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4-2 魔法粒子と幽霊

 西牧とともに屋上へ続く階段を上る。

 日差しが暖かくなってきたとはいえ、まだまだ風も強く冷たい。屋上には誰の姿もなかった。

 天気予報だと昨日より五度も低いって言ってたからな。日が当たり、なおかつ風の来ない場所を選んで弁当を広げ直す。ちと寒いが、内緒話をするのには絶好のシチュエーションだろう。


 一口二口箸を進めたところで、俺の期待に満ちた視線に耐えきれなかったのか。ゆっくりではあるがポツポツと話し始めてくれた。


「俺は、魔法力……目で見える」

「へぇ……」


 魔法力が目で見えるって、どんな感じなんだろうか。ワクワクと身を乗り出し、話に聞き入る。


「……信じた?」


 しかし、俺の興味津々な反応とは裏腹に、西牧は居心地が悪そうに体を縮こまらせて、上目遣いで見上げてきた。

 あれ? もしかしてこの反応。


「え、もしかしてうそなの?」


 がっくりと肩に入れてた力が抜ける。

 なんだよー、西牧は冗談とかいうタイプに見えないからすっかりだまされたー。

 担がれたことを嘆いていると、目の前でぶんぶんと勢いよく頭を左右に振る。……ん?


「うそじゃ、ない」

「どっちだよ」


 半眼で見つめていると、困ったように視線をさまよわせる。

 しばらくそれを見守っていると、戸惑いがちにポツリと理由がこぼされた。


「信じる人、居なかった」


 あー、なるほど。いままで誰も信じてくれなかった話だから警戒したってワケね。

 深く息を吸い、ため息とともに答える。


「シオンが魔法力の判別できるって言っただろ? そんなこと疑わないって」

「信じて、くれたの、健人と……小さい頃の、友達。だけ」


 うれしそうに口元を緩める西牧を見つつ、立てた膝の上でほおづえをつく。


 もしかしてコイツが寡黙なのって、周りのやつらにうそつき呼ばわりされたからなのかな。勝手な推測をしながら「それで?」と先を促してやる。


「魔法粒子も、見える。色の霧、たくさん」

 

 そういえばシオンも粒子の多い所を言い当てていた。いま使っている練習場も、シオンいわく学内で一番魔法粒子の多い場所だ。

 どうして分かったか教えてくれなかったが、西牧と同じように目で見えてるのだろうか。今度聞いてみっか。


 絶対、内緒、とひとつ呼吸をおいて念を押す。俺はますます好奇心で目を輝かせた。


「魔法粒子、発生、赤涙の悲劇から。でもその前から、魔法粒子、あった」


 風の音でかき消されがちな西牧の声を必死に拾う。

 魔法粒子は赤涙の悲劇以降、突如発生した物質だと言われている。だけど、その前からあったって言いたいのか? これまた突飛な話だ。

 しかし途中で横槍(よこやり)を入れるわけにはいかないので、小さくうなずく。


「心霊スポット、たくさんの人、死んだ。怪奇現象も、たくさん」


 話が不穏な方向に進みつつあって少しビクつく。

 え、西牧が魔法を使いたくない理由だよね? 合ってるよね?


「幽霊の姿。人魂、ポルターガイスト……」

「ちょ、やめろよそーゆー怖い話は。ひとりで風呂に入れなくなんだろ」


 よく夏場に放送されている怪奇番組。そういったたぐいのものが小さな頃から大の苦手だった。窓に映る影が何度も人の姿にみえてビクリとしてしまう。


「健人も、心当たり。あるはず」


 しかし西牧は話すのをやめず、しっかりと俺を見据えて言葉にする。


蜃気楼(しんきろう)、炎、衝撃音」


 言い直されて俺の中でひとつのピースがはまる。

 ――霧による蜃気楼(しんきろう)現象。炎の発生。物質の変化による衝撃音。

 全部この前の授業でシオンがやってみせたことだ。


 霧による蜃気楼(しんきろう)で、遠くの人影、もしくは自分の姿が映し出される。突如として上がる炎は人魂に見えるだろう。物質を変化させるときに生じる衝撃音は、ポルターガイストの音にそっくりだ。つまり。


「心霊現象の原因が魔法だって言いたいのか?」


 小さくこくりとうなずく。

 気づけばすっかり食事の手が止まっていた。西牧が思いだしたかのようにおかずをつまんだので、俺も慌てて食事を再開する。

 こりゃ飯の後の昼寝も練習もできないかな。


「小さい頃、心霊スポット、たくさん行った。全部魔法粒子、多い。偶然、できすぎ」


 小さい頃に心霊スポット回ったってなんだよ。西牧って怖い話とか好きなのかな。俺そーゆー話本気で駄目なんだけど。

 もぐもぐと卵焼きを咀嚼(そしゃく)しながら目で話の続きを促す。


「魔法粒子、不安定。勝手に変異。霊、勘違い」


 魔法粒子は不安定な物質なので、量が集まると勝手に変異する場合がある。その変異したものを見て、霊と勘違いしたのだろうと。


 なるほど、そう言われると一理ある。

 魔法粒子の量は、魔法を使ううえでも注意しなければならないことだ。

 過剰に集めすぎると制御しきれず、魔法が暴走する。粒子瓶に詰められる上限も厳しく決められていた。


 昨日の粒子の補充トラックだって、コンテナに目一杯詰めるのではなく瓶に小分けしての納入だ。

 少量ならたいしたことないが、もし大量の魔法粒子が連鎖的に変異したら大事故につながる。


「でもそんなタイミング良く変異すっかなぁ。結構幽霊の目撃証言あるぜ?」


 変異しやすいと言っても自然に変異する可能性は限りなく少ない。そんな目撃証言がポンポン出るほど変異してたら危なくてしょうがない。


「隠れ魔法使い。怖くて、無意識に、構成……」


 なるほど、それはあり得る話だ。赤涙の悲劇が起こるまで、魔法の存在は確認されていなかった。

 魔法の素質がある人が『出るかもしれない』と無意識下で魔法を構成してしまい、発動してしまったと。幽霊は出ると信じている人のところに出るっていうもんな。


 その仮説の怖いところは、幽霊が自分の想像する一番怖い形で現れるってことだ。まだ魔法が解明されてない昔だったら、自分で生み出したとはとても考えられないだろう。


「幽霊の正体が魔法ってのは面白いな。でもそれが西牧の魔法とどう関係があるんだ?」


 幽霊(イコール)魔法説が本当なら、俺みたいな怖がりにとってこんなに心強い話はない。内緒だなんて言わず、大々的に広めてくれればいいのに。


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