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3-4 ひねくれものと朴訥な男

「あそこ。あの角、に……健人?」

「え、ああ悪い」


 ぱっと顔を上げ、意識を現実へと戻す。

 先ほどまでの笹生との会話を思い出し、ぼーっとしていた。

 彼女の事も気になるけれど、取りあえずいまは西牧に集中しなければ。


 つーか、いまちゃんと俺のこと名前で呼んでくれたな。小さなことだけどうれしく感じてしまう。


 こうやって人と仲良くなっていく過程が好きだ。新しい人との出会いは自分の世界を大きく広げてくれる。

 些細(ささい)な共通点を見つけて会話が弾むと、それだけで充実した時間を過ごせた。


 ……まぁどれだけ仲良くなったとしても、どうせいつかは他人に戻るのだけれど。


 感じたさみしさを隠し、人好きのする笑顔を浮かべる。すっかりこの顔を作るのにも慣れたものだ。


 笹生には見抜かれていたみたいだが、他のクラスメイトや一番近くにいるシオンからは指摘されたことはない。

 周りの人間の態度からして、バレている可能性は低いだろう。きっと、笹生が特別なのだ。


 いままで以上に気をつけて、笑顔の仮面を貼り付ければいい。それこそ長いつきあいになれば、ほころびが出てくるのだろうが……どんなに長くても卒業までだ。


 中学のとき仲が良かったやつらは、俺が魔法力の持ち主だと分かるなり態度を変えた。

 突如として向けられる羨望と嫉妬のまなざし。

 一生友人でいられると思った仲間も、世界が違うと勝手に線を引いて離れていく。

 一年の時に仲良くなったやつは、同じ魔法使いと言うことで期待していたが――原因が分からぬまま()けられるようになり、話し合う切っ掛けすら持てないままに疎遠になった。


 どれだけ親しくなったって、時が()てば離れていく。だったら、その場だけ楽しく過ごせればよいじゃないか。


 誰とでも気さくに話すため知り合いは多いが、心を許し合える友人というのはひとりも居なかった。

 もともと変なところでプライドが高く、負けず嫌いの性格だ。少し(さみ)しさを感じないわけでもないが、そういうものだと割り切る。


 学校で俺が為すべきは、利用できるものはなんでも利用していい成績を収めること。それだけだ。

 それのなにがいけないんだ、と笹生に対して恨み言をいいたい気分になる。

 

 案内されて角を曲がると、小さな店舗が見えてきた。

 手動のスライドドアに小さなカウンターがあるだけの店内。こぢんまりとした店構えはまさしく穴場といった風体だ。外にテラスとして小さな軽食スペースが設置されている。お弁当屋にしては珍しいパラソルが置かれ、カフェみたいな雰囲気だ。個人経営だからいろいろと自由にできるのだろう。木製の大きな椅子は雨上がりに注意が必要だが、座り心地は良さそうだ。


 店の入り口を片付けていたおばさんが、西牧の姿を見かけるとすぐさま声をかけてくる。顔を覚えられてるなんて、すっかり常連なんだな。

 下町のおばちゃんといった雰囲気の彼女は、初めて連れてきた友人を大歓迎してくれた。

 否定するのも変なので友達であることを肯定すれば、今度は西牧が驚いた目で俺のことを見てくる。

 ほとんど話したことのない、ただのクラスメイトだが、博愛主義者だったら知り合いはすべて友達だろう。うわべだけ、西牧の友人として愛想良く振る舞う。


 上機嫌で語られる話を聞いていると、この店は仕出しの営業が主らしく、弁当は朝しかやっていないらしい。しかし今日はオードブルの注文があったため、提供できる食材がいくつかあると言う。

 からあげが揚げたてだよ、と次から次にオードブルの内容を挙げて紹介していく。せっかくなので、テラスで少し食べていくことにした。


 昼間ならば日があたり気持ちいいだろうテーブル席に陣取る。少し肌寒かったが日が落ちるまで時間があった。

 こーやって買い食いするのはいつぶりだろうか。忘れかけていた感覚を思い出してワクワクする。


「これ……食べないか?」

「くれるならもらうけど。なに、いらないの?」


 おばちゃん一押しのからあげだ。

 ひとつ分けてくれるのかと思ったらパックごとよこされた。驚いて顔を跳ねあげる。


「辛いの、苦手」

「じゃあ何で買ったんだよ」

(すす)めてくれた……断ったら、悪い」


 なんだそれ。

 気を取られたせいかぼとりと甘辛たれがテーブルに落ちる。

 幸い服には付かなかったものの、放置すれば確実に味付き制服のでき上がりだ。そんな四限目に空腹でつらくなるような制服なんていらない。

 ティッシュティッシュ、と慌ててカバンを(あさ)る。


 ワタワタとしていたら、西牧がポケットティッシュを渡してくれた。礼を言ってありがたく受け取る。


「サンキュね、はい残り返す」

「……たくさん。だから、いい」


 たくさん持っているからあげる、と言いたかったのだろう。

 証拠とばかりにカバンの縁を引っ張ったので、のぞきこんでみるが……おい。もらい過ぎじゃね?


「え、何。西牧ポケットティッシュとか集めてる人?」

「配っている人、多い、だけ」


 見ればティッシュだけでなく、チラシや無料雑誌などもいっぱい詰まっている。

 もしかしてこれ、今日一日でもらったのか?


「まさか全部受け取ってんの? 断れば?」

「頑張ってるのに、悪い」

「なんだよそれ、やさしすぎじゃね?」


 思わず吹き出す。

 しかし当の西牧は本気だ。本気で配っている人たちに悪いと思って受け取っているのだろう。どんだけお人よしだよ。


 からあげも、いつもよくしてくれているから断りきれなかったのだろう。

 よけいなお世話かもしれないけど、からあげの感想とともにこっそりおばちゃんに辛いの苦手なこと伝えといてやろうかな。この分だと辛いのが弁当に入っていたら、残すのは悪いからと無理して食べていそうだ。


 話しているとすっかり印象が変わってしまった。

 シオンのいうように強い魔法力を隠しているのなら、周りすべてを欺くくらい狡猾(こうかつ)でしたたかなやつだと思っていたのに。ただの朴訥でいいやつじゃないか。


 すっかり気を許して話し込む。

 お総菜はうまいし、西牧のお人よしエピソードが次々出てきて面白い。

 なんで皆こんないいやつに話しかけないのだろうか。あんまり笑ってる顔見ないからかな。


 話していると、すぐ近くを大きなトラックが通り過ぎていった。

 こんな細い道に何で……と思ったが、荷台に書かれていた文字を見て納得する。粒子瓶を卸している業者だ。


 西牧は食事の手を止め、そのトラックのことをじっと目で追っていた。つられて俺もなんとなく眺めてしまう。


 あのトラックの荷台いっぱいに粒子瓶が詰められているのだろう。いったいどれくらいの魔法粒子の量になるのか想像がつかなかった。


 魔法粒子は目に見えない小ささながらも実際に存在する物質なので、集めることが可能だ。

 その粒子を集め、瓶に詰めて販売している会社がある。それがさっき通ったトラックの持ち主である、レピオス社だ。

 小さな会社だったらしいがあっという間に大手企業となり、うちの学校の就職先としても有名だった。


 魔法を使うときに行う粒子集めの動作、凝縮(ぎょうしゅく)。それを工場で行い、そのまま瓶へと詰めるのだ。

 とても高価なものだったが、効率的な製造方法を見つけたのか、10年くらい前にこの会社が作り始めてから、一気に価格が安くなっていた。

 とは言っても、俺たち生徒が簡単に手を出せるほど安くはない。軽く一週間分の昼飯代が飛ぶ。


 トラックが見えなくなっても西牧はその方向をずっと見つめていた。


「……どした? 西牧」


 少し異様に感じて問いかける。


「……なんでも、ない」


 そう言って食事を再開するが……どう見てもなんでもない風には見えねえんだけどな。

 俺は少し不思議に思いながらも、そのままおいしい総菜を平らげた。


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