5-1 状況報告
明日がくるのを待ちきれずに思いながらも、約束だったので指定された場所で青柳のおっさんを待つ。
もらったメールは簡素ながらも、早めに会いたいという意思が含まれていて。
この幸せな気持ちを崩さないでもらえたらいいな、と少しだけ心配になってしまった。
図書室で新たに借りた本を熟読していると、頭上から声がかけられる。
「悪い、待ったか?」
「ううん、いま来たところー。ざっと50分くらい前かなー?」
「悪かったって。うまく抜けられなかったんだよ」
セリフに抑揚を乗せずに答えてやれば、苦笑しながらおっさんが謝ってくれる。まぁ、読書が進んだから別にいいけど。
前回待ち合わせした場所と同じファミレス。だが、店員さんも、俺たちがこの前のふたりと同一人物だとは思わないだろう。……だって。
「ガキんちょにしては、思い切った色にしたな」
一瞬誰か分からなかったぜ、とおっさんが俺の髪を指摘する。対する俺も、声より先に姿を見ていたら逃げ出しかねない格好を指さした。
「おっさんこそ、大分攻めた服着てんじゃん。カタギの人には見えないね。公務員がそんな格好して大丈夫?」
「大丈夫なわけねぇだろ。変装だ、変装」
シャツを替えただけだけどな、と断るが、白シャツから柄シャツに替えるだけでこんなにガラが悪くなるものなのか。変装のためにかけたサングラスが、ますます近寄りがたさを演出している。
「また場所変えるぞ。伝票よこせ」
「ゴチ。でも傍から見たらヤクザに連行されるかわいそうな高校生に見えるけど、身分証明書は持ってる?」
「職質されんぞって言いてぇのか」
サングラスを押し下げて、嫌そうに睨み付けてくる。
ほら、完璧ヤクザじゃん、と茶化せば、渋々サングラスを外してくれた。髪を軽くセットしているから、サングラスなしでも公務員の青柳さんとは結びつかないだろう。光沢がある茶色のヘビ柄シャツなんて、普通の服屋で見たことがないんだけど。
バイクの後ろに乗せてもらい、少し離れた場所にある個室居酒屋へと案内される。この前の店よりちょっと高そうだ。
店の体制もしっかりしていて未成年の確認をされるが、アルコールを頼まないと約束して通してもらった。今回はおっさんもバイクだしな。
注文がひととおりそろうと、互いの身の安全を確認しあう。
俺はあれ以降区役所へは近づいていないし。おっさんのほうも、しばらく部長が不機嫌そうにしていたが、特に問題なく日常を過ごしているらしい。
「とりあえず、おまえが無事なようで安心した。葉野町の友人、あれから投稿あったか?」
「いや……あの日からぱったりと。ログインすらしてないっぽい」
「死んでたぞ」
さらりと言われ、思わず絶句した。
取り分けてやったサラダをむしゃむしゃとほおばりながら、青柳のおっさんが静かな声で告げる。
「おまえが前言っていた名前の人物が、交通事故で亡くなっていた。今日死亡届を受理したとこだ。投稿が途絶えたってことは、その人で間違いないってことだな」
軽く血の気が引く。もしかして、とは思っていたが。
あの日おっさんに逃がしてもらってよかった、と身がすくむ思いだった。
「……殺されたの?」
「分からねぇ。交通量の多い道で、無理に渡ろうとして跳ねられたらしい」
突き飛ばされたのかもしれねぇし、身の危険を感じて逃げる最中に跳ねられたのかもしれねぇ。詳細は分からん、とむしゃむしゃ食事をすすめる。よくそんな話しながら飯が食えるな。
引いた血の気を戻そうと、温かい豚汁に口をつける。おっさん一押しの豚汁だったが、あまりおいしくは感じなかった。
つるつると滑る里芋に苦戦していると、続けて近況を報告してくれる。
「警察には一応相談してみたが、あまりに突拍子もない話だから、気にとめておくぐらいしかできないと言われたな。ただ、なにかあったら真っ先に病院と区役所を疑って、報告してくれるってよ」
事件にならないと動けないうえ、基本民事不介入の立場を取らなければならない警察にしては配慮してくれたほうだろう。
聞いてみれば、ほどほど親しくしている警察の人がいるらしい。下っ端だからあまり頼れねぇが、と言うけども、なにかあったときに真摯にこちらの話を聞いてくれる存在がいるというのはありがたい。
警察が率先して動くことはできない。葉野町の友人から事件をたどることも不可能。
そうなると、言い逃れできないほどの決定的証拠をつかむか、事故を起こそうとしている現場を現行犯で押さえるしかないだろう。
俺は俺で、調べてきたことをおっさんに伝えてやる。
「あれからとりあえず、病院のことをいろいろ調べてみたんだけどさ。開業L.G4年、今年50周年を迎える中規模病院で、全国に四つ関連病院があるみたい。評価は真っ二つだね。ホームページは医療刑務所で処置仕切れない病人なんかを受け入れてます、とか社会に貢献してますアピールがすごかったけど」
病院の口コミサイトを見たが、勤務医の態度が悪いというものから信用できないといった不信感丸出しのメッセージまで、投稿件数が他の病院とは突出して盛り上がっていた。
星の数は4.0でいいほうだが、高評価レビューの投稿者の名前が似たような傾向なのが気になった。もしかしたらサクラレビューが混ざっているかもしれない。
せっかく有益になりそうな情報を探してやったというのに、目の前のおっさんは苦虫をかみつぶしたかのような渋い顔をする。
「おまえ、もう動くなって言っただろが」
「ネットで調べただけだよ。病院自体には近づいてないし」
本当は直に病院に行ってみたかったのだが。もう危ない橋を渡りたくはなかったので、地図サイトで周辺をVR探索するだけに留めた。
中規模という割には、結構大きな病院だった。近くに粒子瓶製造会社レピオスの工場があり、その会社と続くように塀が設置されていたので、ひとつの要塞に見えたほどだ。
「開業者は虹鉈彬雷って人で、病院だけでなくレピオスの創業者でもあるみたい。もう亡くなってるけど。現院長はその親戚が継いでるみたいだね」
粒子瓶製造業、株式会社レピオス。うちの学校に魔法粒子を卸している超大手会社だ。瓶を積んだ馬鹿でかいトラックが脳裏によぎる。
そこの二代目である現社長は、成功者を紹介する番組かなにかで見たことがあった。
虹鉈繚。偏屈じじいといった形容詞がぴったりな、白髪交じりのじいさんだ。
40後半だと言っていた気がするが、骸骨のように頬が痩けていて。どう見ても60そこらに見えた。
他社よりも安い価格で参入した先代社長の死後、後を継いだ息子がさらに安価な粒子瓶の製造に成功し、一気に大手企業へと成り上がったという。
それまで何社も粒子瓶の製造会社があったのに、その安さには勝てず、多くの会社が廃業に追い込まれた。得意気に語る社長がどこか好きになれなくて、すぐチャンネルを変えたっけ。
「特に死亡者が多いとか、そういう情報は見つからなかったよ。患者さんに取材したら出てくるかもしれないけど」
「やめておけ。ほんとおまえ、おとなしくしてろ。どっから辿られて目をつけられるか分からねぇぞ」
まだ死にたくないだろ? とまっすぐに低い声で問われて、怖じ気づいてしまった。
危なくない範囲で役に立てないかと思って調べてみたんだけど。あまりやりすぎると心配させてしまうので、控えたほうが良さそうだ。
会ったばかりの年下をこんなに心配してくれるなんて、いいひとだな、と変なところでうれしく感じながら自分の報告を終わりにする。




