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4-3 突然の拒絶

「……健人、好きな人、いるか?」

「はぁ?」


 突拍子もない話をされて声が裏返る。

 いや、この流れだからというよりもコイツからそーゆー話が出るということだけでなんとも言えない違和感を覚えた。

 話し方が端的ゆえに、どことなく幼く感じてしまうからだろうか。

 目の前で静かに弁当をつついているのは、俺よりはるかにガタイのいい、思春期まっさかりの高校生なわけだけど。え、お化けの後は恋バナですか?


「好きな人と結婚して、子ども産む。同性同士でも」


 恋バナからいきなり子どもの話とは。随分飛ばしていくなーと感想を抱きながらもおとなしく耳を傾ける。

 西牧の言うとおり、大人になったら結婚をして、子どもを育てるのが一般的だ。

 法改正によりこの国では同性婚が認められていた。実際うちの担任も男同士の同性婚だ。遺伝子操作でもうけた子どもをふたり、大切そうに育てている。


「子育て税、日本、厳しい。子ども居ないと、不利」


 子どもの成長と生活のために、子育て税というのが執行されていた。成人したすべての人に課税され、子どもが生まれたら免除になるという税制度だ。


 子どもは社会全体で育てていくもの。予防接種などの医療費から生活必需品まで、ありとあらゆるものがその子育て税で賄われ、補助される。

 その保障は手厚く、子どもを産んだほうが生活が楽になるとまで言われているくらいだ。


 赤ちゃんも遺伝子学が進み、同姓同士でも認可さえ受ければ遺伝子操作で産めるようになっていた。男同士でも人工胎盤によって産むことができる。体に負担がかかる分、出産時の死亡事例がわずかに上がるが。

 赤ちゃんは望めば必ず妊娠できる。不妊治療も各国の中で最先端だ。

 かくいう俺も、不妊治療の末に人工授精で生まれたクチだったりする。


 子育て税の影響もあり、夫婦となったら子どもを産むのが当たり前となっていた。テレビでも毎日のように子育ての特番が組まれている。

 同性婚の場合、子どもが居ないと子育て税の割合が少しだけ増えるという条件があった。

 世界では同性婚を禁じる国も多いから、結婚できるだけマシと言ったところか。もちろん差別だといまでもそのぜひが問われてはいるが。


 世帯を持ったらまずは子どもを。たとえ独身でも養子を取って育てる人も多かった。

 大家族が是とされる風潮で、うちの学年には三つ子の年子で、六人が同学年だなんて猛者もいる。

 さすがにそれは特殊だが、兄弟がいる家庭は多い。うちは姉ちゃんだけだが、いとこは五人兄弟だしな。シオンも妹がふたりいると言っていた。


「日本、魔法使い先進国。それ、子育て税のせいもある」

「子育て税の?」

「魔法粒子の数、他の国より、多い」


 それは初耳だ。確かに魔法は粒子が多い場所のほうが構成しやすいからな。

 でも何で子育て税があると粒子の数が多くなるんだ?


「信じられない、かもしれない、けど……」

「信じるよ。おまえ、うそ言うような人間じゃないじゃん」


 人と話すのは苦手そうだが、相手を気遣って苦手な総菜を買ったり、ティッシュを山ほどもらったりと。ドがつくほどのお人よしだ。そんな西牧がいまさらうそを言うとは思えなかった。


 そう心から答えれば、西牧はしばし、俺を見つめたまま言葉を失う。

 辛抱強く彼が話し始めるのを待っていると、息を小さく吸って、口を開き……わずかに唇を震わせると、きゅっと強く結んでしまった。目を強く(つむ)り、なにかと葛藤するように下をうつむいてしまう。


 そんなに言いにくいことなのか。せかさずに、彼が落ち着くのをゆっくりと待ってやる。


 たっぷり一分ほどかけただろうか。

 西牧はゆるりと目を開いて、消え入りそうな声で小さくつぶやいた。


「やっぱ、ここまで」

「……は?」


 覚悟を決めていただけに、突然のストップに虚を突かれる。

 西牧は自分の腕を抱きしめるように強くつかみながら、視線を外してつぶやいた。


「言えない」


 いやいやいや、ここまで話しておいて結論言わないって。


「なんで? 俺、疑ったりとかしねぇよ?」

「だから。健人、いい奴」


 いい奴だったら話してくれてもよくね?

 思わず詰め寄りたくなるが、当の西牧は小さく唇を震わせて。両のこぶしを握りしめたままつらそうに話すので、かける言葉を失ってしまった。

 五月にしては冷たい風が、オレンジに染めた髪を強くなびかせる。

 拒絶されたかと不安になっていると、「だから」と言葉を句切って、西牧にしては大きな声で言った。


「傷つけ、たくない」


 どういう意味だ、と問いかけるより早く、西牧は手荒に弁当をまとめて走り去ってしまう。

 そのあまりの早業に、俺は手を伸ばしたまま呆然(ぼうぜん)とその場に取り残された。


 傷つけたくないってなんだよ。西牧が魔法を使わないことで、なんで俺が傷つくわけ?

 あまりの力量の差に、格の違いを思い知らされて落ち込むことになるぞ、とか?

 シオンじゃあるまいし、西牧はそんなこと言わないし、思わないだろう。

 じゃあ、なぜ……


「ちくしょ……もーちょっとで聞き出せそうだったのに。どこでミスったんだろ……」


 握った指の背を唇にあてて、しばし考え込む。

 途中までうまくいっていた。自然に聞き出せていたはずだ。


 幽霊の話。子育て税の話。

 あの寡黙な西牧が話してくれたのだ。魔法を使わない理由と無関係ではないと思うのだが……関連性が見当たらない。


「俺、追い詰めるような言い方してたか? わっかんねぇ。警戒されたかな……。しばらくはあいさつだけにして、あまり深追いしないほうがいいか……」


 最後のほうの西牧は、心配になってしまうほどつらそうな表情を浮かべていた。

 なんだかんだでまだ知り合ったばかりだし。完全に信用してもらうには至らなかったんだろう。


 冷静に自己分析をしてみるが、決定的な瑕疵(かし)が思い当たらなかった。

 深く息を吐いて、残りの弁当をもそもそと平らげる。


 なんとなく仲良くなれそうだと思っていただけに。突然の拒絶が悲しかった。



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