3-2 寡黙な男
笑顔で話しかける俺を不審そうな目で見上げる。
それも当然だろう。同じクラスになってからひと月が経過したが、彼とは数えるほどしか会話を交わしていないのだ。
だが、その気まずささえも乗り切る自信が俺にはあった。
クラスのムードメーカーとして、いままでたくさんのクラスメイトと接してきたのだ。愛想の良さはお墨付き。人と仲良くなるのに必要なのは、ほんの少しの勇気とずうずうしさだ。
「一緒に飯食ってる松岡が委員会でさ。今日一日だけでいいから付き合ってよ」
今日だけ、と限定してしまえば断られる確率も低くなる。たとえひとりでゆっくり食べたい性格だとしても、一日だけなら我慢できるだろうから。
ましてやクラスメイトがこんな気さくに話しかけてきたのだ。今後の過ごしやすさを考えると断れるはずもない。
こくりとうなずいたのを確認して目の前の席から椅子を拝借する。
購買で買ってきたのは玄米のおにぎりだ。玄米のプチプチ感が好きなのだが、家族と同居してるとどうしても白米中心になってしまうからな。おにぎりなら弁当ほど場所も取らないしちょうどよい。邪魔にならないよう、机の隅のほうへ置かせてもらう。
ニコニコと笑いながら西牧の弁当を見る。
いつも同じ袋を提げていた。きっと行きつけの店で気に入っているのだろう。
手っ取り早く好感度を上げるには、相手の好きな話題から入っていくのが一番だ。
「いっつもうまそうなの食ってんなーって気になってたんだ。どこの弁当?」
「……学校の裏。個人経営、の弁当屋」
ぼそりと、かろうじて聞こえる声で答えてくれる。
声ちっちゃ。体が大きいのだからもっと声張れよと言いたくなるのを堪えて、笑顔で問いかける。
「えー、弁当屋なんて近くにあったっけ?」
「朝に限定で……穴場」
そこで初めて口元に笑みを浮かべる。
よし、にらんだとおりコイツの気に入る話題だったようだ。
「俺も買ってみよっかな。今度場所教えてよ」
軽くお願いしてみると、少し考えるように視線をさまよわせた。
ゆったりと落ち着いた動き。とりあえず警戒はされていないようだ。
「今日の放課後、なら……」
「んじゃ、帰りに案内してもらっていい?」
すかさず約束を取り付ける。西牧は玉子焼きを食べながらゆっくりと大きくうなずいた。
おお、意外とノリいいじゃん。クラスメイトともほとんど話さないから、扱いにくいやつだと思っていた。
体格が良くて寡黙だから、周りが話しかけにくいだけなのかもな。
昨日シオンに、練習場に行けたら行くと返事していたが、一日ぐらい別にかまわないだろう。シオンより西牧のほうが優先だ。
ずっと話してみたいと思ってたんだよね、とおにぎりをほお張りつつ好意を伝える。あんまりクラスメイトと話してないよな、ともイヤミにならない程度に話題にしてみた。
「双木は、友達多い、な」
名前を呼ばれたことに驚く。あとでさりげなく自分の名前をアピールして、覚えてもらおうと思ってたのに。
「名前覚えててくれたんだ。まだクラス変わったばかりだし、全員の名前は覚えてないと思ってた」
ましてや俺は西牧とはほとんど話したことがないのだ。掃除の班も一緒になったことがないし。
不思議に思って問いかけると、小さく首を横に振られる。これは、全員の名前は覚えてないって意味かな?
「双木は、目立つ。オレンジ……変、だなって」
おいコラ。変とはなんだ。もっといい覚え方しろや。
思わず文句を言いそうになるが、グッとこらえて笑顔を作る。西牧本人も失言だと気づいたのか、気まずそうに視線をそらしてしまった。
まぁ、クラスメイトのほとんどに突っ込まれるほど衝撃的なイメチェンだったからな。これが切っ掛けで俺の名前を覚えた人も多いだろう。
……みんなは似合ってるって言ってくれたけど、本当は変なのだろうか。ちょっとだけ自信をなくす。
彼は俺としゃべりながらも休まず手を動かしていた。よっぽどお気に入りなんだなこの弁当。
俺も自分のおにぎりへとかぶりつく。玄米はかむ回数が増えるから満腹感も得やすいんだよな。
「双木は、昼。それだけ……?」
じっと、俺のおにぎりを見ながら問いかけてくる。口の中に米が残っていたため、大きくうなずいて答えた。
それだけって言ってもおにぎり三つだ。おかずがないのがアレだが、量としては十分だろう。しっかりかんだ後で飲み込み、気になったことを口にする。
「タケトでいいよ、みんなそう呼んでるし。俺も西牧って呼び捨てにしていい?」
このクラスには字が違うが、同じ読みの「並木さん」という女子がいた。クラスメイトも男子はほとんど健人呼びだ。
いまの流れなら俺も康太と呼ぶべきだろうが、正直それはなれなれしすぎる気がした。
まだ初日だし。距離はじっくりと縮めていけばいい。
「……ああ」
うなずきながら短く答える。
本当に寡黙だなコイツ。あまり多く話しかけても嫌がられてしまうだろう。
俺は沈黙が重くならない程度に話しかけながら飯をともにした。短いやりとりではあるが悪いやつじゃなさそうだ。落ち着きのある会話は安らぎさえ覚える。
いつの間にかすっかり肩の力を抜いて、煮物の味付けについて語っていた。
シオンと違って落ち着くなーコイツの空気。たまにはこーやってのんびり飯を食うのもいいかもしんない。
「昼付き合ってくれてサンキュね。んじゃ、また放課後に」
すべて食べ終えると、礼を言って席を離れる。このまま話し続けてもいいが、どうせ放課後も会うのだ。話題は少しでも残しておいたほうがいいだろう。
自分の席に戻ると、ポケットからハンカチを取り出して机に敷き、その上に突っ伏す。
食後の睡眠20分。午後の脳の活動を高めるためにも、欠かせない日課だ。
たとえ眠りにつけなくても、こうして目を瞑ってじっとしているだけでも疲れは取れる。俺は寝付きが良かったので、だいたい五分もこうしていれば爆睡することができた。机に敷いたハンカチはよだれ防止だ。
うとうととまどろみを味わっていると、不意に横に気配を感じる。
もうちょっとで寝れそうなんだ、話しかけんなよ~と念を送っていると、隣の席の笹生が代わりに気配の主に向かって話しかけた。
「髪の毛の相談をしてもらえなかったのが、そんなに不服?」
くすりと。少しからかいを含んだ口調で笹生が問いかける。対する相手はふんっと鼻を鳴らし。高圧的な態度で自分の意見を述べた。
「イメチェンなどとうそをついているのが気にくわないだけだ」
「なんでうそだと思うの?」
会話の相手はシオンか。
起きると面倒なので、そのまま昼寝の続行を決め込む。いい加減諦めてくれればいいのに。
「前に染めたいと話していたとき、脱色と染色を同時にやると髪にダメージが残るから、一週間は間を空けると言っていた。その間俺とおそろいの色になるな、と。健康オタクのコイツがそれを破ってまで染めてくるなんて、なにかがあったに決まっている」
意外と俺が言ったこと覚えてるんだな。
不機嫌さを隠そうとしないシオンは、笹生とそのまま会話を続ける。
笹生は笹生で、「健人って気に入った相手以外には自分のこと話そうとしないものね」とシオンに同意するような言葉を発していて。
話の内容が気になったが、襲ってきた睡魔には勝てず。
俺はそのまま眠りへと落ちていった。