔法使い先進国な理由……つか、魔法粒子が多い理由らしくて。なんか共通点ある?」

「心霊スポットとの共通点か? さぁなァ。心霊スポットと赤涙の悲劇の共通点だったら、人がたくさん死んだってことなんだろう……が……」


 笑っていたおっさんの声が小さくなる。

 人口増加。心霊スポット。たくさんの死者。……俺が傷つく理由。


 いままで気にしたこともなかったけど、魔法粒子だってひとつの物質だ。突然なにもないところから発生するとは思えない。

 そうなると、発生源というものが必ずあるわけで……


 同じ考えに行き当たったのだろう。お互いに目を合わせたまま、言葉を失う。


「西牧が魔法を使わない理由って……」


 恐ろしい可能性に行き当たってしまい。

 俺とおっさんは顔を青ざめさせた。


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