4-6 全部ぜんぶ、彼女のおかげ
「……え、この本全部なん?」
心配してくれた司書さんに丁寧にお礼を言った後、科学準備室を覗く。
そこには机の上に積まれた大量の本をどう持って帰ろうか頭を悩ませている実羚がいた。
積んであるという単語で実は予想していたが、これほどだとは……。
「毎日五冊ずつ持って帰っても、一週間以上かかりそう~……」
「明日実羚の家お邪魔するときに、俺も運ぶの手伝うよ」
毎日重たい思いをして帰るのも大変だ。みんなで手分けして運んだほうがいい。
実羚と律花に五冊ずつ持ってもらって、残りは俺が頑張るにしても。ちょっとこの量はつらそうだ。できるならもうひとりくらい男手が欲しい。
もちろん、俺が複数回実羚の家に伺ってもいいのだが……。
最近、練習場へと行けていなかった。今日はおっさんと会って、明日は実羚たちと勉強会。さすがに五日も行かないとシオンがなにか言ってくるだろう。
家ではちゃんと練習しているし、サボりではなく本当に用事があってのことなのだが。
ほぼ毎日のように放課後の自主練でシオンと会っていたので、一緒に練習するのが暗黙の了解みたいになってしまっていた。
彼との距離を保つなら、いままで通り顔を出したほうがいい。
多少面倒くさくても、シオンと仲良くするメリットは大きかった。
彼の放つ魔法は、評判通りに華やかなもので。
緻密な構成に、大胆なアレンジ。それを可能にする強大な魔法力。
負けず嫌いなため、人を褒めるなんて癪でしょうがなかったが、唯一シオンにだけは素直に賛辞を送っていた。
これだけの力を持ちながら、なおも成長を続けようと努力を続ける姿は、純粋に尊敬する。
もともと周りの期待も高く、才能のあるやつだ。目標は身近に居たほうがいい。
他のクラスメイトや先輩を目標にするくらいなら、多少変わり者だがシオンを目標にしたほうが成長できる。
実際シオンの魔法の組み立てをマネし始めてから、どんどん精度が上がっていった。
できるだけ親しくして懐に潜り込み、得られるものは貪欲に吸収する。
ゆがんだ考え方だと自分でも思ったが、しょうがない。とにかく負けたくないのだ。
学園で優秀な成績を収め、希望した企業に就職する。それが俺の目的なのだから。
とにかく、シオンの機嫌をこれ以上損ねないためにも、そろそろ練習所へは顔を出しておきたい。
そのときに西牧のことを伝えてやれれば、さらに機嫌も取りやすくなるだろうが……。
うわさをすれば影、というか。廊下を西牧が横切っているのをたまたま見かける。
今日一日注意して西牧のことを観察していたが、クラスメイトの誰とも話そうとしていなかった。
彼は人付き合いに関して、過剰なほどに遠慮がちだ。
もしかしたら俺のほうから声をかけてやったほうがいいのかもしれない。
急ぎ過ぎて面倒くさい相手と思われたら大失敗なのだが――
ずうずうしさは俺の特権。
そう自分に言い聞かし、思い切って声をかける。
「西牧! 明日の放課後空いてるか? 悪いんだけど、本運ぶの手伝ってくんねぇ?」
突然声をかけられて驚いたのか、大きく目を見開いたものの、すぐさまこくりとうなずいてくれる。
心なしか、その表情が明るく見えた。よかった、少なくとも嫌われてはいなさそうだ。
「ほんと? ありがと! ついでに西牧も一緒にうちで課題やろうよ!」
実羚がにっこりと、西牧に向かって誘いをかける。
あまり話したことない相手を家へ招き入れるなんて、結構勇気の要ることだと思うが……人当たりのいい実羚は、そんなこと気にしないらしい。逆に俺のほうが心配になってしまう。
「人数大丈夫か?」
「へーきへーき。私の部屋は無理だけど、居間なら四人座れるから!」
しまった。彼女の部屋に入れるというイベントフラグをへし折ってしまったらしい。
けれども、西牧に声をかけておいて玄関先で帰らせるというのも悪いと思っていたので、素直にその提案を喜ぶ。
いいよな? と西牧に確認すると、一回しか聞いていないのに二回も首を縦に振ってくる。しかも二回目は力強く。どうやら乗り気で居てくれてるみたいだ。
約束を取り付けると、明日よろしく、と西牧のことを見送って。準備室の奥のほうに居た先生に明日持って帰ると報告をする。これで当日、鍵の心配などしなくても済むだろう。
なりゆきとはいえ、最初は律花とふたりだけの予定だったのに、男をふたりも増やしてしまった。念のため謝っておく。
「突然人増やしちゃってゴメンな。西牧とは話したことある?」
「ないけど、健人の友達だったら大丈夫だよ!」
これを切っ掛けに仲良くなるね、と心強い言葉をもらう。
俺以外の男とあまり親しくなられるのは困るんだが。彼女らしい信頼の仕方に、照れくささを覚えると同時にうれしくなる。
実羚が居てくれて良かった。気まずかった西牧と仲良くなれそうだ。
クラスメイトとの関係修復までしてくれるなんて、やっぱり彼女は最高だ。
「明日、すげー楽しみにしてる」
「うんっ!」
こみ上げる高揚感を抑えきれずに告げれば、元気よく返してくれる。
明日は最高の一日になりそうだ。騒がしい廊下を彼女と並んで歩きながら、胸を包む多幸感に終始顔がにやけていた。




